次世代の再生医療は、どうあるべきか?

臓器の再生から機能の再生へ

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iPS細胞を活用した再生医療が、急速に進展し始めている。従来の医療では対処できなかった難病治療に希望の光が差し始めた。iPS細胞から作られた臓器などを移植する治療法が続々と開発され、まさに医療における革命が起こっている。では、その進化の先には何があるのだろうか。松山教授が見すえているのは、現在の再生医療の概念を根底からくつがえす次世代の再生医療だ。実現すれば、医療コストは劇的に下がり、より多くの人が、より非侵襲的な治療を享受する世の中になる。

松山晃文

研究者プロフィール

松山晃文

藤田医科大学 医学部再生医療学講座 講座教授
医学部再生医療学講座 講座教授
研究支援推進センター 再生医療支援推進施設 施設長

普及段階に差し掛かってきた再生医療

2018年に入り、iPS細胞を使った再生医療関連のニュースが相次いでいる。まず5月に、iPS細胞から作った心筋シートを心不全の患者に移植する臨床研究が、厚生労働省によって了承された。iPS細胞から作られた細胞医薬品を患者に移植する臨床研究としては、目の難病である加齢黄斑変性に続いてこれが2例目となる。

7月後半には、iPS細胞から作製した神経細胞を、パーキンソン病の患者の脳に移植する臨床試験の年内開始が発表された。8月には患者自身のiPS細胞を血小板に育てて投与する臨床研究計画が国に届け出られている。京都大学 山中伸弥教授がヒトiPS細胞を開発してから約10年が過ぎ、その医療への適用が一気に本格化し始めようとしている。

「iPS細胞に代表される再生医療の本質は何か。ひと言で表すなら『憧れ』ではないでしょうか」と、松山教授は語る。これまでの医療では治す術のなかった病気でも、再生医療の進歩により治る可能性が出てきた。難病に苦しむ患者にとっては、まさに希望の光が見えてきたのだ。

ただ、ここに至るまでの道のりは、決して平坦なものではなかった。iPS細胞の発明から臨床試験が始まるまでには、長い時間がかかっている。この間に、iPS細胞自体に関する研究が、長足の進歩を遂げたことは言うまでもない。

けれども、いくら研究が進んだとしても、その成果を医療の現場で活用するためには、様々なレギュレーションを整備しなければならない。諸規則を定めるのは行政の役割である。ただし、iPS細胞は前代未聞の発明であり、行政サイドにiPS細胞を熟知する人材はいない。こうした状況において、iPS細胞を実用化するための規則整備の鍵となった人物、官と学をつなぐ橋渡し役を務めてきたのが松山教授である。

行政とアカデミアの意見をすり合わせて前に進む

2007年にiPS細胞が開発されると、医師たちは競うようにその臨床応用を考え始めた。どのような細胞にでもなりうる万能細胞を使えば、従来なら救えなかった患者を救える可能性があるのだ。
けれども、iPS細胞は、未だかつてこの世界に存在しなかった代物である。従ってiPS細胞を使う再生医療に関しては、それを規制するルールも当然存在しない。人の命を救うための研究だからといって、何をやっても構わないとはならない。百歩譲って動物を使った研究におけるin-vivoなら許されるとしても、実際の治療に応用するには、いずれは人を対象とした臨床試験を行わなければならない。
問題は、その際の安全確保である。行政サイドの立場で考えれば、万が一にも人命を損なうようなことがあってはならない。従って、その規則作成には慎重を期すことになり、念には念を入れた内容となるだろ。
ところが、あまりにも厳しすぎるルールの下では、現場での研究を進めにくくなる。同じ再生医療をテーマとしながらも、研究者と行政サイドでは、ものごとを見るベクトルが真逆なのだ。
ギャップを埋めるために駆り出されたのが、その頃大阪大学に在籍し、澤教授を支えていた松山准教授(当時)である。

「再生医療のトップランナーだった澤先生の部下だった私は、実はいったん大学の法学部に入学した後に、医学部を受験し直した変わり種です。未だに法律も好きで、医学の研究に疲れたときには、六法全書を読むのが秘かな楽しみだったりします。おかげで澤先生に連れられて厚生労働省との会議に出るようになり、会議のドラフトなどを書いているうちに、役所の方から澤先生に松山を寄越してほしいと言われたそうです」

その結果、松山教授は2006年、厚生労働省健康局ヒト幹細胞臨床研究対策専門官に就任する。それ以降、再生医療に関わる規則作りから研究費の配分にも携わるようになった。一連の作業を通じて、研究費が配分されるメカニズムを目の当たりにし、官の側での人脈も広げた。

「医政局治験推進室長補佐を務めた後に、研究と法規制と研究費の配分動向までを熟知する人間として大阪大学に戻りましたが、その後も規制作りのレギュレーターも続けていた経験が今につながっています」

人脈を築き、経験を深めて研究に生かす

2010年に閣議決定された『新成長戦略』において、再生医療の実現を担うプロジェクトとして『再生医療の実現化ハイウェイ』が立ち上げられた。その際には、松山教授は文部科学省と厚生労働省による研究開発の長期支援・橋渡しをするプロジェクトのリーダーを任される。

「10年間で1100億円の予算がついたプロジェクトでは、山中先生のサポート役として、さらには慶応大学の岡野先生や江藤先生をはじめとするiPS細胞関連の研究者を支援するため、厚生労働省やPMDAとの交渉役を引き受けました。ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針や再生医療新法(再生医療等の安全性の確保などに関する法律)にも関わり、経験を深めることができました。その後再び研究の道に戻り、医薬基盤・健康・栄養研究所難治性疾患研究開発・支援センター長を務めることになります」

再生医療の研究者としては異色のキャリアでありながらも、研究の手を休めることはなかった。そして、これまでの業績のすべてを活かす場となったのが、再生医療学講座の教授として就任した藤田医科大学である。

「世界の医療を変えたい」—学長の強い思いに導かれて

松山教授が、藤田医科大学医学部再生医療学講座の講座教授及び研究支援推進センター再生医療支援推進施設の施設長として赴任したのは、2018年の4月1日のこと。就任決断を後押ししたのは、星長清隆学長の強い思いだったという。

「本学を国際的にリスペクトされる存在にしたい。藤田から世界の医療を変えていきたい。熱く語る学長は、がんと臨床ゲノム、そして再生医療を研究の3本柱に定めていると説明し、再生医療を任せたいと仰ってくださったのです」

その少し前に星長学長は、胎盤をストックして体性幹細胞を作り、再生医療に活用する計画を持つベンチャー企業と接触していた。これが研究の核になると直感的に判断し、そのプロジェクトリーダーとして松山教授を招いたのだ。もちろん、松山教授のこれまでの研究成果とキャリア、そしてネットワークを高く評価してのことである。

「胎盤の話を聞いた瞬間、その手があったかと思わず手を打ちました。学長の目の付けどころ、直感には恐れ入った感じです。胎盤とは母体と赤ちゃんをつなぐ器官です。母親の血液が、そのまま赤ちゃんに流れ込むと免疫反応を起こしてしまうので、それを抑える抗炎性を胎盤は備えています。従って胎盤の幹細胞を活用した再生医療には、膠原病を抑える可能性があります。ベンチャー起業が持つシーズを、私が熟知する日本のレギュレーションに当てはめながら、学長の強力なマネジメントで推進する。藤田が目指す再生医療には、大きな可能性を感じました」

臓器再生ではなく、機能の再生医療へ

ひと口に再生医療といっても、その内容は実に多岐にわたる。いま主に研究が進められているのは、病気などのために機能の衰えた臓器の代わりに、iPS細胞から臓器や神経細胞を再生して患者に移植する治療法である。

これに対して、松山教授が目指しているのは、臓器移植によらず、衰えた臓器が果たしていた機能そのものを再生する医療である。同じ再生医療と言いながらも、そのアプローチは大きく異なり、治療に必要なコストもまったく違ってくる。機能のみを再生する医療が実現すれば、時間と手間をかけて臓器を再生する医療よりも圧倒的に低コストとなる可能性が高い。

「しかも胎盤は医療廃棄物なので扱いやすく、基本的には若くて健康な細胞を採取できます。素材となる胎盤を安定的に確保できる点も、実践的な医療には有用です」

胎盤から体性幹細胞を作って行う治療の、当面のターゲットと設定されたのは、慢性心筋梗塞と肝硬変だ。

現在の再生医療を超える次世代の再生医療

一つの胎盤からは、100人から200人ぐらいの患者の治療に必要な体性幹細胞を作ることができる。細胞生産に欠かせない要素は3つ。まず専用の施設が必要だ。第2が培養液、第3がオペレーションに関わるスタッフのノウハウである。

まず施設について藤田医科大学では、有効性、安全性、品質を担保した細胞を製造するためのCPC(Cell Processing Center:細胞調整センター)を建設中で、来年には完成する予定だ。培養液については、試薬メーカーの尽力により性能の良いものが出回るようになってきた。となると最後に細胞の品質を大きく左右するのが、作業スタッフのノウハウである。

「以前から私と一緒に研究を進めてきてくれたスタッフは、極めて優秀で、今回はそのチームまるごとで移籍することになりました。さらに設備に関しては、日本でも数少ない陰圧タイプのCPCも併設されるため、将来的には体外で細胞に遺伝子を入れて体内に戻す『CAR‐T療法』も視野に入れています」

多くの人を救うために、より簡素で安価な負担の少ない方法の確立を

もう一点、再生医療で期待されているのが創薬である。既にiPS細胞により患部を再現し、治療効果のある化合物を探す取り組みは本格化しているが、松山教授が構想しているのは、再生医療にパラダイムシフトを引き起こす創薬である。

「例えば、心筋シートによる心不全患者の再生医療は、細胞数が1億個ぐらい必要な心筋シートの作成にコストがかかるため、医療費がトータルで1500万円ぐらいになります。一方では心筋シートが心不全患者を治す機序は既に明らかになっていて、要はいわゆる“サイトカインエフェクト”なのです。それなら直接サイトカインを体性幹細胞から作り出し、それを例えばガーゼなどで心筋に染み込ませれば、心筋シートによる手術療法よりも安価な治療法となります。さらに進んでサイトカインのみを抽出して、飲み薬として投与できるようになれば、治療そのものが劇的に簡素化され、コストを大幅に抑えられるようになるでしょう。こうした医療が機能の再生医療であり、次世代の再生医療は臓器再生を主とする現在のやり方とは、まったく異なった考え方に基づくものとなります。だからこそ、より多くの人を救えるようになる。この次世代の再生医療を確立し、より多くの人を救うことが、私が残りの人生をかけて取り組む仕事だと覚悟を決めています」

10年後をめどに次世代の再生医療確立を目指す、松山教授の挑戦は、いま始まったばかりだ。

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