地方放射線技師昔話
      皆さん、昔を思い出してください・・・昔は大変だった・・・               前のページに戻る。
 
 私が診療放射線技師になり27年の歳月が経ってしまいました。今の病院に就職した当時、私を含め9名の技師が勤務していました。

○月×日
 今週は暗室当番です。眼がなれるまで少々時間がかかりますが、安全光の中1日暗室に入っていると昼夜の区別がつかなくなり、昼食後眠らないようにするのが一苦労です。3畳ほどの室内に、3分半の自動現像機が2台とフィルムボックスが置かれ、2方向の壁に暗箱が取り付けられていて、撮影済みのカセッテやマガジンが入れられて来ます。このころには殆ど使用しなくなった、パット現像用の流し台に板をはり机代わりになっています。
 カセッテの裏板を抑えているバネをはずしフィルムの入れ替えをしますが、夕方になると指先の感覚が無くなってきます。アンギオ用生マガジン2缶が来ました、ワイヤーの間に1枚ずつ30枚いれなくては、以前2枚入れて装置にフィルム詰まりを起こさせてしまいました、伸張に!
こんどは、私の苦手な間接撮影用のロールフィルム現像が来ました。これを自動現像機に流すのが一苦労です。段々曲がってきました、少しずつ修正するのですが冷や汗ものです。やっと今日の業務も終了です。

△月×日
 今週は一般撮影系担当です。コントローラーの前に胸部・腹部の条件表が大きく張ってあります。ポジショニングをする前に、体厚計で厚さを計測します。(現在、この体厚計を見なくなりましたね!!)体厚により管電圧を変化させます。CRではありません、フォトマルもありません。今考えると、良く適正濃度に合わすことができていたと思います。(神業!それともこれが技術?)
 午後はポータブル撮影です。もちろん、今のような自走でコンデンサータイプではありません。単相自己整流または良くて単相全波整流です。どのようなものか想像できない方は歯科用撮影装置を想像してください、それを4倍程度に膨らませたようなものです。(歯科用撮影装置を見たことがない方は、んー!!片手でもてる管球+トランスかな)撮影条件は感で合わせますが、気をつけることがあります。管電圧降下が大きくその降下も予測して条件を決めます。管電流はせいぜい10mA程度ですから後は電圧とタイマーですが、このタイマーがくせものです。1秒以下の精度は、まずありませんので大人などは良いのですが、小児が困ります。先輩からご指導いただいたことは、タイマーを2秒程度に合わせ左手にタイマーを持ち、右手で「このくらい」と叩きます。(このくらいって何秒よ!!)
でも良くしたもので、しばらくするとその技術?を習得することができましたが!!

                                今回はここまでです、次回をお楽しみに!!
                  文責は私(八町氏)にありますが、くれぐれもご質問はご遠慮ください。



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