対象疾患について/心臓血管外科
●肺血栓塞栓症について
  1.肺血栓塞栓症とは?
 すこし前になりますが、エコノミーシンドロームといった長時間飛行機に乗っていて降りたとたんに胸痛と息苦しさを自覚する病気が話題となりました。場合によっては死に至る恐ろしい病気です。このエコノミーシンドロームとは長時間イスに座っていることで下肢の血液がうっ滞して静脈に血栓ができ、この血栓が歩き出したとたんにちぎれて飛んでゆき肺動脈に詰まって起こる病気です。
 肺血栓塞栓症という病気は、日本では一般に余り馴染みのない病気ですが、欧米では比較的多く「虚血性心疾患」、「脳血管障害」と並んで三大血管疾患として知られています。しかし、最近本邦においても高齢化社会の到来、食生活の欧米化、診断率の向上など、様々な要因から増加傾向にあります。厚生労働省の人口動態統計の資料でも、肺血栓塞栓症による死亡者数が1988年の591人から1998年の1655人へ約2倍に急増しています。
 肺血栓塞栓症は急性のものと慢性のものに分類されます。旅客機による「エコノミーシンドローム」などは急性肺動脈塞栓症に分類されます。慢性肺血栓塞栓症は肺動脈に付いた血栓が大きくなり、器質化した血栓で肺動脈内腔が殆ど詰ってしまい、肺高血圧となり心臓に負担がかかるようになった状態です。
 急性肺血栓塞栓症が発症する危険因子として「手術」、「外傷・骨折」、「脳血管障害」、「高齢」、「長期臥床」、「悪性疾患」、「肥満」、「妊娠・出産」、「喫煙」、「脱水」、「長距離旅行」などがあげられます。
 これに対して、慢性肺血栓塞栓症は急性から移行するのではないか?ということが言われていますが、その発生機序がまだよくわかっていません。しかし、肺の血管が血栓で詰まった状態が長く続くことから心臓に負担がかかり、日常生活にも酸素が手放せない状態となります。こうなると薬で治すことはできず、手術を行わなければならなくなります。

2.診断法は?
 肺血栓塞栓症の症状として呼吸困難、胸痛、発熱、失神等が見られますが、一般には呼吸困難や胸痛が最も多い症状です。しかしながら、この呼吸困難や胸痛という症状は狭心症や気胸といったほかの病気でもしばしば認められるもので、本疾患に特異的なものではなく、このことがいっそう診断を困難にしている原因となっています。
血液検査では、動脈血採血で低炭酸ガス血症、低酸素血症を認めます。また抗リン脂質抗体症候群、プロテインC欠乏症、プロテインS欠乏症、アンチトロンビン欠損症といった凝固線溶系の異常が見つかる場合もあります。胸部X線や心電図は診断に直接結びつく所見はありません。心臓超音波検査は重要な検査法で、右室の拡大、右室自由壁運動障害を認め、肺動脈圧も上昇しています。ここで見られる右室負荷判定は重傷度判定やその後の治療方針決定に際しても大切な検査です。
 上記のごとく肺血栓塞栓症を強く疑う所見が得られたなら、肺動脈造影、心臓カテーテル検査、肺シンチグラムを行います。肺動脈造影では、造影欠損、血流途絶が見られます。心臓カテーテル検査で得られる肺動脈圧と心拍出量は重傷度判定に有用です。肺シンチグラムにおいて、典型例では肺換気血流シンチで異常所見がない部位に、血流シンチで楔形の欠損像を認めます。

3.治療は?
 治療方法は、急性と慢性では異なっています。まず急性肺血栓塞栓症では、急激に発症し治療が遅れると致命的となります。よって診断がついたらすぐに治療を開始しなければなりません。治療に際しては、血栓の溶解、血栓の局所進展抑制、血栓の塞栓化予防が必要となります。初期治療では特に抗凝固療法と血栓溶解療法が中心となります。抗凝固療法の中核をなすのはヘパリンの投与です。「出血性潰瘍」「脳出血急性期」「出血傾向」といった絶対禁忌がない場合には、重傷度にかかわらず全ての症例で投与されます。その後引き続きワルファリンの内服を開始します。ワルファリンはヘパリン投与後3ヶ月間内服すると、静脈血栓塞栓症の再発率が著名に低下するという無作為試験に基づいています。一般にワルファリンは人によって作用する強さが違うため、投与中は定期的に採血して投与量を調整します。次に血栓溶解療法が行われることがあります。これは血清中にあるプラスミノーゲンを活性型タンパク分解酵素であるプラスミンに変換することで、このプラスミンによりフィブリンを分解して血栓を溶解する薬です。
 以上の薬物による治療方法のほかにカテーテルを用いて肺動脈に詰まった血栓を直接取り除く血栓除去術も行われます。しかし、上記の治療を行っても症状が増悪する場合や手術後の肺血栓塞栓症では、抗凝固療法や血栓溶解療法による出血が心配される場合には手術を行うことになります。手術は体外循環を用いて超低体温とし、心臓を止めて体の循環を一時的に停止させて(循環停止)、その間(30分以内)に肺動脈を切開して中に詰まった血栓を取り除きます。
 慢性肺血栓塞栓症は、急性に比べその数は少なく全国で約450人と推測されています。急性例と同様抗凝固療法を主体とした治療が行われますが、予後は肺動脈圧によって異なり、肺高血圧症を伴ったものでは予後は不良です。治療は手術しかありませんが、この手術は非常に難しく、現在本邦においてこの肺高血圧を伴った慢性肺血栓塞栓症に対する手術を行っている施設はごく限られています。当院では2年前よりこの手術を行うようになり、良好な成績を上げています。


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