ゲノム医科学にとってのバイオインフォマティクスの意義


 

ヒトゲノム解読に果たしたバイオインフォマティクスの役割

ヒトゲノム配列の解析、いわゆるヒトゲノム計画は当初15年間を目標に開始されたが、二つの技術革新の恩恵を受け、数年単位早期に達成される見通しとなった。一つはキャピラリーシークエンサーに代表される配列解析技術そのもの改良、特に大容量解析が可能になったこと。もう一つは全ゲノムショットガン法を可能にした大容量情報解析技術、即ちバイオインフォマティクスの進展がある。従来のゲノム配列解読のストラテジーはまず詳細なヒトゲノム上での位置情報となるマーカーを探索・同定し、それらを目安に比較的巨大なゲノム領域を含むBACYACというクローン断片へバラバラに分割し、それらを一つずつ読んでいくという作業が行われていたが、1996年時点では全体の3割も終了していなかった。これに対し、ランダムに何度か読んだシークエンスの配列を後から並べ換えて1本につなぎ、全ゲノムを解読するショットガン法では、大量のシークエンス技術加え何と言ってもそれをアラインメントする計算機技術の革新が無くてはならない重要なファクターとなった。

ポストゲノムシークエンス時代=ゲノム・遺伝子機能解析

ヒトゲノム配列の決定そのものはただ地図を作製したにすぎず、その行程や内容については何ら教えるものではない。ゲノム科学の次の目標はその配列からどのような情報が得られるのかということに移ってきた。プロテオミックスに代表される、遺伝子が発現され最終的には蛋白となって機能する、その機能を解析することが現在のゲノム研究の中心になってきている。機能解析を行っていく様々な段階でバイオインフォマティクスはさらにその重要性をましてきている。それは配列情報から未知の遺伝子を予想したり、調節領域を同定したりすることから、発現する蛋白の類似性や構造解析から、機能予測を行う。また情報マイニングと言われる技術を応用して蛋白蛋白相互作用を想定し検証するのに非常に重要な方法を提供している。またDNA Chip等のトランスクリプトーム解析の重要な技術的根拠を与えることにも寄与しており、バイオインフォマティクスなしにはポストゲノム時代の医学研究は成立しえない状況になっている。現在のこの状況は丁度25年ほど前に分子生物学が医学研究に導入し始められた状況と酷似しているとされ、多くの生物・医学研究室がその導入に遅れると研究そのものにのり遅れてしまうと言われている。

(表1をこのあたりに挿入)

精神医学研究におけるバイオインフォマティクスの意義

それでは精神疾患研究における現時点で考えられるバイオインフォマティクスを応用した研究の方向性について私見を述べてみたい。

疾患遺伝子同定へのアプローチ
全ゲノムにわたる多因子一般疾患の原因遺伝子同定にむけ、様々な方法論が提案されている。その中で全ゲノム領域にわたる連鎖不平衡解析などの情報解析に情報解析技術が必須である。あるいはDNA Chip等のトランスクリプトーム解析やプロテオーム解析を行う上でも得られる情報量が莫大であることから、その中から如何に目的の情報を可能な限り有用なアノテーションをつけた状態で引き出すかに利用できる。

未知の遺伝子の探索
ゲノムの一次配列から今までは存在すら不明であった新規の遺伝子を予測することができる。ESTcDNAの配列からゲノム上の遺伝子は予測されているが、微量にしか発現しない遺伝子についてはこの方法では確認できない。一方既知の機能やモチーフ・ドメインの相同性などからある程度機能の関連を推定しながら新規遺伝子を発見することが可能となってきている。神経伝達や発達・変性などにかかわる新規遺伝子を予測し解析していくあらたな研究支援法として重要になってきている。

蛋白相互作用・カスケード解析
機能が未知、あるいは今まではよくわかっていなかったタンパク質についてモチーフ検索などから新たな機能が予測されると同時に、蛋白間相互作用やシグナル伝達の経路を、バイオインフォマティクスを利用することで有る程度推定できる。ここから新たな実験系を組み立て新たな発見を導くことを可能にする。

創薬ターゲットの探索と解析

上記の内容を総合的に応用すれば、疾患遺伝子同定や病態生理解明と同時に様々な創薬のターゲットについても予測・解析出来る。

バイオインフォマティクスの導入

これからバイオインフォマティクスを導入しようとする場合、最善なのはわかっている人に聞くことであろう。バイオインフォマティクスは言葉の通り、情報科学と生物学とのインターフェイスであり、全面的にこれを駆使するには両者の修得が必要になる。多忙な臨床の合間にさらに情報科学を基礎から学ぶには無理があり、情報系の研究者との共同研究が必須ではないかと考える。幸いに殆どのソフトウエアツールがフリーでインターネットからダウンロードして利用可能であるし、ハードもUNIXベースのOSLinuxMac OSX等)で稼働するパソコンレベルのPCで当面は十分であり、どこでも誰でも大きな資金を必要とせず導入できるのがバイオインフォマティクスの特徴のひとつでもある。

 

 

(参考文献)

「ゲノム医科学と基礎からのバイオインフォマティクス」高木利久編、実験医学Vol. 19 No. 11(増刊)羊土社、2001

「ゲノムサイエンスの新たなる挑戦」榊佳之その他編、蛋白質・核酸・酵素Vol.46 No.16(増刊)共立出版、2001

Bioinformatics: Sequence and Genome Analysis. D. Mount, Cold Spring Harbor Laboratory, 2001

Developing Bioinformatics Computer Skills. C. Gibas, P. Jambeck, O’reilly, 2001