グローバルナビゲーションへ

本文へ

ローカルナビゲーションへ

フッターへ



トップページ >  研究内容

研究内容


 生物の体は精巧に制御されている各種のシステムで構成されており、その中でも脳は「宇宙で最も複雑なシステム」と言われています。私たちの研究部門では、精神・神経疾患を「脳のシステムの破綻」として捉え、疾患メカニズムの解明や予防・治療法の開発を目的とした研究を行っています。具体的には、遺伝子改変マウスをはじめとする疾患モデル動物について、遺伝子レベルから、細胞レベル、そして行動レベルに至るまで先端的手法を駆使して調べることにより、脳システムの動作原理の理解、システムの破綻のメカニズム、破綻したシステムの正常化について研究しています。

1. 精神疾患の中間表現型「未成熟脳」のメカニズムの解明と制御法の探索

図1. 統合失調症モデルマウスであるShn2ノックアウトマウスの海馬歯状回では、成熟した顆粒細胞の分子マーカーであるカルビンジンの発現が顕著に減少している。緑、カルビンジン;赤、細胞核。

 統合失調症やうつ病などのこころの病は、脳の病と考えられています。私たちの研究室では、脳に発現する遺伝子を改変したマウスの学習記憶能力、情動性、社会的行動などの変化を捉えることにより、遺伝子と行動・精神神経疾患の関係を明らかにすることを目標としています。
 これまでに、社会的行動、うつ様行動などの心理学的行動異常を示すマウスを多数見出してきました。その中でも特に顕著な統合失調症様の行動異常を示す複数系統のマウスに共通して、海馬歯状回顆粒細胞(神経細胞)が疑似的な未成熟状態にある「未成熟歯状回 (immature Dentate Gyrus; iDG)」という現象を世界に先駆けて発見しました(Yamasaki et al., Mol. Brain, 2008; Ohira et al., Mol. Brain, 2013; Takao et al., Neuropsychopharmacol., 2013)(図1)。
 さらに、統合失調症などの精神疾患患者さんの脳でも擬似的な未成熟状態となっている部位(海馬および前頭皮質)があることを示唆する研究結果を報告してきました(Walton et al., Transl. Psychiatry, 2012; Hagihara et al., Mol. Brain, 2014)。統合失調症患者さんのある種類の脳細胞が擬似的な未成熟状態にあることは、他の研究グループで得られた結果からも示唆されており(Gandal et al., PLoS ONE, 2012)、統合失調症を含む精神疾患に脳細胞の成熟度異常が関連していることが考えられます。
 また、歯状回の成熟した神経細胞は薬の投与やけいれん発作の誘導など各種の人為的操作により疑似的な未成熟状態に舞い戻ってしまうこと(脱成熟)も発見しました(Kobayashi et al., PNAS, 2010; Shin et al., Bipolar Disord., 2013)。これらの発見に続き、情動に関係する扁桃体においても薬によって「脱成熟」が生じること(Karpova et al., Science, 2011)も最近報告されています。これと関連して、スイスの研究者達は、学習しているマウスの海馬において特定の細胞が脱成熟を起こし、学習が成立すると再び成熟した状態に戻ることを発見しています(Donato et al., Nature, 2013)。
 以上のことから、一部の脳細胞は外的環境の変化に伴ってある種の成熟と若返りを繰り返しており、この双方向性の脳細胞の成熟度変化が細胞レベルでの恒常性維持機構として脳機能の維持に重要な役割を果たしているとともに、その破綻が疾患の原因となっていることが想定できます。
 本研究テーマでは、各種の先端的・網羅的な解析技術を駆使して、海馬歯状回の神経細胞をはじめとする各種の脳細胞の成熟度の変化について、①分子メカニズムと機能的意義の解明、②脳細胞の成熟度を制御する方法の確立、を目指しています。本研究の進展が、統合失調症やうつ病などの精神疾患の新たな予防・診断・治療法の創出や、脳の老化のメカニズムの解明などに大きく貢献することが期待されます。

2. マウスの機能表現型データベースの整備と拡充

 ゲノムサイエンスの展開の中で、すべての遺伝子の一次元情報(DNAの塩基配列)を手に入れたことがライフサイエンスの進め方に革新的変革をもたらしました。ある生命現象を理解する際に、すべての遺伝子を対象として網羅的に研究することができる手段を得たことになります。
 私たちの研究対象である脳機能に関しても、遺伝子との関係を明らかにするために、様々な遺伝子改変マウスの脳機能についての表現型を明らかにする研究が行われ、日々それらの知見が報告されています。しかし、標準化されていない実験手法による断片的データの集積では、それらを比較•統合して解析することが困難であり、ゲノム情報と脳機能をつないだ全体像の把握は困難なものとなってしまいます。
 これらの点を踏まえて、私たちの研究室は、2003年からマウス行動実験施設の立ち上げに着手し、マウスの行動表現型についての大量の情報を体系的に解析・利用できるように以下に挙げることを行ってきました:行動テストの実験装置の制御ソフト・解析ソフトの開発、行動実験の全自動化、マウス脳機能表現型データ取得の手法の標準化、データベースの開発・整備・公開(http://www.mouse-phenotype.org/)。その結果、マウスの行動表現型をハイスループットにスクリーニングすることができる網羅的行動解析システムを確立し、これまでに国内外の大学や研究機関との共同研究において180系統以上の遺伝子改変マウスの行動解析を実施してきました。その成果として、多数の精神・神経疾患モデルマウスを同定することに成功しています。

 現在、当研究部門では、新学術領域研究「先端モデル動物支援プラットフォーム」のリソース・技術支援として遺伝子改変マウスを対象とした行動解析の支援(生理機能解析)を行っています。また、文部科学省共同利用・共同研究拠点「脳関連遺伝子機能の網羅的解析拠点」に認定されている本研究所の一部門としてもマウス行動解析の研究支援を行っています。
 ご興味のある方は、こちらまでご連絡ください。