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医療援助活動について

地域救急医療学 小森 義之

平成23年3月11日午後2時46分 宮城県三陸沖でマグニチュード9.0の地震が発生し、愛知県でも長時間の大きい揺れを感じました。また、皆様もご存知のように震災後の巨大津波により東北・関東の各地に甚大なる被害が生じました。藤田保健衛生大学病院では、震災発生当日にまず災害医療チームDMATを1隊出発させましたが、その後津波の被害は広範囲かつ甚大で想像を絶する状況が伝わってまいりました。これらの被害状況から、DMATに引き続き医療援助も必要であろうことは明らかで、病院長の指示で、医療援助チームを院内で募集・編成し、震災5日目の平成23年3月16日に医師3名、看護師2名、薬剤師1名の計6名の第1班が出発しました。また、医療品、薬品、粉ミルク、飲料水などの支援物資も院内で調達し、救急車とワゴン車にできる限り詰め込んで出かけました。行き先は、津波の被害が甚大な気仙沼市に決定しましたが、途中福島原発の被害情報を気にしながら、吹雪の中を15時間以上かけて到着しました。

気仙沼市内は、津波によって甚大な被害を受けており、実際に中に入ってみると想像を絶する悲惨な状況でした。我々はDMAT以外で気仙沼に入った最初の医療援助チームで、DMAT隊と手分けして避難所での診療活動を行いました。しかし、気仙沼市内だけでも100以上の避難所が存在し、その内訳も徐々にわかってきている状況で、道路状況の問題もありなかなかすべてに行き届かない状況でした。我々が到着後、関東を中心とした、大学・病院の医療援助チームが次々に到着し、3月20日過ぎには20チーム以上が気仙沼に集結し、大きな避難所には仮設診療所を設置できるようになり、3月25日今回の医療援助を終了いたしました。しかし、我々が目にした被災地の状況を考えると医療、物資を含めた経済的かつ精神的な支援は今後長期にわたり必要であると実感しております。