海外の研究者により、t(11;22)転座保因者と癌との関係について、80家系を調査した結果が報告されました。 t(11;22)保因者が乳癌になるリスクは非転座保因者と同様であるという結果を出されております。その他の癌についても調べてみえます。

(日本語訳を公開することはJohn Wiley & Sons社の許可を得ています。また著者のCarterさんも承諾済みです 。)

 t(11;22)(q23.3;q11.2)転座は、ヒトでは最も頻度の高い、再発性の相互転座です(Zackai and Emanuel 1980)。均衡転座保因者の表現型は正常なので、たいていは、習慣流産、不妊症、もしくは、親の22番派生染色体の3:1分離の結果生じる、過剰22番派生染色体症候群(別名、エマヌエル症候群)の子供の誕生後に、精密検査で発見されます(Fraccaro et al. 1980; Zackai and Emanuel 1980; Carter et al. 2009)。t(11,22)保因者の女性で、均衡転座と乳癌発症のリスクの増加との関連が少数ですが報告されています。Lindblom(1994)らは、8家系(22人の均衡転座保因者、うち17人が女性)で、5人の女性が乳癌になったと報告しています。そのみつかった乳癌症例の数は、スウェーデンの癌登録で報告されている乳癌の年齢別発症率に基づいて予想した数を有意に上回っています。Kurahashi(2000)らは血縁でない40人の均衡転座の保因者における詳細な転座切断点の位置解析の研究において、ひとりのt(11;22)女性保因者が39歳と59歳で両側乳房悪性腫瘍と診断されたと報告しています。Jobanputra(2005)らは、胎児が出生前診断で第3次モノソミーと診断されてみつかった一家系を報告しています。母親は、t(11;22)均衡転座保因者で、乳癌の家族歴があり、5人いる乳癌の血縁者が転座を持っていました。最後に、Wieland et al.(2006)らは、3世代にわたる7人が乳癌の家系を報告しており、そのうち4人が染色体検査をしており、t(11;22)均衡転座保因者でした。これらの報告のうち2つは、女性の均衡転座保因者に対して乳癌の検診検査をしっかりすることを勧めています(Lindblom et al. 1994; Jobanputra et al. 2005)。


 エマヌエル症候群の臨床的特徴と自然歴を調べた研究の一環として(Carter et al. 2009)、 私たちは、少なくともひとりがt(11;22)均衡転座とわかっている80家系から家族歴の情報を収集しました。家族は、22番染色体関連疾患を持つ子供たちの両親として、オンライン支援グループを通して集められました(www.c22c.org)。アンケートは、t(11;22)均衡転座保因者とわかっている人に配られました。私たちは、家族にいる均衡転座保因者やその既往歴を含む家族歴の情報を得ました。乳癌との関連性の報告があるので、アンケートでは特に乳癌や他のタイプの癌について質問しました。


 配られた130のアンケートで、85が戻ってきました。家族歴のアンケートから、一部は同じ家系の一員だったので家系は結合し、80の家系図が構築されました。私たちは、25歳以上の103人の女性と49人の男性の保因者のデータを得ました。103人の女性保因者のうち非血縁の2人に乳癌の病歴があり、診断年齢は39歳と42歳でした。そのうちひとりの女性は、59歳で対側の乳房に2度目の乳癌が発生しました(ちなみに、この女性はKurahashi et al. 2000に報告されている女性と同じ人物です)。どちらの女性も乳癌や卵巣癌の家族歴はありませんでした。ひとりは、一度近親者に結腸癌が、もうひとりは、黒色腫がありました。均衡転座保因者と確認されている人に発生した他のタイプの癌を表1に示しました。アメリカの年齢別女性乳癌発生率(アメリカ保健社会福祉省、疫病対策予防センター、国立癌研究所2008)に従うと、この転座保因者女性グループの年齢に基づいた乳癌の予測発生率は3.34と算出されました。このグループの実際の乳癌の発症率は103人中2人でした。mid-p正確検定での両側確率P値は0.51でした(Rothman and Boice 1979)。標準化した発病率は0.60でした(mid-P法で算出した95%信頼区間は0.10-1.98)。


 私たちは、保因者で報告されたすべてのタイプの癌に対して同様の解析を行い、わたしたちの保因者のグループでは黒色腫と食道癌が一般人よりも高頻度に起こっていることがわかりました。黒色腫は3人の保因者にみつかり(1人が男性、2人が女性)、このグループでの黒色腫の予測発病率は0.63(mid-P正確検定での両側確率P値は0.03)でした。標準化した発病率は4.78でした(95%信頼区間は1.22-13.00)。また、2人の男性保因者に食道癌が発生し、このグループでの予測発症率は0.13でした(mid-P正確検定での両側確率P値は0.008)(表1)。標準化した発病率は15.38でした(95%信頼区間は2.58-50.83)。


 私たちの結果では、t(11;22)均衡転座保因者での乳癌の発病率は、一般人で予測されるものよりも増加することはありませんでした。この結果は、保因者での乳癌患者数は(40歳以上で11人中5人)、年齢別の乳癌発病率から予想される数よりも有意に多い、というスウェーデンの研究結果とは対照的です(Lindblom et al. 1994)。彼らが報告した5家系では、それぞれひとりずつの乳癌が発生しており、乳癌は一般人でも頻度の高い悪性腫瘍です。従って、5人という数は、研究グループ内で見掛け上乳癌が多いことの説明として、ランダムの偶然である可能性を否定するには十分に納得いくような数のものではありません。Jobanputoraら(2005)や Wielandら(2006)はそれぞれ、数世代にわたり数人の女性が乳癌に罹患し、たまたまt(11;22)均衡転座の保因者でもあった、というたったひとつずつの家系を報告しています。これらの報告を詳細に調べてみると、Wielandら(2006)の家系では、乳癌になった7人の女性のうち3人では染色体解析の結果が判明していません。一方、Jobanputra et al.ら(2005)の報告では、6人の乳癌になった女性のうち5人が均衡転座保因者でしたが、この家系の他の女性メンバーの保因者状況や健康情報が提供されていません。それゆえに、これら2つの家系での保因者と乳癌の見かけ上の関連も、偶然である可能性があり、この転座の保因者が乳癌発病のリスクが高いと示唆した過去の文献に基づいた先入観のはいった報告なのかもしれません。私たちは80の非血縁の家系で乳癌の発生頻度を調べた。さらに重要なことは、これらの家系は、癌の家族歴で同定されたものではなく、生殖の異常に関連して同定された家系である。私たちはこれらの家系での乳癌を病理学の報告書で確認しなかったけれど、過去の研究で家系内での乳癌の発生の報告は正しいといわれている(Sijmons et al. 2000; Murff et al. 2004)。


 私たちのt(11;22)保因者のグループで黒色腫と食道癌の発病率が増加したことの意義は不明で、保因者グループの人数が比較的少ないことが影響したのかもしれません。私たちは、個々の癌患者が持っている、例えば喫煙や日光暴露などの他の癌危険因子に関する情報収集は行いませんでした。従って、私たちは、これらの特殊な個人に対する環境暴露の影響に関してコメントすることはできません。黒色腫は、血縁者によって過度に報告されるといわれています(本当の診断は別のタイプの皮膚癌なのに、黒色腫であると誤って報告される)(Aitken et al. 1996)。興味深いことに、Jobanputraら(2005)によって報告された乳癌の発端者は、30歳で黒色腫と診断されています。直接の遺伝子断裂、もしくはヘテロ接合性の消失(LOH)のどちらかによって腫瘍抑制遺伝子の発現が阻害されることが、よくある腫瘍発生のメカニズムです。t(11;22)の11番染色体の切断点は11q23に位置しており(Kurahashi et al. 2000)、この領域には乳癌(Negrini et al. 1995)、結腸直腸癌(Gustafson et al. 1994)、そして肺癌(Rasio et al. 1995)を含む種々の癌でのヘテロ接合性の消失(LOH)と関係しており、そして多くの腫瘍抑制遺伝子と推定された遺伝子が11q23に位置しています(Wang et al. 1998; Gentile et al. 2001; Martin et al. 2003)。 私たちの知る限りでは、食道癌に関係した11q23のヘテロ接合性の消失(LOH)の報告はありません。しかしながら、皮膚黒色腫の進行は11q23のヘテロ接合性の消失(LOH)と関係しており(Herbst et al. 1995)、一部の悪性黒色腫で異所性に発現する細胞接着分子をコードするMCAM/MUC18遺伝子は、11q23.3に位置しています(Kuske and Johnson 1999; Johnson et al. 1996)。この遺伝子が22番染色体に転座することが異所性発現をひきおこすのかどうかは不明です。このように t(11;22)転座保因者の食道癌や黒色腫のリスクの増加は否定することはできず、この問題を明らかにするためには、さらに大きな集団での研究が必要となります。


 私たちの80家系の研究はこれまでで最大のものであり、t(11;22)(q23.3;q11.2)均衡転座が乳癌の発病率の増加と関係がないことを示しました。この転座の女性保因者の乳癌検診の推奨はこれまで確定的にはなっておらず、健診の必要性は小規模な研究データに基づいた提案でした(Lindblom et al. 1994; Jobanputra et al. 2005)。今回の研究結果は、乳癌の家族歴がない限り、保因者女性に過度な検診は必要がないことが示されました。家族歴のある場合には、健診は家族歴に基づいた既存の一般人向けガイドラインに従わなければなりません。保因者男女の黒色腫や食道癌のリスクが本当に増加しているかどうかは明確ではありません。t(11;22)転座保因者は癌予防策として、日焼け保護、皮膚病変のチェック、癌の可能のある症状に対するきめ細かい注意を、一般人がおこなっている程度におこなうことを推奨します。

(文責 倉橋、細羽)

乳癌のリスクはt(11;22)転座保因者で増加しない(80家系の分析)

Risk of Breast Cancer Not Increased in Translocation 11;22 Carriers: Analysis of 80 Pedigrees

Am J Med Genet A. 2009 152A:212-14.

2010年2月20日土曜日

2010年2月20日土曜日