セントピエールさんのホームページに紹介されたJobanputraらの2005年の報告は、あるアメリカ人のt(11;22)転座の家系で、5人の転座保因者が乳癌であった、という1家系の報告です(1)。最近(2006年)、Wielandらも同じようなドイツ人の1家系を報告しています(2)。過去には、1994年にはじめて、Lindblomらがt(11;22)転座の8家系、22人の保因者で乳癌の有無を調べた結果、5家系のそれぞれに1人ずつ(合計5人)、乳癌の患者さんが見つかり、t(11;22)転座保因者のかたは定期的な検診が重要である、と報告しました(3)。


 しかし、それ以降、2005年のJobanputraらの報告までの間、t(11;22)転座保因者に乳癌があったという報告は皆無です。また、エマヌエル博士らが調べた32家系や(4)、セントピエールさんのホームページに紹介されている39家系(重複している家系も多いのですが)では、乳癌の患者さんはひとりも発生していません。わたしたちは、2000年にt(11;22)転座の40家系で転座の染色体上の切断点を詳しく調べた結果、すべての家系で転座切断点は共通しており、t(11;22)転座によって影響を受けるような癌遺伝子は、両方の染色体の転座切断点の近くにみつからなかった、と報告しました(5)。


 これらの事実から、現時点では、「t(11;22)転座と乳癌の発生はおそらく無関係です。報告された2家系以外の一般の転座保因者のみなさんは、過剰に心配する必要はありません。」、というのがわたしたちの基本的な見解です。(少し乱暴な言い方をすると、「私の家系は乳癌の人が多い。その人たちはみな血液型がA型でした。だから、一般の血液型がA型のみなさんは乳癌に注意してください。」と言っているようなものであり、あまり意味がない、ということです。)


 ただ、わたしたちもその研究報告の中で、仮に、t(11;22)転座と乳癌との間に関係があると仮定したら、(理由は説明するのがむずかしいので省略しますが)もともと乳癌の素因のある人が、たまたまt(11;22)転座保因者であった場合に、発癌の確率があがる可能性は否定できないことを指摘しています。今後の医学研究の進歩によっては何か新しい知見が出てくるかもしれません。従って、t(11;22)転座保因者のみなさんは、過剰に心配する必要はないのですが、乳癌の検診を定期的に受けることをお勧めします。



参考文献)

1. Jobanputra V et al. A unique case of der(11)t(11;22),-22 arising from 3:1 segregation of a maternal t(11;22) in a family with co-segregation of the translocation and breast cancer. Prenat Diagn 25(8):683-6, 2005.

2. Wieland I et al. High incidence of familial breast cancer segregates with constitutional t(11;22)(q23;q11). Genes Chromosomes Cancer 45(10):945-9, 2006.

3. Lindblom et al. Predisposition for breast cancer in carriers of constitutional translocation 11q;22q. Am J Hum Genet 54(5):871-6, 1994.

4. Zackai EH and Emanuel BS. Site-specific reciprocal translocation, t(11;22) (q23;q11), in several unrelated families with 3:1 meiotic disjunction. Am J Med Genet, 7(4):507-21, 1980.

5. Kurahashi H, et al. Tightly clustered 11q23 and 22q11 breakpoints permit PCR-based detection of the recurrent constitutional t(11;22). Am J Hum Genet 67(3):763-8, 2000.

乳癌検診について

2006年11月6日月曜日