<着床前診断について>見解の改訂2010
 
 

 着床前診断は、希望すればどこの病院でもどんなクライアントに対しても行われるという医療行為ではありません。必要条件をクリアした実施者によって、日本産婦人科学会の認可を受けた施設でのみ行なわれており、日本では、まだ認可施設数は多くありません。また、実際に着床前診断を行う時もその対象者ごとに日本産婦人科学会に申請し、認可された対象者に限って行われています。そのため、学会が「着床前診断に関する見解」を発表しており、その中で審査基準を決めています。当初は、1998年(平成10年)に発表された見解にしたがって、重篤な遺伝性疾患に限り審査を行なっていましたが、2006年には染色体転座による習慣流産に対しても、審査がおこなわれることとなりました。そして、2010年(平成22年)に、さらに改訂版が出されました。今回は、その新しい「着床前診断に対する見解」に関して、原文を引用しながら、順次その解釈をしていこうと思います。


1. 位置づけ

原文には「着床前診断(以下本法)は極めて高度な技術を要する医療行為であり、臨床研究として行われる。」とあります。有用性、信頼性、安全性などがまだ確立しておらす、それらを1歩1歩確認しながら進んでいる研究段階の診断法です。


2. 実施者

原文には「本法の実施者は、生殖医学に関する高度の知識・技術を習得した医師であり、かつ遺伝性疾患に対して深い知識と出生前診断の豊かな経験を有していることを必要とする。また、遺伝子・染色体診断の技術に関する業績を有することを要する。」とありますが、漠然としていて、どの程度の実績があればよいのか不明です。実施者の認定制度の確立が望まれます。また、「医師」以外の種々の職種の人々がチームとして関わることも重要です。


3. 施設要件

 体外受精、胚移植による分娩例があり、出生前診断に関して実績があることは必要条件となっております。そして、実施しようとする施設は、細則(省略)に記載されたような所定の様式にしたがって施設認可申請を行い、学会における審査を経て許可を得なければならないのですが、どうやらこのステップが最も時間がかかるステップのようです。


4. 適応と審査対象および実施要件

 ここが大きく変わりました。原文の項目1は、「1)適応の可否は日本産科婦人科学会(以下本会)において申請された事例ごとに審査される。本法は、原則として重篤な遺伝性疾患児を出産する可能性のある、遺伝子変異ならびに染色体異常を保因する場合に限り適用される。但し、重篤な遺伝性疾患に加え、均衡型染色体構造異常に起因すると考えられる習慣流産(反復流産を含む)も対象とする。」となっています。この文面からは、エマヌエル症候群を「重篤な疾患」と考えれば、エマヌエル症候群の子どもさんを産む可能性があるt(11;22)転座保因者の方は、流産を繰り返さなくても(習慣流産)、審査の申請をすることができるという文面ですので、今までより申請基準が緩和された文面になっております。

 しかし、「重篤な疾患」の基準がいまだに定まっていません。今までは生命予後は重視されており、20歳まで生きる事ができない疾患を重篤と考えるという大枠はあるように思えます。しかし、同じ疾患でも患者さんによって重症度が異なり、「重篤な疾患」かどうかを決められないような疾患があることも、認識されております。倫理的な側面からも、「重篤」とは何かと考えるといろいろな意見が出されるところです。このように、習慣流産ではないt(11;22)転座保因者の方の場合は、エマヌエル症候群が「重篤な疾患」に相当するのかどうかが審議される事になると思います。現時点では、習慣流産なしに審査が通った均衡転座保因者の事例はまだきいておりません。

 あと、細かい話ですが、「均衡型染色体構造異常」という表現にして、転座以外の逆位や挿入といった染色体の変化でも申請できるように変更されています。適応基準が少しずつ緩和されている段階であり、これから、最終的にどこまで許可してゆくのかが議論されていくと思います。


以下は、その他の項目です。

 2)実施にあたっては、所属する医療機関の倫理委員会の許可が得られてから、申請し、許可を得る。

 3)夫婦間で一致した強い希望がある場合に認められる。そして、文章で手法、予測される成績、安全性等の説明をすること。

 4)遺伝学的情報や検査法も審査対象となる。診断精度も含めて十分なカウンセリングをおこなう。


5. 診断情報および遺伝子情報の管理

 原文では、「診断する遺伝情報は疾患の発症に関わるものだけで、それ以外のものについては、原則として解析、開示しない。また、遺伝情報は最も重大な個人情報であり、その管理に関してはいわゆる厚生労働省・文部科学省・経済産業省による三省ガイドラインおよび遺伝関連医学会によるガイドラインに基づき、厳重な管理が要求される。」とあります。t(11;22)保因者の場合、着床前診断では、11番と22番染色体やその転座染色体について調べるだけで、転座と無関係な染色体の異常については調べない、ということになります。しかし、転座があると転座に関連した染色体以外の染色体の数的異常をきたしやすい、というデータもあり、転座による流産の予防という目的には合致するとの考え方もでき、議論のあるところです。原文の意図するところは、性別や、将来的には外見や知能に関する遺伝子などを調べてほしいという要求が出ることに対する予防的な意味合いにあります。


6. 遺伝カウンセリング

「実施診療部門内での説明やカウンセリングではなく、実施者が所属する診療部門以外の第三者期間の臨床遺伝専門医、認定遺伝カウンセラー等の遺伝の専門家により行なう。」となっています。


7. 報告

「臨床研究であるので、診断精度や児の予後などについて、集積、検討することが望まれる。実施状況とその結果について、毎年定期的に学会に報告する。」となっています。


8. 倫理審査および手続き

「学会への倫理審査申請をし、承認されてから行う事。」とあり、施設の審査認可と、個々のケースの審査認可が必要です。


9. 見解等の見直し

「見解や資格要件、手続き等を3から5年毎に定期的に見直す。」とあり、時代の要求にその都度あわせてゆく、という意味です。