遺伝子から見えてきた精神疾患の本質

日本でもっともサンプルを持っている研究者

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かつて統合失調症は精神分裂病と呼ばれていた。幻覚・妄想などによって患者の内面が蝕まれる病は、QOL(Quality Of Life)を著しく低下させ、社会生活を困難にする。症状を軽くする薬が開発され、患者を取り巻く環境も少しずつ改善されてきてはいるが、今もなお、統合失調症の発症メカニズムはわかっておらず、根本的な治療法も見つかっていない。岩田仲生教授は、日本の精神遺伝学研究の第一人者だ。精神疾患の根本的治療の実現を目指し、迷いのない足取りで進み続ける岩田教授の研究の軌跡を紹介する。

岩田仲生

研究者プロフィール

岩田仲生

藤田医科大学 医学部長
藤田医科大学 医学部 精神神経科学 教授

精神疾患に遺伝子から迫る

岩田仲生教授は、統合失調症や躁うつ病のような遺伝要因が強く関わっている疾患の原因遺伝子の探索を行っている、日本の精神遺伝学研究の第一人者だ。

統合失調症は約100人に1人が発症するありふれた精神障害である。幻覚・妄想などの特徴的な症状に加えて、意欲が低下し感情が鈍くなる、認知機能が障害されるなど、社会生活に支障が出やすく、自宅や病院で長期間闘病する患者も多い。10代後半で発症し、慢性・再発の道をたどりやすいことも特徴で、個人の人生の質(QOL)を著しく低下させる疾患だ。

現在、統合失調症の詳細なメカニズムは解明されておらず、新たな治療法の開発が待ち望まれている。それは症状を軽減させる薬はあるが、根本的な治療薬は存在しないからである。

原因の遺伝子を特定し、治療薬の開発や発症を予防する

さまざまなアプローチが行われている疾患研究において、なぜ岩田教授は遺伝子から精神疾患のメカニズムに迫ろうとしているのか。その理由を次のように語った。

「精神疾患の多くは脳に原因があります。最近では、fMRIなどの脳画像撮影装置が発達し、患者さんの脳のどこで何が起きているかということが、かなり細かいところまでわかってきました。しかし、なぜそれが起こるのかというメカニズムについては脳の状態を見ているだけではわかりません。私たちはもっとも根源的な原因である遺伝子を追い求めることで、病気の本質を理解したいと考えています」

疾患の原因遺伝子が見つかれば、発症のメカニズムがわかり、治療薬の開発につなげることができる。また、遺伝的に発症しやすいリスクのある人が事前にわかれば、環境を変えることで発症を予防することができる。これまで多くの疾患の原因遺伝子が探索され、見つかった遺伝子をもとに動物モデルが作成され研究が進められてきた。

1万人のサンプルが統合失調症の謎を解く

遺伝子の異常が病気の発症に関わっている疾患は数多くあるが、その関わり方も多様である。ハンチントン病のように環境に関わらず原因となる遺伝子の異常のみで発症する疾患もあれば、遺伝子に異常があってもそれだけでは発症しない疾患もある。精神疾患は後者に該当するため、「犯人探し」はより複雑になる。現在までに精神疾患の遺伝子研究ではまだ大きな成果は出ていないのはこのような事情による。

岩田教授らの最近の研究では、統合失調症に関連する遺伝子は約260個も見つかっている。しかも、その1つ1つの関わり方は弱く、発症リスクを2倍にする強いものはない。強くても1.3倍程度である。このことが精神疾患の遺伝子研究を難しくしていると岩田教授は語る。

「弱い効果の遺伝子をあぶりだすためには、多くの患者さんに協力をしてもらって、データを大量に集める必要があります。統合失調症の場合、意味のあるデータを出すためには、少なくとも1万人の患者さんのデータが必要です。1万人の方に研究の主旨をお伝えし、同意を取って、採血する必要がある。それがあまりにも大変なので、精神疾患の遺伝子研究から退く研究者もいます。そのような状況の中で、私はあきらめずにコツコツやっていましたが、気がつけば日本でもっとも多く患者さんのサンプルを集めている研究者になっていました」

稀な変異を見つけるためには、1万人よりもっと多くのデータが必要

岩田教授らは1万人の患者のデータを全ゲノム関連解析(Genome-Wide Association Study:GWAS)と呼ばれる方法で網羅的に解析し、健常者にはなく統合失調症の患者にだけある遺伝子を探索した。健常者のゲノムについては共同研究を行っている理研のゲノムセンターから提供を受けた。これらの方法により、国際共同研究を進めることで現在約260個の疾患に関連していると思われる遺伝子が見つかり、さらなる詳細な解析を進めているところだ。

現在は、DNAの塩基配列を詳細に読み取っていくシークエンスにも取り組んでいる。シークエンスを行えば、疾患を引き起こす効果が大きい稀な遺伝子変異を見つけることができる。効果が大きい変異がわかれば、発症のメカニズムを知る有力な手がかりになり、治療薬の開発にもつながりやすい。ただし、稀な変異を見つけるためには、1万人よりもっと多くのデータが必要になる。

日本各地の研究者と手を取り合い、世界とも共同研究を進めていく

多くのデータを集めるためには、日本国内だけでなく、世界の研究グループと共同研究を行う必要がある。岩田教授のグループは今まさに世界と手を取り合い、研究を進めているところだ。

ゲノム研究が盛んに行われている海外に比べて、日本ではかけている予算も研究者の数も全く勝負にならない状況だが、だからこそ日本で遺伝子研究を行う意義がある。

「日本がゲノム研究に投入している予算はアメリカの100分の1もありません。ゲノム情報は医学研究の基盤ですから、このままではアメリカにすべて握られていくという危惧があります。ですが、精神疾患の日本人のサンプルは私たち日本の精神科医しか集められないため、海外から見ても貴重なデータです。日本は1億2000万人の人口がいて、島国で、遺伝的にかなり均質なグループですから、遺伝研究を行うときに結果が見えてきやすいという利点があります。日本での遺伝子をベースにした研究はこれからますます大切になってくると思います」

躁うつ病の遺伝子研究もスタート

また、2011年には文部科学省の脳科学研究戦略推進プログラム(以下:脳プロ)の「うつ病等研究チーム」の代表に選ばれ、躁うつ病の遺伝子研究も始めた。このプロジェクトで人件費を得られたため、日本中を回って、患者の紹介や、同意・採決への協力をしてもらう共同研究者を募った。現在、約4000人分のサンプルが集まっている。このサンプルを用いた研究について岩田教授は次のように説明する。

「躁うつ病は統合失調症と同様、100人に1人という高い有病率の疾患です。発症時期も思春期が多く、自殺率も高い、社会的損失が大きな病気です。環境要因が強く影響するうつ病の発症にも遺伝要因が関わっていることも示唆されています。私たちは、脳プロの拠点として、職場や日常におけるストレスなどのチェックをしながら、全ゲノム関連解析研究を同時に行うことで、遺伝要因と環境要因の相互作用を解明することを目指しています。このプロジェクトの過程で不飽和脂肪酸の代謝に関わる遺伝子群が躁うつ病と関連することが明らかになりました。不飽和脂肪酸とはω3あるいはω6脂肪酸といわれているもので、DHAやEPAと言えばご存じの方もいるかもしれません。これらは青魚等に含まれている良質な脂肪ということですが、こうした食環境と疾患との相互作用をより詳細に解析することで、躁うつ病の新たな治療法が創出できるかもしれません。」

充実した研究支援体制によって生み出される知

大学院時代は生化学を専攻していた岩田教授だが、当時の主任教授の永津俊治先生が名古屋大学から藤田の総合医科学研究所に異動されるのについて藤田での研究に携わる機会を得た。

「総合医科学研究所はワンフロアすべてが実験室になっていて、特製の実験台が導入され、座っても立ってもどちらでも実験できたのです。研究費も潤沢で、最新の研究機器がそろっていました。余り知らなかったのですが藤田はこうした研究の環境が非常に整っていたことは驚きでした。研究に対する支援体制の厚さにはずいぶん助けられましたね」

留学先の米国国立衛生研究所(NIH)では遺伝学研究のラボに入り、遺伝学を一から学んだ。当時はまだ遺伝子解析の手法が確立されていなかったため、自分たちで考えてプログラムを組み上げた。その後NIHから藤田に戻り精神科での遺伝学研究の拠点を一歩ずつ進めていくことになった。

現在、岩田教授の精神科に入局した若い医師は、研究室にも所属し、大学院生として学んでいる。昼間は臨床をやり、夜は研究を行う。研究に専念しなくてはいけない時期は、朝から晩まで研究する場合もあるという。人生のどこかで研究に専念したという経験をもつことが、医師としても重要だと岩田教授は考えている。

「研究者を支援する体制が整っている藤田では、自分のやりたい研究を行うことができます。大学は知を生み出す場所です。新しいものを生み出し、それを学びに来る人がいて、教育が成り立っています。大学が研究をしなくなれば、誰も大学に学びに来なくなります」

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連絡先

藤田医科大学 医学部 精神神経科学 講座

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