研究内容

癌遺伝子産物HMGA1aが誘導する異常スプライシングの分子機序を解明する

大多数の老人性アルツハイマー病は、4つの原因遺伝子に突然変異が認められない孤発性アルツハイマー病です。ところがその患者において、原因遺伝子の1つであるプレセニリン-2 (PS2)の異常スプライシングにより、エキソン5が抜けてしまっているmRNAが高頻度で観察されました。患者脳ではこの異常スプライシングの蛋白質産物PS2Vが蓄積し、神経細胞死を引き起こす危険要因の一つとなっているのです。私たちは、癌遺伝子としてよく知られていたHMGA1a蛋白質が、PS2のmRNA前駆体に結合して、この異常スプライシングをひき起こしていることを見いだし、その分子機構の詳細を明らかにしました(下図参照)。その分子メカニズムの主体となるHMGA1a–U1 snRNP–RNA複合体の構造解析を進めています。また、疾患の原因となっている異常スプライシングを引き起こしうる他のHMGA1aの標的遺伝子を探索しています。

統合失調症をスプライシング異常から探る

統合失調症は100人に1人という高い罹患率にも関わらず、その発症機構はいまだ解明されておらず、遺伝的素因と環境要因が複雑にからみあっていると考えられています。最近になって、統合失調症に代表される各種精神疾患患者において、種々の関連遺伝子の選択的スプライシング調節異常が報告されてきています。しかしながら、スプライシング異常の観点からの積極的な研究は、ほとんどなされていないのが現状です。そんな中、前述の異常PS2V蛋白質やmRNAが、統合失調症の関連領域の一つとして指摘されている前頭前野においても検出されることを、オーストラリアのグループが明らかにしました。私たちは、異常PS2V蛋白質とその誘導因子であるHMGA1a蛋白質が、統合失調症の発症機構にどのように関わっているかについての研究を行っています。

癌細胞で発見された成熟mRNAの異常再スプライシングの意義を見いだす

私たちは最近、癌細胞で新しい現象『成熟mRNAの再スプライシング』が起こっていることを2つのモデルとなる遺伝子で発見し、その過程を証明しました。通常、正常な細胞であれば一度スプライシングされた成熟mRNAは、そのまま直ちに蛋白質の翻訳のための設計図として用いられます。ところが癌細胞では、何らかの制御機構が破綻してしまい、翻訳に供されなければならない成熟mRNAが再度スプライシングされ、短い異常mRNAになっていたのです(下図参照)。この事実は2つの重要な問題を提起しています。(1)正常な蛋白質を作るため、翻訳の設計図としてmRNAの品質管理をする未知の制御機構が存在し、成熟mRNAの再スプライシングを回避していること。(2)もし癌細胞でmRNAの品質管理をする未知の制御機構が破綻しているとすると、不特定多数の遺伝子産物が再スプライシングを受けてしまって、それらが原因となって、癌の悪性化に関与してしまう可能性があること。現在、この2つの課題に対して最先端の技術を駆使しながら精力的に解析を行っています。

ヒト遺伝子の微小イントロンのスプライシング機構を解明する

ヒトゲノムにおいて最小のイントロンは何塩基なのでしょうか?それらはその短さのために、スプライシング必須因子群が結合できる余地がないと思われます(下図参照)。一体どのようにスプライシングされているのでしょうか? 私たちは65塩基以下のGT-AGルール(イントロンの最初がGTで始まり、AGで終わる)に則したイントロンを探索し、現在のところESRP2遺伝子に存在する43塩基のイントロンが実験的に検証できる最小イントロンであることがわかりました。また、NDOR1遺伝子の49塩基とESRP2遺伝子の43塩基長のイントロンについてはGに富む配列がそのスプライシングに必須であることを示しました。さらに、HNRNPH1遺伝子の56塩基のイントロンはその周りのエキソン配列がスプライシングに必要であることが分かりました。つまり、短いイントロンはこれらの配列に結合する因子の力を借りてスプライシングされている可能性があります。これらをさらに詳しく解析することによって、今まで知られていないメカニズムの発見につながることを期待しています。

真核生物のスプライシング因子の進化を探りイントロンの起源を解明する

真核生物のイントロンの起源については、いろいろな説があり、実はまだよくわかっていません。種々の真核生物種でスプライシング複合体(スプライソソーム)の構成蛋白質がどの程度保存されているかを相同性検索により検索したところ、極端に短いイントロン(20〜76塩基)を有する微胞子虫では、既知のスプライソソーム構成蛋白質の一部を欠いているが、存在する相同蛋白質では分子量に差がないことが分かりました。それでは、どのようにして極端に短いイントロンがスプライシングされているのでしょうか? 生物情報学的解析により、イントロンの起源やスプライソソーム構成蛋白質の進化についての新しい発見を目指して挑戦的な研究を進めています。

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