グローバルナビゲーションへ

本文へ

ローカルナビゲーションへ

フッターへ



ホーム >  Topics >  [Press Release]遺伝性神経疾患トリプレット反復病の原因となりうる反復配列の特徴を明示-人類の進化とトリプレット反復病の関連を解く可能性-

[Press Release]遺伝性神経疾患トリプレット反復病の原因となりうる反復配列の特徴を明示-人類の進化とトリプレット反復病の関連を解く可能性-


トリプレット反復病の原因となりうる反復配列の特徴:人類の脳・神経系進化との関連を解く可能性
遺伝子発現機構学研究部門の嶋田誠講師の共同研究成果が国際科学誌(Molecular Genetics and Genomics)に発表されました。

概要

藤田保健衛生大学総合医科学研究所の嶋田誠講師は、研究開始当時、産業技術総合研究所BIRCの今西規博士(現: 東海大学医学部教授)、五條堀孝博士(現: アブドラ国王科学技術大学教授)らのグループとの共同研究で、ヒト遺伝子データベースを利用して短反復配列 (STR) の網羅的解析を行いました。
その結果、人類集団の進化の過程でSTRがゲノム中に維持されるには2種類のパターンがあることを見つけました。さらに、脊髄小脳変性症などに代表される、トリプレット反復病の原因となりうるSTRの特徴とその維持機構を明示しました。今後、ヒトの遺伝情報と疾患との関係が包括的に理解されることが期待されます。

この研究はヒト遺伝子統合データベースH-InvDB(http://hinv.jp/)の構築作業の成果に基づいて行われたものです。

研究の背景

人体に起こる変化は分子レベルで解明されることで背景の理解から治療法まで一貫性と汎用性をもって考えることができます。人体の設計図にあたる遺伝情報がどのように進化しながら受け継がれてきたかを知る事は生命科学研究において基盤的知識の一つとなっています。特に人類特有の疾患の理解には、人類特有の進化的背景の把握がいっそう重要になります。
多細胞生物のゲノム配列には同一の遺伝情報の繰り返しから成る反復配列が多数散在しており、ヒトゲノム中には反復配列が異常に長く伸びるもの(異常伸長)があります。とくにグルタミンの遺伝暗号であるCAGの反復が異常伸長を起こすトリプレット反復病にはハンチントン病などの9種類の神経変性疾患が含まれています。これらの疾患は発症機序および関連分子本来の役割について解明されていない部分が多くあります。これまで研究は疾患原因となることが知られているCAG反復の間で、異常伸長を起こした反復と健常な反復との違いに多く関心が集まっていました。ところが健常な状態において、このようなCAG反復がその他の反復配列と、どのように違うのか良くわかっていませんでした。

研究の手法と成果の概要

ヒトのゲノム中の多様な反復配列がそれぞれ如何にして多様化し維持されているのか、統一的な視点で把握することはいまだもって難しい課題です。そのため、まず本研究では、反復配列のうち最も早く進化すると言われている、1~5塩基単位で反復する短反復配列(STR、マイクロサテライトとも呼ばれる)を進化の変わりやすさによって分類するところから始めました。その結果、ゲノム配列の中でもアミノ酸配列情報に翻訳される部分は、変化に対する影響が大きいため、STRの存在密度が低く、存在しているSTRは1アミノ酸の情報に相当する3塩基(コドン)単位の反復として存在する傾向が強い実態を数値的に示すことができました。
次に、3塩基反復STRが翻訳されると単一アミノ酸反復(SAR)ができます。本研究では、ヒトの遺伝子データベース(H-InvDB)注1)を用いて、反復回数における個人差の有無やその多様性の情報を解析することで、反復するアミノ酸の種類ごとに、進化上の選択圧(次世代への伝わりやすさ)を推定しました。
その結果、元来変わりやすいSTRの変化を抑えてゲノム中に維持させる機構に、プロリン反復(Pタイプ)とグルタミン反復(Qタイプ)をそれぞれ代表例とする二つのパターンがあることが分りました(図1)。翻訳時にプロリンを指定する連続3塩基(同義コドン)注2)はCCC、CCG、CCT、CCAの4種類あり、それらが均等に混ざった形でプロリン反復の遺伝暗号をつくっている傾向を示しました。また、同義コドンがCAGとCAAの2種類しかないグルタミンの場合は同義置換タイプの一塩基多型注3)により、CAGとCAAの両方のタイプが共存する場合が偶然より高いことを示しました(図2)。これら両タイプとも塩基配列レベルで同一コドンの反復を少なく抑えながらも、反復アミノ酸配列を実現する機構と考えられます。STRの異常伸長は反復回数の多い配列に起こることが知られていますので、異常伸長発生を減らす効果をもたらしていると考えられます。

図1.単一アミノ酸反復における二パターン

図2.二種類のCAG反復伸長抑制進化機構

図3.拮抗する選択圧:
伸びるアミノ酸配列と抑える塩基配列


とくにグルタミン反復は、SARの中で平均として最も反復回数が多いことが確認されたため、ある程度長い反復であることで、効率よく機能する何らかの役割を担っていることが示唆されました。一方ゲノム配列では同義置換一塩基多型により長くなり過ぎないようにするという、アミノ酸レベルとDNAレベルとで逆方向に選択が働いている形跡が見られました。(図3)

さらにグルタミン反復には反復回数に多様性(反復多型)のある配列とない配列との間で、様々な違いが見つかりました。それは、反復多型のある配列は、反復回数が多いことと、神経細胞の発達における調節やアポトーシスに関わる遺伝子配列中に含まれるという特徴です。しかも、異常伸長を起こしてトリプレット反復病の原因となる9種類の配列は、いずれも反復多型のあるグルタミン配列の中でも特に反復回数の多い配列で、CAGをCAAに変える同義置換一塩基多型を含んでおり、逆方向への選択の最も典型的特徴を備えていました。

研究成果の意義

グルタミン反復配列の役割の一つに、遺伝情報を組み合わせて利用する際のスイッチ役があります。本研究の結果より、スイッチ役として複雑な制御をするのに、長い反復であることが都合のよい反応経路があることが考えられます。とくに脳においては、選択的スプライシングとよばれる反応により、頻繁なスイッチの切り替えが行われ、多様な遺伝子産物が制御されています。またグルタミン反復は体制が複雑な生物になる進化に伴って、長くなる傾向が知られています。人類は特に脳・神経系が急速に進化したことと、複雑な神経細胞の制御の必要性が密接に関係し、グルタミン反復が長くなる方向へ進化したと考えることができます。一方神経細胞には多様な種類があり、グルタミン反復の異常伸長に脆弱な性質を持つ神経細胞に集中して不都合が生じることも考えられます。そのことで、9種類のCAG配列の異常伸長が共通して神経変性疾患を招いている可能性が考えられます。
ところで、一般に反復が長いと反復回数が変化しやすくなることが知られています。この点に着目しますと、別の謎を説明できる可能性が出てきます。トリプレット反復病の原因となるいくつかの反復配列それぞれについて、ヒト、チンパンジー、ゴリラ、オランウータンで反復回数の分布を比較した研究では、トリプレット反復病の原因となるヒトSTRでは類人猿のものより少し長い反復であると同時に、反復回数が著しく多様であることが報告されています。しかもその他のSTRでは逆に類人猿の方が多様であることも示されています。このことは、トリプレット反復病の原因となる9種類の反復配列では、反復が長いだけでなく反復回数の多様性が人類集団の生存を有利にするうえで望ましかったことを示している可能性があります。霊長類と人類の比較により、大きな社会を築く能力と大脳皮質の大きさに密接な関係があることから、人類の進化には大きな社会を構成する能力が重要だったとする「社会脳仮説」があります。神経発達のスイッチ役を果たす遺伝子において、STRの多様性が多様な神経ネットワークを作り出したのかもしれません。そして、人格の多様な個性をもった人々が協力し合って、高度で大規模な社会を構成することに繋がった結果、環境の変動に打ち勝って、現代人集団が生きながらえてきたとしたら、小集団を構成していたと言われるネアンデルタール集団が滅びて、現代人が入れ替わって生存したことの説明にもなるのではないでしょうか(図4)。
本研究はそのような人類進化と疾患との間を分子レベルで説明する、仮説の構築に役立つことが期待されます。

図4.反復多型のあるグルタミン反復が担う機能と意味

注1: ヒト遺伝子すべてについて、様々な関連情報を精査して集約したデータベース。http:hinv.jpにより公開されている。
注2: 一つのアミノ酸を指定する暗号の役割を持つ連続3塩基一組をコドンと言い、同じアミノ酸を指定するが異なるコドンを同義コドンという。
注3: 遺伝情報は4種類ある塩基とよばれる成分の並びにより構成される。一塩基が置き換わったタイプが集団中に共存している状態を一塩基置換多型といい、SNPの名で知られている。特に両方のタイプとも同一のアミノ酸配列の暗号である場合は同義コドン一塩基置換多型となる。

問い合わせ先

<研究に関すること>
研究者氏名 嶋田 誠(シマダ マコト)
藤田保健衛生大学 総合医科学研究所
遺伝子発現機構学研究部門 講師
〒 470−1192
愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪 1-98
Tel:0562-93-9380 
Fax:0562-93-8834
E-mail: mshimada@fujita-hu.ac.jp
<データベースに関すること>
研究者氏名 今西 規(イマニシ タダシ)
東海大学 医学部 基礎医学系
分子生命科学 教授
〒 259-1193
神奈川県伊勢原市下糟屋143
Tel:0463-93-1121 内線 2140
Fax:0463-93-5418
E-mail: imanishi@tokai.ac.jp
<報道に関すること>
学校法人 藤田学園
法人本部 広報部学園広報課
〒 470−1192
愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪 1-98
Tel:0562-93-2492 
Fax:0562-93-4597
E-mail: koho-pr@fujita-hu.ac.jp
※スパム対策のため御手数ですが、上記メールアドレスの全角@を半角@に置き換えてご入力ください。