誌上講習会
今年度より、神奈川リハビリテーション病院理学療法士、冨田昌夫先生に脳卒中片麻痺患者の移乗動作・歩行訓練について、当研究会々員に誌上講習会を開催して頂く事が決定致しました。年3回のシリーズを予定しています。今回は、その第1回目です。
「無自覚へのアプローチ(1)」
神奈川リハビリテーション病院 理学療法士 冨田 昌夫
はじめに
人の行動原理は常にその人を取り巻く外部の環境と相互関係で決められる。その最も基本となるのは地面に対する基本的な定位の仕方であり、バランスの採り方である。したがって人の行動特性や運動の質を変えるには、一方的に身体内部だけを変えようとするのではなく、環境との相互関係の中で変化に気づけるようにする必要がある。“運動へのアプローチから気づきへのアブローチ”がセラピストとして、私の課題である。
気づき
ごく普通の考えに従えば、情報処理過程は3つの段階から構成されている。まず入力があったということに本人が気づく、すなわちなにがしかの注意が払われて入力の検出が行われる。次に注意を向けた対象について、その形態的特徴の分析・抽出がされる。そして最終的に、判明した特徴に関して意味の認知が行われて、一連の認知過程が終了する。通常これらの3段階の情報処理は階層性をなしていると考えられてきた。入力の検出はいちばん低次なところでなされ、ついで特徴の分析が一つ高次なところで実行される。そして最後にもっとも高次な意味の認知が行われるというのが常識的な知覚の考え方である。ところが現実にはこのようになっていないことを示しているのがリーの実験で、部屋の中に立たされた人は情報の検出がないままに、情報の特徴である壁のきめの変化を抽出し、動いている。当然のこととして存在が検出されないのに特徴が抽出されるならば、その情報の処理は、本人の自覚を伴わずに実行されることとなる。従来、知覚というのは、必然的に自覚を伴うものとみなされてきたが必ずしもそうではないということである。情報の検出と特徴抽出は生体内で、互いに、独立して行われ、並列的に働いている。受け手が注意を向けている対象のみが当人によって処理される情報の全てとは限らない。本人が主知的に体験するのは、知覚されている惰報のほんの一部分でしかない。つまり知覚から行動にいたる無自覚的な経路がより基本的で、意識的な経験はこうした無自覚的プロセスに対する、いわば後づけの“解釈”に過ぎない。無自覚なこのような現象をアウェアネス(気づき)と呼んでいる。
サブリミナルな知覚の身近な一つの例として、私は急性期の患者で意識レベルが低くて言語的に恐いと訴えられない場合でも、無自覚のうちに恐い事に反応している状態が存在すると考えている。意識がないのにベッド上で異常な筋緊張の亢進や、触ったものを力いっぱい押したり、引いたりしてしまう現象がおこるのはこのような無自覚な気づきが関与し、患者が不安に感じて身体内部の結合を強めたり、外部に対して最大抵抗の変化を求めた行為であると考えている。言語的なもしくは意識的な訴えがあるかないかではなく、そのようなことができなくても、患者は無自覚なレベルで不安をこのような行為を通して訴えていることを理解した上で不安を取り去る工夫をすることが大切である。非言語的なレベルでのこのようなアプロ一チは“治療的なサブリミナルマインドコントロール”と呼べるかもしれない。
意識的経路と無自覚的経路
姿勢運動制御の経路は昆虫や烏など系統発生的に古い種でむしろ優勢で、物体認知の経路は、サルやヒトなど高等な動物で初めて優位となる神経メカニズムである。このことを前提に考えれば姿勢・運動制御の経路がおおむね無自覚的あるいは潜在的であり、物体認知の経路が自覚的あるいは顕在的なのは当然とも考えられる。逆さめがねの実験に見られるように、分かる、説明できるというような宣言的記憶より、行為を遂行する手続き的記憶が先行して学習できるという事実は、PT的な運動の改善が認知面の治療に不可欠である事を示している。つまり認知障害の治療に無自覚的な運動の治療、大脳辺縁系に対する治療がきわめて重要であるといえる。
大脳辺縁系、特に扁桃体にはあらゆる感覚連合野からの惰報が入り、感覚情報に生理学的な価値評価(食べられる、食べられない、おいしい、まずい、危険、安全、などを情動的な快・不快のレベルで評価)を与え、意味を認知する。感覚情報の意味付けを行おうとするとき、必ず、記憶との照合を行うので、扁桃体は、記憶の中枢である海馬体とは互いに絶えざる情報の交換を続けている。行為をするときにどのような記憶に基づいて行うか記憶を選択、とりだして一次的に保持するワーキングメモリーや行為を継続するときの短期記憶にも大脳辺縁系の働きが大きく関与する。そのため外部環境とは関係なく意図的に行う指の屈曲のような無目的な、単純な運動にも脳の活動は、必ず潜在的な無自覚な活動が意識的な活動に先行する。
まとめ
サブリミナルな知覚まで学習の中に取り入れると慣れないうちは自覚的な戦略に基づいて意図的に行動し、やがて習慣化し、自動化し、無自覚化するという今まで信じていた私達の常識による学習過程とは逆になる。治療では無自覚な反応へのアプローチが重要である。課題を遂行する時、下位行為、特に姿勢調整の仕方などに関しては指示ではなくオートマティックに非言語的に調整する方向へ誘導する事が重要であるという事である。特にバランスの取り方、支持面に対する定位の仕方の傾向性が偏っていると、無自覚な反応もすべて偏ったものになってしまうので、運動の質を変えるには、バランスの取り方を変える努カが重要である。恐怖や不安のためCAを使える潜在能カを持ちながらCWを優位に使っている患者はきわめて多い。また健常者といわれる人でも、そのために痛みや疲れに悩んでいる人は少なくない。自分の身体特性を知りそのために何が不都合か環境との相互関係の中で気づいて変えていく努力が必要である。