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医局便り

職員募集


2019年 脳神経外科野球部活動報告

 2018年7月28日、長久手の地で名古屋大学に敗戦を喫し、敗戦投手となった中尾は翌年度の全国大会出場に向け静かに燃えていた。そんな中、藤原キャプテンより次期キャプテンの命を受けた。加えて中部地区大会の大会運営を担うことになった。歴代のキャプテンの中でもとりわけ華がないのは百も承知である。院内外から激励のお言葉をいただいた。近年決勝の相手である名古屋大学が不在であることもあり、全国への期待は大きかった。

 新戦力として丹羽・松村・佐々木の3人が加入し、恒例となった朝の練習に土曜の日程を加えるという暴挙に出た。藤原の異動に伴い、朝練スタメンが減少。西山・中尾のみとなることが判明し部の存続すら危ぶまれたが、新加入の3名が忙しいNCUの合間を縫って練習に参加してくれた(させた)ため朝練は継続となった。新医局長西山の呼びかけに経験や年次にとらわれず新しい顔ぶれが見られた。悪天候で練習が中止となる日が多かったのが残念であった。天気が悪かろうとグラウンド内をほぼ毎日ランニングしていた野犬と仲良くなった気がした。

 迎えた7月7日。穴が空きそうになるほど球場の予約状況を確認しなんとか抑えられた七夕のナイター。彦星と織姫のためなのかどうかわからないが梅雨真っ只中珍しくこの日は晴れ予報。対戦相手は三重大学。昨年度は出場していないためお互い戦力についての情報はない。会場は安城市総合運動公園野球場。2年前に名古屋大学との決勝戦、じゃんけんで後一歩のところまで追い込んだ球場である。この球場3面野球場が取れるのだが、少し素行の悪そうなおじさん集団を対戦相手と勘違いし1人震えていたのは内緒である。また、大学を離れ勤務しているメンバーと久々に顔を合わせることができるのも野球の良さである。たった数ヶ月見ない間に藤原は凄まじい肉体改造を遂げた。大学を離れ何をしていたのだろう。これがのちに相手チームの藤原シフトを招く。メジャーリーガーを彷彿させるサングラス姿で登場したのは安達。皆の期待が高まる。

 両大学なんとかメンバーを揃えることができ、試合は開始された。先攻藤田医科大学。相手先発の立ち上がりをつかまえ初回満塁のチャンスを作り2点を先制する。ベンチは若干のお祭りムードだが野球に詳しい経験者たちの視線は厳しかった。残塁が多かったのである。腫瘍だろうが血腫だろうができる限り残さないことが重要な世界である。一抹の不安は残るもその裏を0点に抑えた。フィールド上のメンバーは豪華であった。守備位置・打順の決定に悩むくらい豪華であった。一塁手丹羽は慣れないポジションながら「どれだけ取るの?」と聞けば「全部取ります!」と今後カンファレンスにおいても期待できそうな返事である。不肖大枝の送球にビビりながらもミスなく試合は進んだ。しかし相手の守備もなかなかに手堅い。厳しい試合になることが予想された。先発中尾は連打を浴び、2回裏に3点を取られた。逆転した三重大学は継投であっという間に投手交代。目先を変えられ、丹羽、藤原の長打が出て出塁を繰り返すも1点が遠い。藤原シフトはホームランになっていてもおかしくない打球を短打に変えてしまった。ゴルフ界からも髙亀・田邉・西山が参戦したがシャンクが目立ち、令和初のドラコンキングは藤原であった。人数は昨年の決勝に及ばないながら声援は賑やかである。試合は両チーム得点なく最終回になるであろう6回表を迎えた。松村が終了間際に駆けつけ代打の切り札として出場した。フットワークの軽さは昨年から随一である。先頭が出塁し、繋いで繋いで、その後同点に追いつく。土壇場での追い上げ、追いつけ追い越せのムードであった。しかし残念ながら勝ち越しならず。勝ちはなくなり、裏を抑えたらじゃんけんという展開に。2年前の記憶がよぎる。

 華がない主将が強気にマウンドに上がるも疲労の色は誰から見ても明らかであった。膠芽腫とだけ答えられるようにして病理カンファに望むくらい心は強気であった。四球を許しチャンスを広げられた。人が足りず交代できない旧医局長がライトから大きな声を出していた。最後は挟殺プレーの間にホームインを許した。3-4でサヨナラ負けを喫した。勝因につき三重大学は「残塁数が少ないこと」をあげている。試合内容は非常に緊迫感のある試合であった。それだけに非常に悔しい敗戦となってしまった。試合後は焼肉を食べながら試合の反省会を行い、来年への奮起を誓う。

 運営する側にもなり、人数が少なく試合に出られない・延期になると日程が調整できない、など各大学の代表の方と連絡をとるうちに苦労を垣間見た。出場、決勝進出が当たり前となりつつあった当大学であったが、人を揃えて試合に出続けられることのありがたさを実感した。

 キャプテンとして脳外科野球大会に携わる日が来るとは想像もしておりませんでした。まだまだエースを名乗るには程遠いですが、いつか若手が入ってきて戦力として必要とされない日が来るまで、毎年野球に参加し続けたいと思います。ともに試合を盛り上げてくださった先生方、応援に駆けつけてくださった先生方、当直や待機を試合のために調整し、代わってくださった先生方、本当にありがとうございました。(紙面の都合上敬称略とさせていただいております。)

藤田医科大学脳神経外科 野球部主将
中尾 一貴


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