医薬安発第70号

平成10年6月30日

各都道府県衛生主管部(局)長 殿

厚生省医薬安全局安全対策課長

放射性医薬品を投与された患者の退出について

 放射性医薬品の患者の取扱いについては、医療法施行規則第30条の15に基づき、対応してきたところであるが、近年、医学の進歩に伴い、我が国においても放射性医薬品を利用した適切な治療を可能とする環境を整える必要が生じたことから標記について「医療放射線安全管理に関する検討会」において検討を行い、「放射性医薬品を投与された患者の退出に関する指針」(別添)をとりまとめたところである。今後、放射性医薬品を用いた治療を行う際には、この指針を参考に、安全性に配慮して実施するよう関係者への周知徹底方お願いする。


放射性医薬品を投与された患者の退出に関する指針

1.指針の目的
 わが国においては、バセドウ病および甲状腺癌に対して放射性ヨウ素−131を用いる放射線治療が行われている。また、欧米諸国では、放射性ストロンチウム−89を、前立腺瘍、乳癌などの骨転移患者の疼痛緩和に役立てる治療を既に認めている。さらに、放射免疫療法や放射線滑膜切除術における疼痛軽減などに新しい核種を利用した放射性医薬品による臨床応用の成功例も報告されている。この状況に鑑みて、わが国においても放射性医薬品を利用した適切な治療を可能とする環境を整える必要がある。一方、治療法の進歩に伴って、癌患者の生存期間が著しく延長したことから、患者の延命のみならず、生活の質(QOL)も問われている。この問題は、在宅診療に対する患者の願望のみならず、患者を介護する者の負担を緩和するためにも重要である。
 しかしながら、放射性医薬品を投与された患者が退出・帰宅する場合、一般公衆および自発的に患者を介護する家族などが患者からの放射線を受けることになるので、その安全性に配慮する必要がある。
 このため、放射性医薬品を用いた治療における退室基準等を、放射性ヨウ素−131と放射性ストロンチウム−89の2核種についてまとめたので活用されたい。

2.適用範囲
 この指針は、医療法に基づいて放射性医薬品を投与された患者が病院内の診療用放射性同位元素使用室あるいは放射線治療病室などから退出する場合に適用する。

3.退出基準
 本指針では、1.に述べた公衆および介護者について抑制ずべき線量の基準を、公衆に対し1年間につき1ミリシーベルト、介護者については、患者および介護者の双方に便益があることを考慮して1件あたり5ミリシーベルトとし(注)退出基準を定めた。
 以下の(1)〜(3)のいずれかの基準にあてはまる場合に、退出・帰宅を認めることとする。また、退出・帰宅を認める場合は、書面および口頭で日常生活などの注意・指導を行うこととする。なお、(1)、(2)の基準値は、投与量、物理学的半減期、患者の体表面から1メートルの点における被ばく係数0.5、1センチメートル線量当量率定数に基づいて算定したものである.
(1)投与量に基づく退出基準
   投与量が表に示す放射能量を超えない場合に退出・帰宅を認める。
(2)測定線量率に基づく退出基準
   患者の体表面から1メートルの点で測定された線量率が表の値を超えない場合に退出・帰宅を認める。
(3)患者毎の積算線量計算に基づく退出基準
   患者毎に計算した積算線量に基づいて、以下のような場合には、退出・帰宅を認めることができる。
  ア 各患者の状態に合わせて実効半減期やその他の因子を考慮し、患者毎に患者の体表面から1メートルの点における積算線量を算出し、その結果、介護者の被ぱくが5ミリシーベルトを超えない場合とする。
  イ この場合、積算線量の算出に関する記録を保存することとする。

放射性医薬品を投与された患者の退出・
帰宅における放射能量と線量率

治療に用いた核種 投与量又は体内残留放射能量 患者の体表面から1メートルの点における1センチメートル線量当量率
( MBq )( μSv/h )
ストロンチウム−89200 *1)−− *1)
ヨウ素−131500 *2)30 *2)

*1)最大投与量
*2)放射能および線量率の値は、患者身体からの外部被曝線量に、患者の呼気とともに排出されるヨウ素−131の吸入による内部被曝を加算した線量から導かれたもの。

4.退出の記録
 退出を認めた場合は、下記の事項について記録し、退出後2年間保存すること。
(1)投与量、退出した日時、退出時に測定した線量率
(2)授乳中の乳幼児がいる母親に対しては、注意・指導した内容
(3)前項(3)に基づいて退出を認めた場合には、その退出を認める積算線量の算出方法
 また、積算線量などの算出方法が以下のような場合は、それぞれ用いた根拠
  ア 投与量でなく体内残留放射能量で判断した場合
  イ 1メートルにおける被ばく係数を0.5未満とした場合
  ウ 生物学的半減期あるいは実効半減期を考慮した場合
  エ 人体(臓器・組織)の遮へい効果を考慮した線量率定数を用いた場合

5.注意事項
(1)退院後の第三者に対する不必要な被ばくをできる限り避けるための注意および指導を口答および書面で行うこと。
(2)授乳中の乳幼児がいる母親に対して、十分な説明、注意および指導を行うこと。

(注)
 公衆に対する線量値については、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告する公衆に対する線量限度が1年につき1ミリシーベルト(5年平均がこの値を超えなければ、1年にこの値を超えることが許される)であること、介護者に対する線量値については、ICRPが「1件あたり数ミリシーベルト、場合によってはそれ以上」を勧告していること、国際原子力機関(IAEA)が、病人を介護する者の被ばく線量について、「1行為あたり5mSv、病人を訪問する子供には、1mSv以下に抑制すべきである。」としていることなどを参考にして、それぞれ定めた。なお、1年に複数回の被ばくが起こる可能性があれば、それを考慮しなければならない。


事 務 連 絡

平成10年6月30日

各都道府県衛生主管部(局)医務主管課長 殿

厚生省医薬安全局安全対策課

放射性医薬品を投与された患者の退出について

 標記について、平成10年6月30日付けで通知したところですが、指針の周知徹底にあたって参考とされるよう、指針の退出基準の算出に関してまとめた資料を送付いたします。


退出基準算定に関する資料

1 我が国で繁用されている放射性医薬品と線量評価について

 表1に、わが国で汎用されている放射性医薬品を投与した患者から1mの距離の線量率と、その距離において、核種が全て崩壊するまで患者に常時随伴すると仮定した場合の積算線量 1)の試算した結果を示す。この値は、放射性医薬品の代謝による体内量の減少と、患者の組織・臓器による放射線の減衰を考慮せずに計算したもので、実際よりも安全側に偏って評価している。この表は、大部分の放射性医薬品については、積算線量は一般公衆の年線量限度(1mSv)の1/5以下であることを示している。したがって、これらの放射性医薬品を投与したのち、患者を直ちに帰宅させても差し支えないと考えられる。

表1 放射性医薬品槙鬘と典型的な投与量と1mにおける積算γ線量

核 種 物理学的
半減期 2)
投与量
(MBq)
1cm線量当量率 2)
(μSv・m 2/MBq・h)
初期線量率
(μSv/h)
積算γ線量
(mSv)
Cr-5127.7d3.700.005580.020.02
Fe-5944.5d0.740.16700.120.19
Ga-673.261d92.50.02672.470.28
Tc-99m6.01h740.00.021315.760.14
In-1112.805d37.00.06562.430.24
I-12313.27h222.00.02856.320.12
I-1318.02d1110.00.065072.1520.04
Tl-20172.91h74.00.01741.290.14

 一方、バセドウ病や甲状腺癌患者にヨウ素−131を投与した場合、公衆の線量限度(1mSv)を超え、投与後直ちに帰宅することは、介護者や家族などの放射線の影響が懸念される。しかし、前述のように安全側に偏った評価であることから、現実的な仮定に基づいて再評価する必要があると考えられる。そこで、このヨウ素−131と、悪性腫瘍の骨転移疾患の疼痛緩和に適応される放射性医薬品で、今年中に製造承認の審査が予定されているストロンチウム−89製剤を用いる治療を想定して、患者以外の第三者に対する被ばく線量を試算し、放射性医薬品を投与された患者の退出基準の設定に用いることとする。

2 放射性医薬品の適用
1) 放射性ヨウ素−131を用いる治療
(1) バセドウ病等
   放射性ヨウ素−131をヨウ化ナトリウムの形でカプセル製剤として、150〜300MBqを患者に経口投与し、バセドウ病などの甲状腺機能亢進症の治療に適用される。ヨウ素−131は、甲状腺へ選択的に取り込まれるため、患部をヨウ素−131のべ―夕線で組織内照射して治療する。甲状腺機能亢進症患者の甲状腺へのヨウ素―131の摂取率は、投与量の70%程度に達することがある。甲状腺以外に分布したヨウ素−131は、主に尿により急速に排泄される。甲状腺機能亢進症の甲状腺におけるヨウ素―131の実効半減期は、正常組織よりも短く、5.2日 4)とする報告がある。

(2) 甲状腺癌
   甲状腺癌の治療に用いられるヨウ素−131の投与量はi患者あたり最大5,000MBq程度で、バセドウ病と同じく、患部をヨウ素−131のべ―夕線で組織内照射して治療する。甲状腺癌への摂取率は投与量の5%程度 4)で、甲状腺以外に分布したヨウ素−131は急速に体外へ排出され、約3日間で10%以下に減少する。この患者の甲状腺に集積したヨウ素−131の生物学的半減期は約70日 3)である。このように甲状腺のヨウ素−131の滞留時間は、他の組織識・臓器に比べて著しく長い(約20倍)ことから、甲状腺以外の組織に対する放射線障害が比較的少ない治療法として推奨される。

2) ストロンチウム−89の適用
   本製剤は、200MBq以下(2MBq/kg体重)を悪性腫瘍の骨転移患者に静脈内投与し、耐え難い疼痛の緩和に適用する。ストロンチウムは、カルシウムに類似した体内動態を取り、骨のミネラル部に集積する。この性質を利用して、骨に集積したストロンチウム−89のべー夕線で患部を賑射して疼痛緩和に役立てる。骨代謝の亢進した骨転移患者のストロンチウム−89の消失速度(生物学的半減期)は、正常組織(19日) 3)に比べて長く、最大100日以上にも達する場合がある。このように、骨転移数や転移の広がりによりストロンチウムの骨保持率が高くなるという報告がある 15)

3 放射線治療に用いられる核種の特性 2)

核 種 半減期 主なβ線の最大エネルギー
(MeV)
主な光子のネルギー
(MeV)
1cm線量当量率定数
(μSv・m 2・MBq -1・h -1)
90Sr50.53日1.497(100%)なし0.00096*
1318.02日0.248(2.1%)
0.334( 7.2)
0.606(89.5)
0.284MeV(6.1%)
0.364(81.7) 
0.637( 7.2)他
0.0650
    *制動放射線の寄与による

4 退出基準の算定に関する考え方
 放射性物質を投与した患者から第三者に対する放射線被ばく線量の試算においては次の点を考慮した。

1) 公衆被ばくの線量限度:  1mSv/年
  公衆被ばくの線量限度は、ICRP Publication 60 (1990)勧告(1年について1mSvの実効線量で表されるべきであることを勧告する。しかしながら、特殊な状況下では、5年間にわたる平均が年あたり1 mSvを超えなければ、単一年ではもっと高い実効線量許されることがある。)を前提にする。

2) 介護者の積算線量値: 5mSv
  介護者、志願者などに対する被ばくについては、ICRP Publication 73 (1996)の「医学における放射線の防護と安全」の95項において、患者の介護と慰撫を助ける友人や家族の志願者の被ばくを医療被ばくと位置づけ、その線量拘束値は1件につき数mSv程度が合理的としている。一方、IAEAは、病人を介護する者の線量拘束値について、1行為あたり5mSv、病人を訪間する子供には、1mSv以下に抑制すべきであるとしている 9)。この指針においては、上記の諸勧告を参考にして5mSvを採用する。

3) 被ばく係数
  治療患者と接する時間と距離は、患者以外の第三者の被ばく線量に関係する。この被ばく線量の評価においては、考慮すべき因子として被ばく係数 *)を適用し、その際、患者と接する第三者の関わりの程度ごとに設定することとする。

 *)実際の場合に第三者が患者から受けると推定される線量と、着目核種の点線源から1mの距離の場所に無限時間(核種がすべて崩壊するまでの時間)滞在したときの積算線量との比。

(1) 介護者に関する被ばく係数: 0.5
   ヨウ素−131投与患者に関する実測値に基づいて、手厚い看護を必要とする場合は、被ばく係数0.5の適用が合理的とする報告がある 4)。また、投与患者からの被ばく線量を測定したわが国の結果からも、係数0.5を用いるのが適当と報告されている 12)
   以上から、退出・帰宅後の介護者の線量評価における被ばく係数を0.5にする.

(2) 公衆に関する被ばく係数: 0.25
   一般家庭における家族の被ばく線量の実測値から、被ばく係数として0.25が妥当と報告4)されている。したがって、退出・帰宅後の介護者以外の家族およびその他の一般公衆に対する被ばく係数を0.25とする。

4) 外部被ばく線量評価に用いる線量当量率定数
(1) ヨウ素−131: 0.0650[μSv・m 2・MBq -1・h -1
   ヨウ素−131を役与した患者が退出・帰宅したのちの患者以外の第三者の被ばく線量の計算に、患者の体表面から1mの距離における線量率および積算線量を使用する。欧来諸国のうち、英国と米国は投与患者の組織等による吸収を考慮しない値を、また、ドイツでは組織等の吸収を考慮した値を適用しており、下述のように、欧米各国で採用されているそれらの値は国の間で異なっている。ここでは、吸収に寄与する組織の厚さが必ずしも一定でない。ここでは、被ばく線量の評価においては、患者の組織・臓器による吸収を考慮しない(点線源から1mの距離における1cm線量当量率定数)0.0650[μSv・m 2・MBq -1・h -12)を適用する。

   (参考)第三者の放射線被ばくに線量評価に適用されているヨウ素−131の線量率定数の例
   @ 米国 :0.0625[μSv・m 2・MBq -1・h -1
   A 英国 :0.0600[μSv・m 2・MBq -1・h -1
   B ドイツ:0.0568[μSv・m 2・MBq -1・h -1

(2) ストロンチウム−89: 0.00096[μSv・m 2・MBq -1・h -1
    ストロンチウム−89はヨウ素−131と異なり、β線のみでγ線を放出しない核種である。このβ線はエネルギーが高い(β線の最大エネルギー:1.49 MeV)ため、患者身体からの考慮すべき外部放射線は、このβ線に由来する制動エックス線である。制動エックス線の1cm線量当量率定数は、文献 14)に記載されている方法に従って日本アイソトープ協会の一宮勉が求めた0.00096[μSv・m 2・MBq -1・h -1]を適用する。

5) 体内残留放射能量について
  放射性医薬品を投与された患者の体内放射能量は、核種固有の物理学的半減期と生体の代謝・排泄(生物学的半減期)に依存して減少する。したがって、この両方の減少を加味した実効半減期で評価するのが実際的である。しかしながら、放射性物質の生物学的半減期は、個体差や疾病などの生理的状態で大きく変る。このため、患者の体内残留放射能量については、次の点を考慮する。

(1) 体内残留放射能量の算定に用いる係数など
  わが国における甲状腺機能疾患患者のヨウ素−131の実効半減期は、3.9日、5.9日、7.2日の三つの型に分類されることを示唆する報告がある11)。このことは、個体や疾病によって決定臓器におけるヨウ素集積率や代謝速度が異なることを意味する。したがって、体内残留放射能量の評価は以下のことを考慮する。

@ 介護看に関する評価:前述のように、疾病によって実効半減期が異なるため、医療被 ばくの線量評価を行う際の体内残留放射能量の推定には物理学的半減期のみを適用する。
 ア. ヨウ素−131の物理学的半減期    :8.02日
 ロ. ストロンチウム−89の物理学的半減期 :50.53日

A 公衆などに関する評価:前述のように、甲状腺へのヨウ素−131の集積率と実効半減期は、疾病の種類などによって異なる。また、放射性医薬品を適用した患者からの公衆および一般病室の患者に対する被ばく線量については、患者の体内残留放射能量を実際に近い値を用いて評価する必要がある。この線量評価には、幾つかの因子と係数を考慮し、また、疾病毎の決定臓器への摂取率、組織・臓器の実効半減期などを考慮しなければならず、その値についてはこれまでのデータにもとづき、次のとおりとする。

   ア. 甲状腺癌:甲状腺濾のヨウ素摂取率 : 5%(甲状腺におけるヨウ素−131の実効半減期; 7.3日) 3)
   イ. バセドウ病:甲状腺のヨウ素摂取率 : 70%(甲状腺におけるヨウ素−131の実効半減期; 5.2日) 3)
   ウ. 甲状腺以外の組織・臓器のヨウ素−131の実効半減期 : 0.33 日 3)
   エ. 骨転移患者:骨へのストロンチウム−89の摂取率 : 100%と仮定(実効半減期:33.6日(生物学的半減期を100日とし、1/50.53+1/100=1/33.6の計算による))

6) 内部被ばくの評価について
   患者に投与した放射性物質は、呼気、尿、糞、汗、唾液および母乳を通じて体外に排泄され、家族および公衆に対する内部被ばくの原因となることが考えられる。これらのうち、母乳の経路は一定期間授乳を止めること、また、他の経路については一般的な衛生上の注意を払うことにより、内部被ばくをある程度防止できる。しかしながら、患者の排泄物による影響が無視できない場合も考えられるので、患者の排泄物による患者以外の第三者の内部被ばくも評価する必要がある。これに際して以下のことを考慮する。

(1) 患者の呼気による内部被ばく:ヨウ素−131を投与した患者の呼気から最大10〜20%程度が排出されると推定されている。呼気に排泄された放射性ヨウ素は、患者以外の人に対する内部被ばくの原因になる。ここでは、役与されたヨウ素−131の全放射能量が患者の呼気から排泄されると仮定して、第三者の内部被ばくを評価する。

(2) 呼気以外の排泄物による内部被ばく:ヨウ素−131およぴストロンチウム−89の糞・尿の排泄物は、下水処理場を経て河川に流出する。河川水の液性が中性で炭酸を含む場合、大部分のストロンチウム−89が不溶性の形態で存在すると推定される。しかしキレート試薬など混入した結果として、可溶性の状態で存在することも否定できない。また、患者からの排出は、個人差や疾病の程度によって変化することが推定される。したがって、投与量の全てが河川に排出され、かつ、河川中のストロンチウム−89が全て水溶性の形態で存在すると仮定して評価する。

7) 被ばく線量の総合評価
  公衆および介護者等の被ばく線量は、上述のように、患者身体の放射性物質に起因する外部ひばくと排泄物による内部被ばくが考えられる。そのため、これらに起因する複合的評価を行った。

5 ヨウ素−131投与患者からの介護者の線量評価

1) 内部被ばくの評価
  ヨウ素−131投与患者の家族について実測された内部被ばくの線量は、外部被ばくのそれと比較して少なく(実効線量で3%以下)、また、第三者に対するヨウ素−131の吸入量は患者に投与した量の10-6とする報告もある 4)。ここでは、先の前提から、患者以外に対する内部被ばくを試算した。

(1) 患者の呼気に起因する呼吸摂取量の評価
   ヨウ素−131投与患者の呼気による空気汚染を検討した論文を引用し、1時間当たりのヨウ素の最大揮散率1.4×10 -5を用いた 5)。また、この算定においては、患者のいる部屋の容積を30m 3、換気回数を1時間平均1回、介護者の1日あたりの呼吸量を20m 3と仮定した。ここでは、介護者が常時患者と同室するとの仮定で算定する。

 ・投与量1MBqあたりの介護者の体内摂取放射能量
  1 [MBq]×1.4×10 -5 [h -1]×( 1/30 [m -3]×1 [h]×20 [m 3/d]×1/24 [d/h]×
                           277.8 [h] )=1.08×10 -4 [MBq]
   なお、277.8 [h] : ヨウ素−131の平均寿命

 ・1MBq当たりの内部被ばくの実効線量(被ばく係数0.5を適用して算定する)
  1.08×10 -4 [MBq]×7.6×10 -9 [Sv/Bq]×0.5=4.1×10 -4 [mSv]
  ここで、
  7.6×10 -9 [Sv/Bq] : I-131の吸入摂取による実効線量係数(ICRP Publication 68,1994年)

   この結果から、患者の体内残留放射能が1MBqのとき、第三者の吸入による内部被ばく線量は4.1×10 -4mSvに相当する。

(2) 呼気以外の排泄物による経ロ摂取量の評価
   排泄物が河川に流れ、浄化後飲料水や食品を介して公衆の放射線影響が考えられる。
  一方、わが国の河川で、放射線医療に由来すると推定される微量のヨウ素−131(1mBq/リットル程度)が検出された例がある。この濃度で汚染された飲料水を毎日2リットル、1年間飲み続けたと仮定すると、経口摂取による内部被ばく線量は次のとおりである。

  ・摂取量は、0.001 [Bq/リットル]×2 [リットル/日]×365 [日/年]= 0.73 [Bq/年]

  ・実効線量は 0.73 [Bq/年]×2.2×10-8 [Sv/Bq]=1.6×10 -5 [mSv/年]
  ここで、
  2.2×10 -8 [Sv/Bq] : I-131の経口摂取による実効線量係数(ICRP Publication 68,1994年)

 以上の結果から、飲料水による内部被ばく線量の1.6×10 -2μSv/年は、一般公衆の線量限度(1mSv)に比べてきわめて小さいと結論づけられる。
   呼気や飲料水以外の内部被ばくとして食品による経口摂取が考えられる可能性として、海洋に流出したヨウ素−131が海草などに蓄積され、これを経口摂取することが考えられる。しかし、ヨウ素−131の物理学的半減期は比較的短い(8.02日)こと、海草類を採取、乾燥、加工などを経て食品として摂取されるまでに放射性のヨウ素−131の大部分が減衰すると考えられる.したがって、食物からの経口摂取による一般公衆人の内部被ばくはほとんど考慮する必要がない。以上によって、ヨウ素−131の考慮すべき内部被ばくは患者の呼気だけにしぽられるといえる。

2) 体内残留放射能量と外部被ばく線量
  1cm線量率定数を0.0650 [μSv・m 2・MBq -1・h -1]、物理学的半減期(8.02日)、被ばく係数を0.5、介護者の積算線量が5mSv とすると、退出時における患者の体内残留放射能量は次のとおり試算される。

・体内残留放射能量 5 [mSv]×1000 [μSv/mSv]×0.693÷(0.0650 [μSv・m 2/MBq・h]×
                     8.02 [day]×24 [h/day]×0.5)= 554 [MBq]

  ここでは、外部被ばくのみ評価し、内部被ばくは考慮していない。
  なお、体内残留放射能量の1MBqあたりの外部被ばくの積算線量は、

          5 [mSv] / 554 [MBq]= 9.0×10 -3 [mSv/MBq]

3) 被ばく線量の複合的評価
  前述のように、ヨウ素−131投与患者の残留放射能量1MBqあたりの介護者の患者呼気による内部被ばく線量が4.1×10 -4 [mSv/MBq]、また、患者身体のヨウ素−131の放射能量1 MBqによる1mの距離における外部被ばく線量が9.0×10 -3 [mSv/MBq]であることから、線量拘束値を5mSvの場合の複合的線量評価として、患者の体内残留放射能量と線量率を試算した。
・内部被ばくと外部被ばくの複合的評価による患者の体内残留放射能量、

   5 [mSv] / (9.0×10 -3+4.1×10 -4) [mSv/MBq]= 532MBq ■500 [MBq]

・体内残留放射量500MBqの患者の体表面から1mの点における線量率

   500 [MBq]×0.065 [μSv・m 2/(MBq・h)] 2)×1 [m -2]=32.5μSv/h ■30 [μSv/h]

4) ヨウ素−131投与患者の退出・帰宅に関する結論

 介護者の積算線量を5mSvとした場合、帰宅を認める基準として、ヨウ素−131投与患者の体内残留(投与)放射能量と1mにおける線量率は次の値が適当である。

@ 体内残留放射能量  : 500[MBq]
A 1mにおける線量率 : 30 [μSv/h]

6 ストロンチウム−89投与患者による医療被ばくの線量評価
  ストロンチウム−89は比較的高エネルギーのβ線(最大エネルギー:1.497MeV)を放出する核種である。したがって、投与患者が帰宅・帰室した場合に、家族などの第三者に対する被ばく対象となる放射線は制動エックス線であり、これに対する線量評価が必要となる。また、ストロンチウム−89の物理学的半減期50.53日と比較的長いことから、役与患者の排泄物による公衆の内部被ばくの評価も行った。

1) 内部被ばく線量の評価
  投与患者から排泄ざれるストロンチウム−89は、主に糞・尿として下水処理場を経て、河川に放出され、飲料水として再利用される可能性がある。したがって、内部被ばくの評価のモデルとして、浄水処理の利用率の高い淀川水系を対象とした。なお、この検討においては、投与した放射能量の全てが河川に流出すると仮定して評価する。

 ・淀川水系の平均流量は1年におよそ4.1 [Tリットル](平成3年〜平成7年までの年平均)
 ・飲料水とする大阪圏の人口:約1,280万人(大阪府+奈良県+和歌山県+1/2兵庫県)
 ・わが国の総人口:約12,500万人(平成7年)
 ・大阪圏の全国の人口比:10.2%
 ・わが国の骨転移患者総数:19,361人(平成6年度)
 ・疼痛を伴った患者:8,925人
  (疼痛患者の全てがストロンチウム−89製剤を適用すると仮定)
 ・大阪圏の治療患者数:8,925×0.102= 910人(人ロ比で計算)
  (ストロンチウム−89の200 MBqを患者1人に年4回投与すると仮定)
 ・大阪圏の患者に対するストロンチウム−89の総投与放射能量:
               200 [MBq/回]×4 [回/人]×910 [人]= 0.73 [TBq]

  全てのストロンチウム−89が淀川水系に排出され、これが全で水溶性の形態で存在すると仮定する(実際は、河川に排出されたストロンチウム−89の90%以上が不溶性で底土、水草などに沈着すると思われる。)。

 ・河川中のストロンチウム−89濃度: 0.73 [TBq/年]÷4.1 [Tリットル)/年]= 0.18 [Bq/リットル]
 ・一人あたりの年間ストロンチウム−89摂取量(1日2リットル飲用すると仮定):
               0.18 [Bq/リットル]×2 [リットル]×365 [Bq/年]= 131 [Bq/年]
 ・飲料水からのストロンチウム−89による一般人の1年間の内部被ばく線量:
       131 [Bq/年]×2.6×10 -9 [Sv/Bq]=3.4×10 -7Sv= 0.34 [μSv/年〕
   ただし、2.6×10 -9 [Sv/Bq]はストロンチウム−89の経口摂取に係る実効線量係数
   (ICRP Pub.68 ,1994年)
  0.34 μSv/年は、公衆の年線量限度1mSvを大きく下回る。また、淀川水系の上流(京都など)で同程度に汚染されたと仮定しても、公衆の年線量限度に対する寄与は0.1%以下である。

2) 外部被ばく線量の評価
  患者体内のストロンチウム−89の制動エックス線による外部放射線を評価した。ただし、身体ストロンチウム−89量は排泄を考慮せず、物理学的半減期のみで減少すると仮定し、また、制動エックス線の1cm線量当量率定数には、ターゲットを骨(実効原子番号 14.3)として算出した値( 0.00096 [μSv・m 2/MBq・h] )を適用した。

 ・1 MBq当たりの積算線量
  1 [MBq]×0.00096×( 50.53 [d] / 0.693 )×24 [h/d]= 1.7 μSv/MBq

 ・200MBq投与患者から1mの距離の線量率
  200 [MBq]×0.00096 [μSv・m 3/MBq・h]= 0.19[μSv・m 2/h]

 ゜介護者の年間積算線量(200MBqを年4回投与、被ばく係数0.5と仮定)
   1.7[μSv]×200 [MBq]×4 [回]÷1000 [mSv/μSv]×0.5 = 0.68 mSv/年

  この製剤は、体重1kgあたり2MBqが適用量とされている。平均体重を70kgと仮定すると、患者1回の投与量は約140 MBq程度である。したがって、外部被ばく線量としては、上記の値の7割、0.48mSv/年が実際的と思われる。

3)ストロンチウム−89適用患者の退出に対する結果
  適用量は体重1 kgあたり2 MBqで、これを超える場合には放射線による影響が強く現れる。したがって、この試算で仮定した投与量200 MBq/回を超えることはあり得ない。上記の試算によって、介護者を含めた一般公衆の年間の内部被ばく線量は0.34μSvと試算され、外部被ばく線量と複合的評価においても、介護者の積算線量 5mSvを超えない。また、200MBq投与患者から1mの点における線量率は公衆被ばくの線量限度よりはるかに低く、0.192 [μSv/h]である。以上によって、ストロンチウム−89投与患者の退出・帰室基準は投与量に限定するのが適当と思われる。

ストロンチウムー89の帰宅を認める基準は、次の通りとするのが適当と恩われる。

   1回あたりの最大投与量 :  200MBq

7 投与患者の退出後に予想される公衆の線量評価
 ヨウ素−131またはストロンチウム−89を投与した患者が退出した場合の家族などの一般人の被ばく線量を現実的な仮定をおいて試算した。

1) 治療患者の係数などについて
(1) 甲状腺癌に役与したヨウ素−131の摂取率と実効半減期 4)
  ・ 甲状腺における実効半減期 : 7.3日
  ・ 甲状腺以外に分布したヨウ素−131の実効半減期 :0.33日
  ・ 甲状腺のヨウ素―131摂取率 : 0.05
  ・ 内部被ばくを加味した補正係数 : 1.045

(2) バセドウ病患者に投与したヨウ素−131の摂取率と実効半減期 4)
  ・ 甲状腺における実効半減期 : 5.2日
  ・ 甲状腺以外に分布したヨウ素−131の実効半減期 : 0.33日
  ・ 甲状腺のヨウ素−131摂取率 : 0.7
  ・ 内部被ばくを加味した補正係数 : 1.045

(3) 腫瘍の骨転移患者に投与されたストロンチウム−89の実効半減期 : 33.6日
(4) 一般人の被ばく係数 : 0.25 4)

2) 退出および退出後の算定条件
(1) 患者に放射性物質を投与したのち退出
(2) 退出時の体内残留放射能量
 @ 甲状腺癌の退出時の残留放射能量 : 500 MBq以下、ただし、患者の体表面から1mにおける線量率が30μSv/h程度とする。なお、甲状腺癌の患者の投与量は、5000MBq(135mCi)と仮定する。
 A バセドウ病患者 : 300 MBq (約8mCi)(投与量)
 B ストロンチウム−89投与 : 200 MBq (5.4mCi)(投与量)

(3) 待合室で外来者と同席する時間 : 約1時間(線源から20cmの距離を想定)
(4) 帰宅における交通機関の利用時間 : 約1時間(線源から1mと想定)

3) 退出時の線量率と体内残留放射能量
(1) ヨウ素−131投与患者
 @ 甲状腺癌患者
  甲状腺癌に投与する放射能は、最大投与量としてヨウ素−131のカプセルで5,000MBqを投与し、33時間後(t=1.375日)のヨウ素−131の体内残留放射能量を計算した。

T1(t)=5000×( 0.95×( e - ( 0.693 / 0.33) x t )+0.05×( e - ( 0.693/7.3) x t ) )・・・・・・(1)
                      = 242+ 219= 484 [MBq]

ただし、
T1(t):甲状腺癌患者に投与t日後の体内放射能量(MBq)
  5000 :投与量(MBq)
  0.05 :甲状腺へのヨウ素−131の集積率
  0.95 :甲状腺以外のヨウ素−131の集積率
  7.3 :甲状腺におけるヨウ素−131の実効半減期(日)
  0.33 :甲状腺以外に分布したヨウ素−131の実効半減期(日)
 と計算され、この時点で退出が可能となる。なお、この退出時の線量率は次のとおり。

     484 MBq×0.065 [μSv・m 2/MBq -1・h -1]  ■30 [μSv/h]

 A バセドウ病患者の退室時の被ばく線量
   この患者に最大300 MBq (8mCi)を投与後に退出・帰室すると仮定し、患者から1mの距離の線量率は次のとおり。

     300 MBq×0.065 [μSv・m 2/MBq -1・h -1]  ■19.5 [μSv/h]

(2) ストロンチウムー89投与患者について

   この患者の最大投与量200 MBqで、患者体表画から1mにおける線量率は次のとおり。
     200 MBq×0.00096 [μSv・m 2/MBq -1・h -1]   ■0.19 [μSv/h]

4) 帰宅後の家族を含めた公衆の積算線量
  放射性物質を投与された患者が帰宅した後、子供を含めた家族及ぴ―般公衆との被触時間を1日6時間(被ばく係数;0.25)に制限する。

(1) 甲状腺癌患者からの被ばく線量
   投与33時間後の体内残留放射能は、484MBqと計算され、そのうち、甲状腺の集積放射能量219MBq、甲状腺以外に265MBqと計算された。
  一般公衆に対する被ばく線量を次の通り計算される。

  ( 219 [MBq]×73 [d]+265 [MBq]×0.33 [d] )×( 0.065 [μSv・m 2・MBq -1・h -1]
              ×24 [h/d] / ( 0.693×1000)×0.25×1.045=0.99 [mSv]

  ただし、1.045 : 呼吸摂取による内部被ばく4.5%を考慮した係数。

   甲状腺癌患者の病態と治療に高放射能量を用いることを考慮して、少なくとも投与後2日間は治療病室などに入院して、その後に退出の判断が行われる。したがって、この条件における公衆被ばくの線量評価を行う。
   前ページの式(1)により、投与2日後の体内残留放射能量を計算し、公衆被ばく線量の評価は以下のとおりである。

   DT2(t)=5000×( 0.95×( e - ( 0.693/0.33) x 2)+0.05×( e - ( 0.693/7.3) x 2 ) )
                         = 71.2+ 207=278 [MBq]

  ( 71.2 [MBq]×0.33 [d]+207 [MBq×0.33 [d] )×( 0.065 [μSv・m 2・MBq -1・h -1]
              ×24 [h/d] / ( 0.693×1000)×0.25×1.045 =0.90 [mSv]

   上記のとおり、甲状腺癌患者にヨウ素−131の5,000MBqを役与された2日後の残留放射能量は278MBq、それ以後における第三者の積算線量は0.90mSvと計算された。

(2) バセドウ病患者からの被ばく線量
   バセドウ病患者の甲状腺の摂取率は、投与量の70%、ヨウ素の−131の実効半減期は5.2日、甲状腺以外に集積されたヨウ素−131の実効半減期0.33日を用いて、公衆の集積線量を計算する。

  300 [MBq]×0.065 [μSv・m 2・MBq -1・h -1]×( 0.7×5.2 [day]+0.3×0.33 [day] )
              ×(24 [h/d] / 0.693×1000)×0.25×1.045= 0.64 [mSv]

  ただし、1.045 : 吸入摂取による内部被ばく4.5%を考慮した係数。

(3) ストロンチウム−89投与患者からの被ばく線量
   ストロンチウム−89投与患者の体内消失速度は、骨転移の数に依存して遅くなり、転移数が多い患者の場合、最大100 日 の生物学的半減期が報告されている。
   生物学的半減期100 日 のストロンチウム−89の実効半減期は次のとおり求められる。

    1 / T(eff.) = 1 / 50.1 + 1/100 = 1 / 33.6

   33.6 日 が得られたので、この実効半減期を用いて計算する。
  1回の投与量(200MBq)における一般人の被ばく線量は、

     200 [MBq]×0.00096 [μSv・m 2・MBq -1・h -1]×33.6 [d]×( 24 [h/d]
                      / 0.693×1000 )×0.25= 0.06 [mSv]

  ストロンチウム−89は年4回投与される可能性があるので、

     0.06 mSv ×4= 0.24 [mSv]

   放射性医薬品を投与した患者が帰宅後は、公衆が患者と接触する時間を1日6時間程度(被ばく係数;0.25)に制限した場合の評価を試みた。その結果は、バセドウ病、甲状腺癌および骨転移患者の退出に適合する放射能量または線量率以下で退出・帰宅した場合、第三者に対する積算線量は、何れも公衆被ばくの線量限度の1mSvが担保できると計算された。

5) 待合室における他の患者に対する被ばく線量
  放射線治療を受けた患者が退出後、会計、投薬などを受け取る場合を想定する必要もある。ここでは、放射線治療患者が他の患者と1時間同席する仮定をおき、また、患者身体の中心部(線源の位置)から他の患者の中心部までの距離を50cmと仮定して試算する。

(1) 甲状腺癌患者からの被ばく
    32 [μSv/h]×1 [h]×( 1 [m] / 0.5 [m] ) 2= 128 [μSv]

(2) バセドウ病患者からの被ばく
    20 [μSv/h]×1 [h]×( 1 [m] / 0.5 [m] ) 2= 80 [μSv]

(3) ストロンチウム−89投与患者からの被ばく
    200 [MBq]×0.00096 [μSv・m 2 / MBq-1・h -1]×1 [h]×(1 [m] / 0.5 [m] ) 2= 0.77 [μSv]

6) 帰宅時の交通機関を利用する場合の関係者に対する被ばく線量
  退出後の注意として、バス、電車などの他人と密接する可能性がある交通機関を利用して帰宅することはできるだけ避けることを指導する。したがって、ここで被ばく対象者は、タクシーなどの乗用車の運転手が対象となる。この距離は1m、帰宅に要する時間を1時間と仮定する。

(1) 甲状腺癌患者からの被ばく          : 32[μSv]
(2) バセドウ病患者からの被ばく         : 20[μSv]
(3) ストロンチウム−89投与患者からの被ばく :0.19[μSv]

8 一般病室に帰室した場合の患者に対する線量評価
1) ヨウ素−131投与患者からの被ばく線量
  体内残留放射能量500MBqを保有する患者が大部屋に帰室した際、その患者から1mにおける線量率を30μSv/h、また、体内から放射能量の消失が物理学的半減期(8.02日)に依存するとし、ペット間の距離を2mとした場合、隣のベッド患者の積算線量は次のとおり計算される。

   0.030 [mSv・m 2/h]×8.02 [d]×24 [h/d] / ( 0.693×1000×(2.0 [m] ) 2 )= 2.1 [mSv]

  このように、ヨウ素−131を投与した患者が放射線治療病室から一般病室に帰室した場合、至近患者の被ばく線量は、公衆被ばく線量限度の約2倍、病院収容患者の被ばく管理目標値の1.3mSv/3月の1.6倍と計算された。
  一方、実投与量と文献的に明らかにされている実効半減期などを適用した推定による実際的な評価も必要である。そこで、甲状腺疾患患者の投与量やヨウ素−131の体内消失を考慮した再評価を試みる。

(1) バセドウ病患者の被ばく線量
   この患者の退出時のヨウ素−131の放射能量は、最大投与量を300MBqと仮定すると積算線量は次のとおり。

  0.065 [μSv・m 2/(h・MBq)]×300 [MBq]×(0.7×5.2 [d]+0.3×0.32 [d] )
       ×24 [h/d] / ( 0.693×1000 [μSv/mSv]×(2.0 [m] ) 2 )×1.045= 0.64 [mSv]

    ただし、1.045 : 吸入摂取による内部被ばく4.5%を考慮した係数。

(2) 甲状腺瘍患者からの被ばく線量
 @ 退出を可能とする時期:甲状腺癌の退出時のヨウ素−131の体内残留放射能量は、最大投与量を5,000MBqと仮定した場合、投与33時間後の体内残留放射能量は次のとお り計算される。

   5000 MBq×( 0.05×(e -( 0.693 / 7.3 ) x t)+0.95×( e -( 0.693 / 0.33 ) x t )= 484 [MBq]

   ただし、
     t= 33時間 (33/24= 0.137 日 )

  以上のように、33時間後に体内残留放射能量は484 MBqと計算され、この時点で、退出基準の500 MBqを下回り退出可能となる。体内残留放射能量484 MBqのうち、甲状腺に残留する放射能量は、上式の第1項により219 MBq、甲状腺以外の組織・臓器の放射能量は、第2項から265MBqと計算された。

 A投与33時間後に帰室した場合の被ばく線量: 上記の体内残留放射能量を持つ患者が、一般室に帰室した場合の至近患者の積算線量は、

  0.065 [μSv・m 2/( h・MBq]×( 219 [MBq]×7.3 [d]+265 [MBq]×0.33 [d] )
       ×24 [h/d] / ( 0.693×1000 [μSv/mSv]×(2.0 [m] ) 2 )×1.045= 0.99 [mSv]

   ただし、1.045 : 吸入摂取による内部被ばく4.5%を考慮した係数。
   甲状腺癌患者が5000 MBqを投与33時間後に帰室した場合、至近患者に対する積算線量(0.99mSv)は、バセドウ病患者の場合と同様、公衆の線量限度を下回る。
  上記の計算により、ヨウ素−131を投与した患者は、バセドウ病患者に300MBqを投与した直後、また、甲状腺癌に対して5,000MBqを投与33時間後に、一般病室に帰室した場合の積算線量は、それぞれ0.64と0.99mSvで、病室内の線量管理目標値限度1.3mSv/ 3月を、また、公衆の被ばく線量限度の1mSvを下回ると算定された。

2) ストロンチウム−89投与患者からの被ばく線量
  前述のようにストロンチウム−89投与患者の実効半減期33.6日に基づいて計算する。
 ただし、3月に1回200MBqを投与する。
  1回の投与量(200 MBq)における一般人の被ばく線量は、

  200 [MBq]×33.6 [d]×0.00096 [μSv・m 2・MBq -1・h -1] ×24 [h/d]
                   / ( 0.693×1000×( 2 [m] ) 2 )= 0.06 [mSv]

  年4回投与し、1年間の入院を仮定すると、

    0.06 mSv ×4 = 0.24 [mSv] / 年。

 この結果は、患者にストロンチウム−89を200MBqを投与した場合、至近ペット患者が被ばくする積算線量は0.0 6 mSvと計算され、この線量は病室内の線量管理目標値を下回る。年4回投与したと仮定した1年間の被ばく線量は0.2 4 mSvで、公衆の線量限度よりも低値である。したがって、投与直後に一般の病室に帰室しても差し支えないと恩われる。
 放射性医薬品を投与された患者が、放射線治療病室などから一般の病室に帰室する場合、特に甲状腺癌の治療された患者が帰室する場合、隣のベット患者の積算線量が公衆の線量限度に近い値になると針算された。したがって、放射線治療患者が帰室する場合には、特定の患者に集中した放射線被ばくを避けるための配慮が必要である。

9 注意事項
 放射性医薬品を投与された患者に対する、退出後の説明・注意は事項として、乳幼児の授乳中の注意事項以外に、次のようなものが挙げられる。
(1) 他の人と同じベットで寝ることは避けて下さい。
(2) 公共の場(例えば、交通機関、スーパーマーケット、ショッピングセンター、映画館、レストラン、スポーツ観戦など)で過ごす時間を極力短くして下さい。
(3) 放射性物質を含む排泄物による汚染を避けるよう注意して下さい。
(4) 患者が用便した後、便器を直ちに洗剤などで数回洗浄して下さい。
(5) 子供や妊婦と接する時間を最小限にして下さい。
(6) 子供を抱いたり、添い寝することは避けて下さい。
(7) 最初の2日間は一人で最後に入浴し、入浴後は直ちに浴槽などを洗浄して下さい。
(8) 最初の2日間は十分な水分を摂取して下さい。
(9) 患者が着用した衣類などの洗濯は、患者以外の人の衣類と別にして下さい。
(10) 患者が使用した食器類の洗浄は、患者以外の食器と別にして下さい。

10 国際及び諸外国の実状
1) ICRP Pub.52(1987):核医学における患者の防護
(1) 退院により家族の被ばくが約5mGyを超えると予想されるあいだは、退院するべきでない。
(2) 治療中は子供を抱かない。退院後もある期間は家族と親しく接触しない。
(3) 授乳中の母親の場合は、投与後適当な期間は授乳を中止する。
(4) 投与患者の家族に対して、必要な防護の情報を提供する。

2) IAEA Safety Series N0.115(1996):放射線に対する防護と放射線源の安全のための国際基本安全基準
  治療患者を介護する者の線量拘束値は、1行為あたり5mSy、病人を訪問する子供には1mSv以下に抑制すべき。

3) ICRP Pub.73(1996)「医学における放射線防護と安全」
  医療被ばく(介護者)の線量拘束値は、1件につき数mSv程度が合理的。

4) 諸外国の法令など
(1) 米国(連邦規10CFR Part 35 改正案)(1994)
 @ 無条件 : 1mSv(I-131 ; 240MBq)
 A 退出後の指導などの条件付き : 5mSv/h(I-131 ; 1,200MBq)

(2) 英国(電離放射線規則(1985)に基づく退出基準;「電離放射線に対する人の防護についての指導通達」)
 @ 子供などとの接触を避けるレベル   : 0.44 mSv(I-131 ; 30MBq)
 A 子供以外の人の接触を避けるレベル:  2 mSv(I-131 ; 150MBq)
 B 公共輸送を制限するレベル      :  6 mSv(I-131 ; 400MBq)
 C 個人輸送を制限するレベル      : 12 mSv(I-131 ; 800MBq)

(3) ドイツ(医学放射線防護指針(1992)
 @ 無条件 :  1.5 mSv(I-131 ; 95MBq)
 A 条件付き: 7.5 mSv(I-131 ; 475MBq)

11 現行法令の規則(現行の医療法施行規則関連)
1) 放射線治療病室(第30条の12)
  診療用放射性同位元素により治療を受ける患者を収容する病室の構造設備の基準
 @ 画壁等の外側の1cm線量当量が1mSv/週以下になるように遮へいする。
 A 放射線治療病室である旨を承す標識を付ける。
 B 内部の壁、床その他の放射性同位元素によって汚染する恐れのある部位は、突起物、くぽみ及び仕上材の目地等のすきまの少ないものとする。
 C 内部の壁、床その他の放射性同位元素によって汚染する恐れのある部位の表面は、平滑であり、気体又は液体が浸透しにくく、かつ、腐食しにくい材料で仕上げる。
 D 出入ロ付近に放射性同位元素による汚染の検査に必要な放射線測定器、除染器材及び洗浄設備並びに更衣設備を設ける。

2) 患者の収容制限(第30条の15)
 @ 治療用放射性同位元素により治療を受けている患者を放射線治療室以外の病室に収容してはならない。
 A 放射線治療病室に、治療用放射性同位元素により治療を受ける患者以外の患者を収容してはならない。

3) 使用場所の制限(第30条の14)
  診療用放射性同位元素の使用は、診療用放射性同位元素使用室以外で、手術室において一時的に使用する場合、移動させることが困難な患者に対して放射線治療病室、又は適切な防護措置及び汚染防止措置を講じた上で集中強化治療室若しくは心疾患強化治療室において一時的に使用する場合は適用除外とする。

4)その他の規制
 @ 診療用放射性同位元素使用室(第30条8)
  主要構造部等は、耐火構造又は不燃材料を用いた構造とする。
 A 貯蔵施政(第30条の9)
  貯蔵室、貯蔵箱の基準
 B 廃棄施設(第30条の11)
  排水設備、排気設備、保管排気設備の基準

12 引用文献

1) NUREG1492,″Regulatory Analysis on Criteria for the Release of Patients Administered Radioacitive Material, US Nuclear Regulatory Commission,May 1994
2) アイソトープ手帳(改定9版)、日本アイソトープ協会、(1996)
3) ICRP Publication 53, Radiation Dose to Patients from Radiopharmaceuticals,Annals of the ICRP, Vol.18,No.1-4 (1988)
4) Draft Regulatory Guide DG-8015,US Nuclec Regulatory Commission,June 1994.
5) K. Nishizawa et a1.,Monitoring of I Excretions and Used Materials of Patients Treated with 131I, Health Phys.,38,467(1980)
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8) Richtlinie fur den Strahlenshutz bei der Verwendunl radioakiver Stoffe und beim Betrieb von Anlagen zur Erzengung ionisierender Strahlen und Bestrahlungseinrichtungen mit radioactiven Quellen in der Medizin, (1992)
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12)  K. Koshida,S.Koga,et al.,Levels for dicharge to home and return to general ward of patients who received therapeutic dose of I-131 based on external expsure dose. 核医学,26,591-599(1989)
13)  M.O. Stabin,et al.,″Radiation Dosimetry for the Adult Female and Fetus from Iodine-131 Administration in Hyperthyroidism″ J. Nuclear Medicine,32,N0.5,(1991)
14)  放射線施設のしゃへい計算実務マニュアル II、原子力安全技術センター(1990)
15)  Blake G.M., et a1., Strontium-89 therapy:strontium kinetics in disseminated carcinoma of the prostate, Eur. J. Nucl.Med., 12,447-454(1986)

まとめ
  ヨウ素−131投与患者およびストロンチウム−89を投与された患者が退出・帰宅に関する基準について試算を試みたところ以下の結果が得られた。

1 介護者の積算線量
1) 計算に適用した係数など。
(1) 介護者の線量拘束値を1件あたり5mSvとした。
(2) 身体残留放射能量の評価:核種の物理学的半減期のみ用いた。
(3) 積算線量の評価に用いた線量率定数:組織などの吸収を考慮せず、1cm線量当量率定数を用いた(Sr-89 : 0.00096 [μSv・m 2/(MBq・h)] 、I-131 0.065 [μSv・m 2/(MBq・h)] )。
(4) 被ばく係数: 0.5とした。
(5) 呼吸摂取による内部被ばくを考慮するための係数:1.045

2) ヨウ素−131の算定結果
(1) 内部被ばくの積算線量:体内放射麓1MBqあたり4.1×10 -4 mSv
     (全被ばく線量に対する比率=(4.1×10 -4 / ( 9.0×10 -3+4.1×l0 -4 )= 0.045)
(2) 1mの距離における外部被ばくの積算線量:
                      体内放射能1MBqあたり9.0×10 -3mSv
(3) 5mSvに対する身体残留放射能量:5 [mSv] / (9.0×10 -3+4.1×10 -4) [mSv/MBq]
                        =532 MBq ■500MBq
(4) 身体残留放射能量500MBqの場合の体表画から1mの点における線量率:
      500 [MBq]×0.065 [μSv・m 2/(MBq・h)]= 32.5 [μSv/h] ■30 [μSv/h]
(5) 他の汚染に対する評価: 1.6×10 -2 [μSv/年](主として河川の汚染に由来する)

3) ストロンチウム−89の算定結果(200 MBqを年4回投与)
(1) 内部被ばくの積算線量: 0.34 [μSv/年](河川の汚染に由来)
(2) 外部被ばくの積算線量: 0.68 [mSv/年]

2 投与患者の退出後に予想される公衆の線量評価

1) 計算に用いた係数および条件など
(1) ヨウ素−131投与患者の集積率および夷効半減期を適用
 @ 甲状腺癌
  a 投与量 :5,000 MBq
  b 投与量に対する甲状腺の摂取率: 5%
  c 甲状腺中の核種の実効半減期 : 7.3日
  d 甲状腺以外に分布した核種の実効半減期:0.33日
 A バセドウ病
  a  投与量 :300 MBq
  b  投与量に対する甲状腺の摂取率: 70%
  c  甲状腺中の核種の実効半減期 : 5.2日
  d  甲状腺以外に分有した核種の実効半減期:0.33日
(2) ストロンチクム−89投与患者の集積率および実効半減期を適用
  a  投与量 : 200 MBq × 4回
  b  投与量に対する摂取率: 100%
  c  実効半減期:33.6日(生物学的半減期100日における:1/50.52+1/100=1/33.6)

2) 退出の条件および定数など
(1) 甲状腺癌患者:投与33時間後に退出(退出時の体内残留量;485 MBq)
(2) バセドウ病患者:投与直後
(3) 骨転移患者:投与直後
(4) 家族との接触に関する制限(被ばく係数):0.25
(5) 線量率定数:2核種ともに組織の吸収を考慮しない定数

3) 公衆に対する積算線量
(1) 甲状腺癌患者からの線量:  0.99 mSv (内部被ばくを加算)
(2) バセドウ病患者からの線量: 0.64 mSv(内部被ばくを加算)
(3) 骨転移患者からの線量:   0.24 mSv / 年

3 帰室した場合の患者に封する積算線量(ペット間の距離;2m)
1) 計算の条件
   接触の制限(被ぱく係数の適用)を除き、その他は、公衆の線量評価に用いた定数、実効半減期などを用いて算定した。

2) 至近患者の積算線量
(1) 甲状腺癌患者からの線量:   0.99 mSv (内部被ばくを加算)
(2) バセドウ病患者からの線量: 0.64 mSv (内部被ばくを加算)
(3) 骨転移患者からの線量:   0.06 mSv / 3月

4 考 察
  上に示した算定の結果により、一般人と一般病室の他の患者に対する積算線量が公衆の年線量限度の1mSvがほぼ担保されることから、次の条件が退出基準として適当と思われる。

 (1) ヨウ素−131の退出時の体内残留放射能量  :500 MBq
        また、退出時の1mにおける線量率   : 30μSv/h
 (2) ストロスチウム−89に関しては、最大投与量  :200 MBq


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