![]() 【出演者紹介&メッセージ】 |
● 越智章仁さんについて 越智章仁(おちあきひと)さんは、ダウン症の障害をもつ32歳のピアニストです。名古屋音楽大学卒のピアニストであるお母さま(越智知子さん)に9歳ごろから伝授されたピアノは、彼の光り輝く能力となり、それによって言葉以上のコミュニケーションをとってきました。オリジナル作品は知識からではなく、すべて彼の天才的なセンスによって生まれたものです。すべてが即興曲なために楽譜は存在せず、彼の頭の中にだけあります。小節線を感じさせない音楽であり、楽譜と無縁の音楽です。絶対音感の備わった彼は、いつも感覚的に自由にピアノに向かいます。彼の生まれゆえに、エチュードの練習を重ねたわけではありません。演奏のたびに微妙に演奏内容が異なるので、いつも今日だけの特別の演奏となります。 お父さまは若くしてがんで亡くなっています。彼の教師でもある母、知子さんとの20年に及ぶ演奏活動の神髄 〜やさしくてあたたかい彼独特のサウンド〜 を、知子さんの語りを交えてお聴きください。 国際ダウン症会議や愛知万博「愛地球博」での生演奏のほか、全国各地で演奏活動を行い、すでに4枚の素晴らしいCDをリリースしています。章仁さんが作業する私立作業所「ほっとハウス」のHPもぜひご覧ください (http://www.you-can.co.jp/hot/)。 |
| ♪メッセージ♪ ● 越智章仁(おちあきひと、ピアノ):愛知県弥富市在住、ダウン症ピアニスト 私、越智知子(ともこ)が息子、章仁のことを書くとしたら。。。 「まるでピアニストみたいに上手だった。」 こんなメッセージが1年生から届きました。先日コンサートに行った愛知県の小学校からです。養護学校卒業後、「ほっとハウス」というパンとクッキーのお店で働いて、もう10年が経ちました。章仁は課長さんで(係長と主任の計3人だけ)、母である私が責任者です。 ピアノを始めたのが9歳。翌年からコンサートをしていますから、もう22年も「まるでピアニストみたい」をやっているわけです。 |
● ケントミさんについて ケントミは島太鼓と三線(さんしん)でプロ活動を続ける沖縄の民謡デュオです。 三線(沖縄三味線)と唄のケンこと、我如古盛健(がねこせいけん)さんは20歳ごろに民謡を歌い始め、ラジオ番組「若い島唄」で最優秀歌唱賞を受賞しました。35歳のときに難病の神経原性筋萎縮症を発病し、以来、車椅子生活を送っています。医師に「体を使えば使うほど弱る」と言われましたが、そのことを受け入れず、人前に出て演奏するうちに症状は改善。鮮やかな弦さばきと歌声でいつも観客を魅了するとともに、"何のために生きるのか"を問いかけ続けています。 トミさんことひが比嘉とみこ富子さんは2003年に乳がんの手術を受けました。我如古さんと「ケントミ」として活動し始めた直後の2006年12月、がんが再発。抗がん剤の副作用に苦しみながらも、小柄の体を目一杯使った激しい和太鼓の演奏を続け、"生きる力"を全身で伝えています。抗がん剤治療を受けながらも挑んだ2009年2月22日沖縄でのコンサート翌日のCT検査では、がん細胞の消滅判明。彼女の「生きる!意志」は、がん細胞をもやっつけている! 体が動かなくなる恐怖と闘いながら必死に三線と唄に取り組んだケンさん、再発・転移の恐怖に打ち勝つべく、1日5時間の練習と空手を続けるトミさん。本年2月22日には、沖縄市でケントミを囲む特別コンサート「ミュージックジャンルつながる祭」が開催されました。沖縄では絶大な人気と知名度のあるデュオです。前向きに演奏する二人の強さをぜひとも体感してほしいと思います。 |
♪メッセージ♪ ●我如古盛健(がねこせいけん、三線(さんしん)・唄):沖縄県うるま市在住、民謡デュオ・ケントミ、神経原性筋萎縮症患者 沖縄から来たケントミのケンです。「わかば会」の寺田佐代子さんとは一昨年と昨年の2月、藤田保健衛生大学教授でオーボエ奏者の堤寛先生とは、昨年の2月、沖縄のハンセン病施設、愛楽園(あいらくえん)での慰問コンサートで出会いました。そのことがきっかけで、今回の「癒しのコンサートin京都」に出演できることをたいへんうれしく思います。 今年2月22日の沖縄でのコンサート「ミュージックジャンルつながる祭」 〜堤先生と寺田さんにも出演してもらいました〜 の中で、現在乳がんが転移し闘病中の私の相方、トーミーこと、比嘉富子は、「今日でわたしのがんは消えました」と言い切ったのです。 翌日のCT検査で、左側の肺に転移していたがんが本当に消えていました。まだ右の胸に水が溜まった状態ではありますが、迫力と笑顔いっぱいのトーミーの島太鼓と私の唄、三線で、沖縄の癒しとパワーをお届けします。 最後に、みなさまと京都で出会い、音楽でつながり、和して、いのちといのちがつながることを、たいへん楽しみにしております。 ● 比嘉富子(ひがとみこ、島太鼓):沖縄県沖縄市在住、民謡デュオ・ケントミ、乳がん患者 ハイサイ、チューウガナビラ・・! 内地の標準語を聞くとビビッてしまう田舎丸出しのトーミーです。堤先生と佐代子姉々(ネーネー)との出会いに感謝です。今年2月の沖縄市での「ミュージックジャンルつながる祭」、大盛況の中、その勢いで「癒しのコンサートin京都」まで繋げていただき、本当に夢のようです。京都は初めてです。いっしょにつれてきた娘たちともども、ひとつでも多く、京都の美しい言葉を覚えて帰りたいです。 このたびは、いのちのつながり「輪の和」、こんなすごいコンサートに、このような私まで出演させていただき、ありがたいものです。みなさまとの出会いを楽しみに、精一杯演奏させていただきます。 おおきに! |
● ピエロのトッキーさんとトッキーズファミリーについて トッキーこと、徳永ゆり江さんは芸歴15年です。各地のイベントや幼稚園、学校でのビエロ活動のほか、ホスピタルクラウンもやって、患者さんたちに、楽しい笑いを提供しています。しかも、再発乳がんを抱える不屈のピエロなのです。横浜が本拠地です。 1995年1月の阪神淡路大震災のとき、まだ焦げ臭い小学校に立ち、コミカルな動きと優しいまなざしでピエロを演じました。震災にあった人々の顔を和ませ、子どもたちに笑いをプレゼントしました。その後、ピエロのパフオーマンスグループ、トッキーズファミリーを結成し、各方面で活躍しています。2007年の中越地震でも被災地でボランティア公演をされています。 1990年に乳がんにかかったのをきっかけに、笑いの大切さを共有すべく、パントマイム、ダンス、手品やバルーンアートを駆使するピエロへと変身しました。がんが再発した今、動けば胸に水がたまる、そんなそぶりを微塵もみせずに、ピエロは元気にはね回ります。笑いは人を生かす。体温のある本当の笑いは人をどこまでも生かす。笑ってもらって、自分も楽しむ。そんな素敵な生きざまをみせてくれるトッキーとその仲間たち、トッキーズファミリー(アン、ヒロピー、トミー、ドラゴン、ドラゴン)。今でも、病院にたくさんの笑いをプレゼントし続けています。 トッキーさんからのメッセージ:"どんなときでも微笑みを忘れないことと、ポジティブシンキングでいきましょう!" |
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● 大久保真千子さん(うきふねさん)について 大久保真千子さん(おおくぼまちこ、ハンドルネーム:うきふね)は横浜市在住の乳がん患者です。2003年に乳房切除し、翌年に遊離皮弁による乳房再建を受けました。直後には歌を歌い始め、1か月後にはテニスをしていました。彼女が主催する横浜市大学浦舟病院の患者会「うらふねマンマサロン(http://plaza.rakuten.co.jp/ukihune/)」では、医師を招いた再建の勉強会や経験者との交流の場を提供しています(マンマ=乳房、ドイツ語)。乳房再建を勧める情報発信を続けています。ピエロのトッキーさんの熱き応援者でもあります。 彼女は透明感のある軽い声が持ち味のソプラノ歌手です。1年前、創立75周年を迎える藤原歌劇団(日本オペラ振興会)のオーディションを通り、育成部で勉強中です。2009年2月には、ピアノのドルチェさん、バイオリンのラルゴさんといっしょに立ちあげたトリオ"マンマミーア"のデビューコンサートを横浜で開催しました。今回のコンサートのトリを飾るレハールのメリーウィドウワルツも歌いました。今後は、ソプラノ歌手として独立することが大きな目標。でも、老人施設などで「みんなで楽しく歌う」参加型のボランティア音楽活動も続けてゆきたいそうです。 |
♪メッセージ♪ ● 大久保真千子(おおくぼまちこ、ソプラノ):神奈川県横浜市在住、乳がん患者 横浜で「うらふねマンマの会」という患者会を主宰している大久保です。 活動としては、乳がん患者のおしゃべりサロンの「マンマサロン」、乳房再建の情報交換の「乳房再建サロン」をそれぞれ月1回のペースで開いています。私は乳がん罹患後、悔いのないよう生きるため、一番好きなこと「声楽」を始めました。その後、夫を肺がん(小細胞がん)で亡くしましたが、闘病中の夫の願いは「自分はできるだけの治療を受けるから、泣き顔を見せないでほしい」というものでした。痩せ我慢でも相手のことを気遣って泣かないでいたら、楽しい日々が過ぎていきました。 そのときも今も、元気の源は「歌」です。音楽は楽しいです。自分で演奏しても、人の演奏を聞いても楽しいので、患者会のメンバーで「マンマミーア」という音楽ボランティアグループも始めました。歌・バイオリン・ピアノの3人組です。病院や福祉施設・高齢者施設で、心が暖かくなる「歌」を届けるのが目標です。ご依頼はこちらにメールで→ukihune93@nifty.com |
● アンサンブル・ムュゲ『ENSEMBLE MUGUET』について 「MUGUET」はフランス語で「すずらん鈴蘭」という意味です。このたびの機会を利用して、前木寛子(ひろこ)さん、中尾典子(のりこ)さん、渡辺恵子(けいこ)さんの女性フルーティスト3名であらたに結成されたフルートアンサンブルです。5月の演奏会にぴったりのネーミングだと思います。がん患者2名と病理医1名で、居住地も、三重県、長野県、福岡県と遠く離れています。すがすがしいフルートの音色をぜひお楽しみください。 前木寛子さんは、カワイミュージックスクールのフルート講師です。数年前に愛知医科大学病院で右側の外耳道(がいじどう)、鼓膜(こまく)までの耳の穴の通り)にできた「がん」で、外耳道と中耳の摘出手術を受けました。その結果として、片耳の聴力を失いました。骨を通じて低音が伝わる骨伝導(こつでんどう)は保たれているために、演奏中に入る雑音に惑わされる日々が続いたそうですが、それを乗り越えて、演奏活動を続けています。手術前にすることがなかったボランティア演奏をする機会が増えました。プロのフルート奏者としての新しい道が始まったのです。 中尾典子さんは、大阪生まれ、奈良県育ち、現在、信州安曇野(あずみの)在住のアマチュアフルート奏者兼ピアニストです。今回も、フルート演奏とピアノ伴奏の両方に出演します。1985年から、大阪のフルートアンサンブルのメンバーとして活動してきました。また、日本フルートフェスティバルin奈良や日本フルートフェスティバルin名古屋など、毎年どこかの200人規模の壮大なフルート演奏会に積極的に参加してきました。 2004年に乳がんの温存手術を受け、現在ホルモン療法中です。術後、「わかば会」が募集したピアニストに応募したことから多様な演奏活動が始まり、堤寛氏のオーボエとも共演しました。 渡辺恵子さんは、自己紹介欄にも記載している通り、フルートができるからという(不純な?)理由で病理を選んだ、根っからのフルート好きの病理専門医です(佐賀医科大学1996年卒)。2008年2月、"福岡フルート・レ・フルール"という福岡市内のアマチュアフルート奏者によるフルートアンサンブルを結成し、11月に好評のうちに第1回定期演奏会を終えました(http://yaplog.jp/flute_fleurs/archive/18)。"フルートが吹ける喜び、音楽が楽しめる幸せに感謝しつつ、音楽を通じて本当に素敵な関係が広がり、音楽を趣味にするものとして、これほどの幸せはない、と心から感謝しています。" |
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● 瀧内曜子の活動について 瀧内曜子(たきうちようこ)さんは、チェリスト兼病理学者である丸山直記氏の娘さんです。音楽(好き)一家の恵まれた環境のもと、4歳からバイオリンを始めました。これまでに、長谷川孝一(はせがわこういち)氏、林泉(はやしいずみ)氏、大下茂樹(おおしたしげき)氏、宋倫匡(そうともただ)氏に師事しています。1998年には兵庫県交響楽祭でソリストとして、尼崎市民交響楽団と協演しました。2003年には、父親が団長を務めるアルテハイマート合奏団の第19回定期演奏会でブルッフ作曲のバイオリン協奏曲第1番のソリストを務め、2004年には、第14回日本クラシック音楽コンクール関西地区本選で好演賞を受賞しました。 京都大学医学部の最終学年にあたる2006年夏、初リサイタルを開催し、素敵なライブCD「バイオリンリサイタル2006」(R Music社)を作りました。2007年3月に同医学部を卒業し、現在、神戸市立医療センター中央市民病院で免疫血液内科の後期研修医として医師修行中です。2008年8月には第2回リサイタルを開催(CD作製)、2009年2月、大阪いずみホールの協奏曲の夕べ(かぶとやま交響楽団)でシベリウスのバイオリン協奏曲をみごとに演奏するなど、意欲的に活動しています。この4月から免疫血液内科を専攻したそうですが、近い将来病理を専攻してくれるかどうかは、本人に聞きたいところです。うわさですが、病院長にバイオリン演奏活動に支障がない程度の医療活動をしたいと宣言したとか―。今後が楽しみです。 |
| ♪メッセージ♪
● 瀧内曜子(たきうちようこ、バイオリン):神戸市立医療センター中央市民病院、免疫血液内科、後期研修医 研修医になってからでしょうか、バイオリンを弾くことがやっと食事や睡眠と同じように自然で当たり前に感じられるようになってきました。厳しい医療の現場のただ中でさまざまなことを見聞きし、少しずつ音楽に深みが出てきたと自負しています。 演奏しているとき、人間が持ちうるありとあらゆる感情を体験しているように思います。喜び、哀しみ、憧れ、絶望、熱情、敬虔さ、怒り、安らぎ・・・。この渦の中で、何回分もの人生を生きることができた、その感激で心震わせながら舞台を去り、また翌日から「先生、検査オーダーの日付、間違ってます。3回目です」「退院サマリ早く書いて下さい」と言われて平謝りの、落差の激しい日常に戻るのです。 |
● 米澤傑の活動について 米澤傑(よねざわすぐる)氏は、1974年に鹿児島大学医学部を卒業した病理医兼テノール歌手です。(社)日本病理学会の誇りです。歌は、松本美和子(みわこ)氏他に師事しています。日伊コンコルソ入選、太陽コンコルソ・カンツォーネ・イタリアーナ優勝、日本クラシック音楽コンクール第1位グランプリといった輝かしい業績をあげています。蝶々夫人やカルメンの主役、ベートーヴェンの第九交響曲、メサイア、ヴェルディの「レクイエム」、ロッシーニの「スタバト・マーテル」、NHKテレビ「第九をうたおう」(井上みちよし道義指揮)などのソリストを務めました。 2002年ルーマニアで「最高のテノール」、2004年には東京紀尾井ホールで「日本人離れした声」と話題になりました。2004年と2005年に東京芸術劇場でイタリアの世界的テノールとの共演。2005年には、イタリア(G. プロイエッティ指揮)と日本(ベリオ版・日本初演、全3幕、指揮:若杉弘)での「トゥーランドット」(DVD発売中:藤沢市 0466-28-1135、鹿児島CROSS 099-239-8585)のカラフ王子で大絶賛を博しました。2006年NHK芸術劇場「二つの顔を持つ音楽家」、2007年国民文化祭「第九」、最近では、2008年徳島と鹿児島でのリサイタル、名古屋音楽大学公開講座,徳島県民文化祭(秋山かずよし和慶指揮)、メンデルスゾーン「最初のワルプルギスの夜」(オーチャードホール)、熊本・大阪・長崎「第九」ソリストなどを務めました。CD「誰も寝てはならぬ/米澤 傑 テノール・オペラアリア集」(G. ステーファノ指揮・ソフィア国立歌劇場管弦楽団)はタワーレコードヒットチャートでたびたび第1位になりました(インターネットで「TOWER.JP-誰も寝てはならぬ/米澤傑」の検索で購入できます)。 「日本病理学賞」受賞が決定し、来年・平成22年の第99回日本病理学会総会において宿題報告「ムチン 〜ヒト癌における臨床病理学的意義と遺伝子発現機構の解明から腫瘍悪性度早期診断システムの構築まで〜」を発表する予定です。 |
| ♪メッセージ♪ ●米澤傑( よねざわすぐる・テノール):鹿児島大学大学院医学研究科、人体がん病理学教授 忙しい本職を抱えて、なぜ、プロの歌手と一緒に舞台に立つという苦労をしているのか、とよく訊ねられます。有名な登山家が「そこに山があるから・・・」という言葉を残していますが、まさに、「そこに舞台があるから・・・」としか答えが出てきません。 私が歌わなければ、誰かが歌うのでしょうが、それは「くやしい」というのもどうも本心のようです。また、「大勢の観客の前で歌うのはストレス解消になるでしょう」ともよく言われますが、「一発本番の舞台」は、ストレス解消どころか、まさしく「恐怖」以外のなにものでもありません。舞台間近のお席のお客さまには、私の手足が恐怖で震えているのがお判りになるかと存じます。 今日も、この「恐怖の舞台」を、私がどのようにクリアしてゆくかという過程もどうぞお楽しみください。 |
● 宮崎龍彦の活動について malignant drinker(悪性飲酒者)と自称する宮崎龍彦(たつひこ)氏は、愛媛大学のゲノム病理学講座准教授であり、関節リウマチや血管炎の研究で名高い能勢眞人(のせまさと)教授の右腕となる病理学研究者兼病理医です(愛媛大学医学部1990年卒)。2007年10月より1年間、ドイツ、ハイデルベルグ市にある国立がん研究所に留学し、彼いわく、「ちゃんと」研究しました。 でも、時間外の音楽活動にとくに目を見張るものがあります。プロはだしのトランペット吹きである宮崎先生は、何と、(音大出身者2人を蹴散らして)ハイデルベルグアカデミー交響楽団(Akademische Philharmonie Heidelberg)のオーディションに合格したのです。このオケを拠点に、ドイツ南部のBaden-Wurttemberg州のオケや室内楽アンサンブルに多数客演出演しました。さらに、かつてのラッパ弟子がプロとして頑張っている関係から、ミュンヘン近郊の国立歌劇場(Staatscappelle)でも客演として演奏しました(総計30回とか)。 実は、2009年の1月中旬に、ネッカー川が凍りつく極寒のハイデルベルグで開催されたハイデルベルグ響の2回の演奏会に日本から再訪問し、観客総計2,800人の前でマーラーの交響曲第1番「巨人」を吹いてきたという強者(つわもの)です。一体、専門は何? 実は、彼の音楽の才能はトランペット演奏にとどまらず、愛媛大オケ、愛媛大医学部室内楽団、愛媛"花かご会"合奏団の指揮者のほか、プロ演奏会のステージマネージングにも発揮されています。ドイツでも、いくつかのオケの「ステマネ」を務めてきました。今回のコンサートでも、ステマネの経験が大いに生かされるでしょう。ではでは、お手並み拝見です。 |
| ♪メッセージ♪ ● 宮崎龍彦(みやざきたつひこ・トランペット):愛媛大学大学院医学研究科、ゲノム病理学准教授 みなさん、こんにちは! 今日はようこそお越しくださいました。僕は病理学をやりながら、下手の横好きでラッパをいじっている変わり者です。僕の座右の銘は「一期一会」。素敵な音楽仲間と、そして素敵な聴衆と、想い出に残るような素敵な時間・空間を共有できたらいいなと思っています。 今日は、ハイデルベルクから大親友の村井さわさんが駆けつけて一緒に演奏してくれます。もちろん、みなさんに楽しんでいただくのが演奏会の目的ですが、僕自身大いに楽しませていただきます。クラシックのコンサートなんていうと肩が凝りそうですが、もともとは当時、彼の地での流行の音楽。モーツァルトは今で云うとビートルズだし、ベートーヴェンはまるでクイーン、サン=サーンスだってスターでした。どうか、肩の力を楽〜に抜いて、いっしょに楽しんでください。では、ごゆっくり! |
● 病理医によるチェロ・クアルテット(アルテハイマート・チェロ始終相談)について このチェロ4重奏団は、いずれも病理医の内田温(あつし)、丸山直記(なおき)、根本哲生(てつお)、長田(ながた)道夫の男性4名によって構成されています。演奏の中心は、最も若い気鋭の内田温氏(筑波大学医学部2004年卒)のようですが、音楽環境整備の中心は丸山直記氏(北海道大学医学部1973年卒)です。丸山直記氏は東京都板橋区を活動拠点とするアルテハイマート(Alte Heimat:"懐かしき故郷")合奏団(http://www.alteheimat.org/wiki/index.php)の団長を務めています。 当初、東京都老人医療センターと東京都老人総合研究所の職員有志で設立されましたが、その後家族・友人が集まって人間的交流が幅広くなっています。メンバーないし友人が協奏曲のソリストになる点が特徴です(2003年には丸山氏の子女である瀧内曜子氏がバイオリン独奏を演奏しました)。長田道夫氏(昭和大学医学部1981年卒)は筑波大学における内田温氏の恩師でもあり、チェロ仲間でもあります。都立駒込病院の根本哲生氏(東邦大学医学部1988年卒)を交えた4名による演奏は、2006年11月の和歌山での第52回日本病理学会秋期特別総会で開催された市民公開講座「病理医ってどんな医者!?"」に引き続く病理医によるコンサートで初結成されました。今回は、愉快で斬新なグループ名(決して変換ミスではありません)を得て、さらに磨きをかけた演奏を披露してくれるでしょう。 |
| ♪メッセージ♪ ●内田温(うちだあつし・チェロ):筑波メディカルセンター病院、病理科医師 私は8歳よりチェロを弾いております。子供のころはチェロ一筋でしたが、ふと気がつけば病理標本と格闘する二児の父親です。週に一度、近所の公民館でオーケストラに混ざって弾いたり、たまに友人たちと室内楽を演奏したり、妻と愛の二重奏したり(妻もチェロ弾き)と、今は気ままにチェロを楽しんでいます。 私がチェロを弾いていると、ハイハイして楽器によじ登ろうとしていた娘が今では4歳。数ヶ月前からピアノを習い始めました。娘のピアノ伴奏で将来、演奏会に出ることが目下の夢であり、そのときのためにもっとコツコツと練習に励もう、と思っている今日このごろです。また、2歳になる息子は、私が頻繁に聴くチェロの曲を最近よく口ずさむようになりました。この子にはどんな楽器が似合うのかなと楽しく思案しております。 さて、和歌山での秋の日本病理学会に引き続き、大先輩のチェリスト兼病理医の方々と共演する機会が与えられましたことを、たいへんありがたく思っています。多くの方々の演奏にも、一聴衆として大変楽しみにしています。 ●丸山直記(まるやまなおき・チェロ):東京都老人総合研究所、副所長 私が生まれ育ったところは全国的に有名となった夕張市です。小さい頃からクラシック音楽が好きで、お小遣いを貯めては「新世界」や「運命」のレコードをカタログで注文していました。町でレコードを扱っている店には浪曲、歌謡曲、民謡のレコードしか置いていなかったのです。ある日、父がそのレコード店に行くと、店員さんに「お宅の息子さんは学があるレコードしか買わないんですね」と言われました。勉強とは無縁の楽しみだったのに「学」があるとは.......。 現在は職場の同僚や友人たちと始めた「アルテハイマート合奏団」の団長をしています。先日、団長の役得でサン=サーンスのチェロ協奏曲第1番のソロを演奏しました。本当に楽しいカラオケでした。私たちの団体名は決して「アルツハイマー合奏団」ではありません。でもすぐ忘れる方がいるんです。「アルテハイマート(Alte Heimat)」とは「懐かしい故郷」といったような意味ですが、良い名前でしょう? ●根本哲生(ねもとてつお・チェロ):がん・感染症センター 東京都立駒込病院、病理科医長 演奏会に寄せて 落語の「寝床」ではないが、素人芸をひとさまに喜んでいただく機会はなかなかない。たまの演奏会、ごく親しい友人にも「上手(じょうず)じゃないんだけどさぁ」「今度の日曜、暇でしょうがなければ、どう?」とか、ごく下手(したて)に出てお誘いしている。それでも口の悪い友人は言うであろう、チェロパートは上手(かみて/舞台右側)から登場したが、下手(へた)だったな、と。 医者仲間のアンサンブルを病院の患者さんに聴いていただく機会がときどきある。そんなとき、患者さんはみな、実に心優しい聴衆であった。ギーギーという騒音を、皆、文句もおっしゃらず、一生懸命聞いてくださる。一緒にメロディを口ずさんだり、中には涙ぐんでいる方さえいらっしゃる。「感動って、演奏者と聴衆が一緒になって生まれるんだなぁ」と実感しながら演奏するうちに、われわれが音楽で患者さんを励ましているつもりが、実はわれわれの方が、音楽をする喜びや、医療者が音楽をする意義を患者さんから教えられていることに気づくのである 一昨年のクリスマス、病棟で弦楽四重奏を披露した。好評だったと思い込み、看護師長さんには「お役に立てることがあればまた声をかけてください」と申しあげておいた。さて昨年のクリスマス前、師長さんから電話。「昨年は演奏をありがとうございました」「(今年も演奏の依頼だな、さて、何を演ろうかなぁ…)」「あのぅ、昨年、譜面台を4本お持ちでしたよね、それはお借りできますか?」「えっ、譜面台?演奏はしなくていいの?」「今年はみんなでハンドベルをやるんで"譜面台だけ"で結構です」「はあ、"お役に立てる"なら喜んで…」。師長さん、医者カルテットより一枚上手(うわて)であった。 さあ、本日の演奏会。医療者が上手(うわて)・患者が下手(したて)ではない、ともに歩む姿勢で、演奏技術の上手(じょうず)・下手(へた)にこだわらず、舞台上手(かみて)・下手(しもて)一杯に音楽を満たしましょう。 えっ、そこは私の寝床でございますって? つまらぬエッセイと素人芸は短いが肝心。お後がよろしいようで。 ●長田道夫(ながたみちお・チェロ):筑波大学大学院人間総合科学研究科生命システム科学専攻、腎・血管病理学教授 私の活動は、自己愛を原点にしています。ちょっと仕分けが難しいですが、自己中・自己満とは違う…はずだと思います。私はクリスチャンである母から、「ひとを許す」ことは大切なことと教えられました。自己愛とひとを許す。この2つのなんとなく相反しそうな気持ちを融合するのが、私のテーマのひとつです。チェロは丸山直記師匠から、広島のお好み焼き屋で勧められ、チェロを譲り受けて42歳から始めました。現在は、つくば都市オーケストラに入り、チェリストになれたはずだがならなかった病理医:内田温師匠の後ろで、違和感が出ぬように弾いています。音楽は本当に愉しい。 音楽を弾いたり聴いたりするときには風景をイメージします。私が大切にしている風景は、小高い山から見下ろすな凪いだ瀬戸内海と、留学(ハイデルベルク)して過ごしたドイツの田舎町です。そんなわけで、私のテーマソングは、タンホイザー序曲とシューマンの「ライン」です。瀬戸の花嫁は、歌い手さんの都合で、イメージを維持できませんでした。 チェロを通していろいろな音楽に出会うようになりました。風景をイメージしながら音楽を奏でるというのは、まあそれは至福のときですね。自己愛(満足)が極まります。なにより、自分しか聴いていないというのも安心。今日のグリュツマッハーは冬のドイツの暖かい家庭にあるろうそく蝋燭の炎と静かな祈りをイメージして、みなさんのために祈りをこめて弾かせていただきます。 |
| ● 中島広聖について 中島広聖(こうせい)氏は長野県育ちの中堅病理専門医です(信州大学医学部1996年卒、38歳)。信州大学大学院修了後、飯田市立病院臨床病理科を経て、現在、一宮(いちのみや)市立市民病院病理科に勤務しています。 中学でオーボエを、高校でファゴット(バスーン)を始めました。大学時代は古楽にはまりました。元N響オーボエ奏者、濱道晁(はまみちあさ)氏に師事(何を師事したのかは言えません)。リコーダー、フラウト・トラヴェルソも演奏します。バロックオーボエももっていますが、残念ながらなかなかリードがつくれません。大学在学中から松本市のアマチュアオケ、松本交響楽団に在籍。愛知県に移住後も松響ののどかな雰囲気が忘れられず、松本通いを続けています。 |
| ♪メッセージ♪ ● 中島広聖(なかじまこうせい、オーボエ):一宮市立市民病院、病理科医長 元NHK交響楽団の濱道晁(はまみちあさ)先生には、濱先生が市民オケに遊びに来てくださる関係で、時々アドバイスをいただいていました。おもに教わったのは日本全国の銘酒でした。オーボエを師事したとは口が裂けても言えません。そんな私ですが、堤寛先生にオーボエ吹きであることで顔を覚えていただき、3年ほど前にわかば会のコンサートに呼んでいただいたことから始まって、今まで多くの方々とお会いすることができました。今回も、素晴らしい演奏家の方々とお会いできることを楽しみにしております。 あくまで個人的にですが、ここ5年ぐらいでなぜかオーボエが上手くなった気がします。5年間で何回楽器に触ったかと数えられるぐらいなのに。趣味のスキーも20代のころに比べて脚力など大幅に低下し、練習していないにもかかわらず、自由に滑れるようになりました。無駄に力が入っていたのを、年をとるうちに自然と力の抜き方を覚えたからでしょうか。そうなってやっと、相手の音楽に(雪面の状況に)応えられるようになってきました。 楽器は25年、スキーは30年かかりました。病理診断はまだ10年にもなりません。臨床医、そして患者さんの希望に応えられる診断が、いつできるようになるでしょうか。年をとっても自然にできるようになるわけはないし、25年もかかってはまずいですね。そう、病理診断はなかなか難しいんですよ。 |
| ● 真崎武について 真崎武(まざきたけし)氏は、あまの天のはしだて橋立を望む京都府の病院で、臨床医との協力を第一に、日々病理診断を行っています。 京都市内でアマチュアが集う「トルベール室内合奏団」という弦楽合奏団(団員募集中)に所属して、1年に1回だけの演奏会で弾いています。 |
| ♪メッセージ♪ ● 真崎武(まざきたけし、コントラバス):京都府立与謝海(よさのうみ)病院、病理診断科部長 私が弾く楽器は「海軍」の焼印の入った"Hammich, Berlin"とだけ書かれたものです。戦後にジャズ奏者が弾いていたのを、私の先生が生徒へのレッスン用の予備楽器として入手され、売却先の楽器屋さんから私が買いました。オーケストラで一般に使われるのよりは小さめの楽器です。音量は小さいのですが、こくのある音色で気に入ってます。 他の演奏者の演奏に即座に反応して、その場にふさわしい響きを作り出すのがアンサンブルというものらしい・・・と、わかってきたのは、中学生の時にクラシックギターを習い始め、大学生からコントラバスを習い、学生や社会人のオーケストラも経験し、35年も経った、つい1〜2年前です(苦笑)。 他のパートの譜面(他の診療科の内容)も意見を言い合えるくらいには勉強し、個人の練習(病理診断の勉強)を毎日続けて、一流の演奏(エキスパートの診断)には耳を傾けて謙虚に味わい、譜面に込められた作曲家の思いを(標本に隠された病気の情報を)解読することに喜びを見いだす毎日です。 |
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| ● Sayoko & Yutakaの活動について Sayokoこと寺田佐代子は刈谷市在住の乳がん患者です(二児の母、南山大学短期大学卒)。1999年に乳房全摘術を受けました。オーボエ吹きで病理医のYutakaこと堤寛(つつみゆたか、慶応義塾大学医学部1976年卒、横浜生まれ)との接点は、2003年に発足した藤田保健衛生大学病院の乳がん患者会「わかば会」でした。Sayokoのピアノ歴は早49年になります。患者会設立を提案し、30代で亡くなった若き仲間の死を追悼する「わかば会」1周年記念のコンサート(2004年3月)に、医師と患者のこの"でこぼこコンビ"が選んだ曲は、何と、モーツァルトのオーボエ協奏曲!前年の夏、再発で厳しい状態だった彼女をお母さまといっしょに病室から誘い出して、大学の音楽ホールのピアノ庫でこの大曲を聴いてもらいました。この日のことは、今でも鮮明に覚えています。私たちの活動の原点となっています。そう、天国の仲間にずっとずっと語りかける気持ちで練習してきました。「ねえ、どう?うまくなった?私、がんばっているのよ。音楽も患者会も」と・・・・。 これまで、多くの演奏の機会をいただき、感謝します。特別養護老人ホーム、ハンセン病施設、ホスピスでのボランティア演奏のほか、ウィルあいち、明治村、デンソーDスクエア、愛知県健康祭、院内コンサートなど、のべ約30回。わかば会の周年行事は毎年出演しています。練習記録を残す、そして、お会いした方に名刺代わりに差し上げるために、三重県志摩市「合歓の郷」録音スタジオで自作のCDを4枚形にしました。よろしければ、さしあげます。 Sayokoは現在、がん患者サポートプログラム(セルフケア、ピアサポート)を展開し、この領域の患者リーダー・実践者として、地元愛知県のみならず、鹿児島県、沖縄県、栃木県など、日本中から引っ張りだこ状態です(ピアサポート=患者同士の支え合い)。患者の自立が大切!とSayokoはいつも主張します。 Yutakaは、研究・教育、感染症の病理診断や単著教科書の執筆といったしごとのほか、患者さんに顔のみえる病理医として、地道に病理診断の相談や説明をボランティアしています。病気に関する悩みや病理診断に関する相談のある方はどうぞ遠慮なくメールください(tsutsumi@fujita-hu.ac.jp)。ただし、ウソやごまかしはしません。直球を投げますので、少しだけ覚悟が必要かも知れません。 |
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♪メッセージ♪
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| ♪メッセージ♪
● 村井(むらい)さわ(ピアノ):ドイツ、ハイデルベルグ在住、音楽療法士 みなさん、はじめまして。日本から遠く離れたドイツ・ハイデルベルグで、今回ステージマネージャーを務められている宮崎龍彦さんと、「運命的」な出会いをした村井さわです。少し前までは、「ヨーロッパに行ってハイデルベルグをみないで帰ってきた日本人はいない」と言われたほど日本人観光客が多かったハイデルベルグですが、その一方で、世界各国からの学術関係者も多く、国際色豊かな活気のある雰囲気と美しい街並みは、ドイツ人にも愛されています。 宮崎さんのハイデルベルグ滞在中、日本の童謡・歌曲のトランペット独奏に、ピアノ伴奏をさせていただきました。「音楽に国境はない」と言われますが、「証城寺のたぬきばやし」にみんなにっこり、「ふるさと」や「赤とんぼ」のメロディーにコンサート会場が涙した瞬間は、今でも忘れられません。私は音楽療法士として、教育者として、また演奏者として、色々な音楽に出会います。そして、その音楽を通して、その人の人生や生き方に出会います。そのひとつひとつの出会いは、私にとってかけがえのない宝物です。今日、一瞬でも、みなさまのこころに響くような演奏ができればうれしいです。 |
● 小石(こいし)みなみ(ピアノ):京都市西京区在住、神戸常盤大学非常勤講師、栗東芸術文化会館さきらジュニアオーケストラ・アカデミー講師 ピアノを5歳のころからずっと弾いていることになるのですが、作品をつくった人と、それを読む人たちと、そしてそれを聴く人たちという、時代を超えて、人を介して生まれる音楽のおもしろさを意識するようになったのは、京芸(京都市立芸術大学)の学生のころからだったかなあ、とふり返ります。 通学定期を持つことがひそかなる夢だったくらい、ずっと西京区っ子だった私が、パリの学生になり(定期も持ち)、ところ変わればこんなにも自然や生活習慣などが違うように存在するものなのかと驚き、世界を見る目がすっかり変わったと思ったのも、もう10年も前のこと。帰国したあと、日本国内の多様性にもようやく気づけるようになった気がします。違いを知る喜びと、同じであることを知る喜びをもって、人の存在を認めながら、演奏をつづけていきたいと思っています。今日は、瀧内曜子さんとの共演はもちろんのこと、どんな演奏に出会えるかと、楽しみにしています。 |
●本田剛士(ほんだつよし、バイオリン):愛媛県松山市在住、愛媛大学交響楽団所属 みなさん、こんにちは。僕は、愛媛大学交響楽団でバイオリンを弾いています。今回は、このような大きな演奏会で室内楽を奏でるチャンスをもらい、ワクワクしています。サン・サーンスの七重奏はとてもよい曲です。どうか楽しんで聴いてください。 |
●石沢遼太(いしざわりょうた、ビオラ):愛媛県松山市在住、愛媛大学医学部室内合奏団所属 愛媛大学医学部医学科の3回生です。高校の時にギターを始め、大学では軽音楽部に入ってバンドをやっていましたが、ふとしたきっかけで室内合奏団に入部して「しまい」、ビオラの人数が足りないとのことでビオラを弾くことになり…ズルズルと今に至っています。 まだビオラを始めて2年。初心者ですが、頑張ります。よろしくお願いします。 |
●高橋香織(たかはしかおり、ピアノ):愛知県一宮市立市民病院、臨床検査技師 群馬大学医学部保健学科2008年卒の臨床検査技師です。大学時代はピアノ部に所属し、付属病院で行われるコンサートに出演しました。患者さんに喜んでもらえるのが嬉しくて、練習に励んでいました。卒業が近づいてからはとても忙しく、就職後は仕事を覚えるのに精一杯で、ピアノにほとんど触っていませんのでかなり不安なのですが、よろしくお願いいたします。 |
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●間瀬美奈子(ませみなこ・冊子イラスト担当):愛知県半田市在住、藤田保健衛生大学医学部学生 堤寛先生のご厚意により、今回挿し絵を描かせていただいた藤田保健衛生大学医学部5年の間瀬美奈子と申します。今回は癒しのコンサートということで、音楽をモチーフにした、和んでいただけるようなイラストを描きました。 私自身、大学ではコーラス部に所属しており、また趣味でピアノとバイオリンを弾いているので、音楽は非常に身近な存在です。音楽は人の心に訴えかける力があると思います。音楽を聴いて心が和んだり、過去のできごとが鮮明に思いおこされるという経験をされた方は少なくないと思います。とても不思議なことだと思います。 このコンサートでは、たくさんの方が素敵な演奏を披露してくださいます。その演奏を聴いてどう感じたか、何が思い出されるのかを意識してみると、より一層音楽を楽しむことができると思います。ぜひ、有意義で楽しいひとときをお過ごしください。 |
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文責:堤 寛
(藤田保健衛生大学医学部病理学教授、病理専門医、 「わかば会」顧問) Email:tsutsumi@fujita-hu.ac.jp HP: http://info.fujita-hu.ac.jp/pathology1/ |
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「わかば会」事務局
代表:寺田佐代子 〒448-0804 愛知県刈谷市半城土町荒井畑95-706 電話&FAX:0566-25-6403 携帯:090-9339-0638 Email:wakabakai-sayoko@r7.dion.ne.jp |
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