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自閉症に関する共同研究の成果が『Nature』に掲載されました。


 
 九州大学生体防御医学研究所の中山敬一主幹教授、西山正章助教、片山雄太研究員、および理化学研究所脳科学総合研究センターの内匠透チームリーダー、藤田保健衛生大学総合医科学研究所システム医科学研究部門の宮川剛教授、昌子浩孝研究員らの共同研究チームは、自閉症の優れたマウスモデルを確立し、発症メカニズムの一端を解明しました。本研究の成果は、英国科学雑誌『Nature』オンライン版(日本時間9月8日)に掲載されました。

自閉症の優れたマウスモデルを確立 - 治療への応用に期待 -

【研究成果のポイント】
➢ 発達障害の1つである自閉症の発症にはクロマチンリモデリング因子CHD8の関与が指摘されているが、発症メカニズムについては未解明のまま。
➢ CHD8遺伝子を欠損させると、社会的行動の異常や固執傾向などの自閉症の症状とよく似た行動異常が生じることを確認。
➢ CHD8欠損マウスと自閉症患者の死後脳の遺伝子発現パターンが似ていることを確認。
➢ CHD8が減少すると、神経発達の調節に抑制的に関与するたんぱく質RESTが異常に活性化し、神経発達に遅れが生じることを発見。
➢ 自閉症の治療ターゲットとして、CHD8やRESTの応用可能性に期待。

研究の背景と経緯

 近年、自閉症や注意欠陥・多動性障害、学習障害等の「発達障害※1」が大きな社会問題となっています。自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用(コミュニケーション)の障害や、決まった手順を踏むことへの強いこだわり(固執傾向)、反復・限定された行動などを特徴とする障害です(図1)。最近の報告では全人口の2%(約50人に1人)が自閉症であるとされていますが、その発症メカニズムについては十分に理解されておらず、根本的な治療法は未だ確立されていません。近年の遺伝子解析技術の発展に伴って、自閉症患者を対象とした大規模な遺伝子検査が行われ、多くの遺伝子変異が同定されました。これらの遺伝子の中で、CHD8は自閉症患者で最も変異率が高かったことから、自閉症の有力な原因候補遺伝子とされています。

 CHD8※2は、染色体構造を変化させる作用を持つクロマチンリモデリング因子※3という一群のたんぱく質の一種です。CHD8はそのクロマチンリモデリング活性によって、様々な遺伝子の発現を調節することが知られています(図2)。九州大学中山敬一研究室は、これまでに、世界で初めてCHD8を人工的に欠損させたマウスを作製し、CHD8が発生期の器官形成に重要な役割を果たしていることを示してきました。しかし、CHD8の遺伝子変異が、なぜ、どのように自閉症につながるのかという点については、謎のままでした。

図1 自閉症とは
 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用(コミュニケーション)の障害、また決まった手順を踏むことに強いこだわりを持っている(固執)等といった反復・限定された行動を特徴とする障害です。

図2 クロマチンリモデリング因子「CHD8」
 染色体(クロマチン)は、DNAをヒストンというたんぱく質に巻き付けて(ヌクレオソーム)、高度に折り畳んで収納したものです。CHD8は、この染色体の構造を変化させるクロマチンリモデリング因子というたんぱく質の一種で、様々な遺伝子の発現を調節することが知られています。

研究の内容

図3 CHD8半欠損マウスは社会的行動異常を示す
 CHD8半欠損マウスは、接触時間は増加するものの、お互いの匂いを嗅いだり追いかけたりといった社会的行動は減少するという、特徴的な行動異常を示しました。

 ヒト自閉症患者で発見された変異の多くは、半欠損(正常では2つあるCHD8の遺伝子の1つが欠損すること)であったため、本研究グループは、人工的にCHD8を半欠損させたマウスを作製し、その行動を詳細に解析しました。
 まず社会的行動テスト(※4)を行いました。CHD8半欠損マウスは正常マウスに比べて接触時間は増加しますが、お互いの匂いを嗅いだり追いかけたりという社会的行動は減少するという異常を示しました(図3)。これらの行動異常は自閉症患者でみられるコミュニケーション障害のうち、特に受動型もしくは積極奇異型と呼ばれるタイプの行動に似ています。
 次に、物事に異常なこだわりをもつ固執傾向を評価するT字型迷路テストを行いました。するとCHD8半欠損マウスは一度覚えたことに対して強いこだわりがみられ、新しいことを受け入れられない様子が観察されました。この結果はCHD8半欠損マウスの固執が強いことを示しており、自閉症患者の特徴とも一致します。
 さらに、不安様行動を調べるために、高架式十字迷路テスト(※5)を行ったところ、CHD8半欠損マウスでは、不安・恐怖を感じる場所である壁のない通路への進入回数と滞在時間がいずれも減少していました(図4)。この結果から、CHD8半欠損マウスでは不安様行動が著しく増加していることがわかり、これらはヒトの自閉症患者でみられる症状と合致しました。
これらの結果から、CHD8半欠損マウスは予想通り、ヒト型の自閉症の特徴を有していると考えられ、CHD8が自閉症の原因遺伝子であると結論づけました。
 CHD8はクロマチンリモデリング因子であるため、その変異は遺伝子発現に影響することが予想されます。そこで本研究グループは、CHD8半欠損マウスの脳における全遺伝子の発現状態を総合的に調べる技術である「トランスオミクス解析※6」を行いました。その結果、CHD8半欠損マウスにおいて神経発達に重要なたんぱく質であるREST※7の活性が顕著に上昇していることがわかりました。RESTの活性が上昇すると神経発達が障害されることが知られていますが、予想通りCHD8半欠損マウスでは神経発達が障害されていることがわかりました。さらにこのREST活性の上昇は、ヒト自閉症患者の脳でも同様に観察されました(図5)。つまり、REST標的遺伝子量の低下が、実際にヒトの自閉症発症に強く関与していることが示唆されました。

図4 CHD8半欠損マウスは強い不安様行動を示す
 不安傾向が強いマウスは、高いところに設置された壁のない通路へ積極的に進入したり、そこに長時間滞在したりしないことが知られています。CHD8半欠損マウスでは、壁のない通路への進入回数と滞在時間がいずれも減少しており、不安様行動が増加していました。

図5 CHD8半欠損マウスと自閉症患者の脳ではRESTの標的遺伝子量が低下している
 CHD8半欠損マウスでは、神経発達に重要なたんぱく質であるRESTの活性が顕著に上昇していることがわかり、この変化は自閉症患者の脳でも同様に観察されました。


 以上の結果から、CHD8は神経発達に重要なたんぱく質であるRESTの活性を抑えることによって、神経発達を調節していることが考えられます。CHD8に変異が起こると、RESTが異常に活性化することによって神経発達が障害され、その結果自閉症を発症することが明らかになりました(図6)。

図6 CHD8はRESTを抑えることにより神経発生を調節する
 CHD8は神経発達に重要なたんぱく質であるRESTの働きを抑えることによって、胎児期における神経発達のタイミングを調節しています。CHD8に変異が起こると、RESTが異常に活性化することによって神経発達が障害され、その結果自閉症を発症すると考えられます。

今後の展開と治療応用への期待

 本研究では、CHD8の量が減少した結果、RESTが異常に活性化していることが明らかとなり、これが発達異常を引き起こしている可能性が高いことが判明しました。つまりCHD8を人為的に上昇させるか、RESTを抑えるかのいずれかの方法で自閉症が治療できる可能性を示すものです。またCHD8半欠損マウスは有用な自閉症モデル動物になると考えられます。今後はこのモデルマウスを用いて、自閉症の詳細な発症メカニズムを解明するとともに、自閉症に効果のある薬剤の探索を行うことで、治療への応用を目指していきたいと考えています。

用語解説

(※1)発達障害:
正常な脳機能の発達が障害された状態です。自閉症や注意欠陥・多動性障害、学習障害などが含まれます。

(※2)CHD8:
染色体構造を変化させる作用を持つクロマチンリモデリング因子という一群のたんぱく質の一種です。自閉症患者で最も多くの変異が見つかり、有力な原因遺伝子として同定されました。

(※3)リモデリング因子:
染色体(クロマチン)構造を変化させる(リモデリング)作用を持つたんぱく質で、遺伝子の発現量を調節する働きがあります。

(※4)社会的行動テスト:
2匹のマウスを四角の箱の中に入れて、お互いの接触時間や接触回数を測定します。マウスの社会的行動を評価することができます。

(※5)高架式十字迷路テスト:
壁のある通路と壁のない通路が十字に交差する迷路を床から高いところに設置して、十字迷路内でのマウスの行動を評価します。不安傾向が強いマウスは壁のない通路に出てこなくなります。

(※6)トランスオミクス解析:
遺伝子、遺伝子を調節する化学修飾、遺伝子から作られる転写物、等を全て測定することによって、体内にどのような変化が起こっているかを総合的に調べる新技術。九州大学ではわが国で初めてトランスオミクスの専門的施設である「トランスオミクス医学研究センター」(センター長:中山 敬一)を設置し、このような解析を得意としています。

(※7)REST:
特定の遺伝子配列(RE1配列)に結合して、神経にとって重要な遺伝子群の発現を抑えているたんぱく質です。

発表論文

CHD8 haploinsufficiency results in autistic-like phenotypes in mice.
Yuta Katayama, Masaaki Nishiyama, Hirotaka Shoji, Yasuyuki Ohkawa, Atsuki Kawamura,
Tetsuya Sato, Mikita Suyama, Toru Takumi, Tsuyoshi Miyakawa, Keiichi I. Nakayama.

Nature 537: 675–679, 2016.

研究費

 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

 1. 科学研究費補助金・新学術領域研究「マイクロエンドフェノタイプによる精神病態学の創出」
 (領域代表者:喜田 聡 東京農業大学 応用生物科学部 教授)
 研究課題名:「新規モデルマウスを用いた自閉症マイクロエンドフェノタイプの解明」
 研究代表者:中山 敬一(九州大学 生体防御医学研究所 主幹教授)

 2. 科学研究費補助金・新学術領域研究「包括型脳科学研究推進ネットワーク」
 (研究代表者:木村 實 自然科学研究機構新分野創成センター 客員教授)
 研究分担者:宮川 剛(藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 システム医科学研究部門 教授)