生命倫理の新紀元へ
―哲学および法制度との接続―
大会長 森下直貴(浜松医科大学)
大会テーマの主旨
生命倫理(バイオエシックス)が登場して以来、日本ではほぼ30年、本家の米国では50年近くの歳月が流れています。その間、バイオエシックスは新たな医療倫理として受けとられ、日本の社会にも鮮烈な影響を及ぼし、新参者ゆえの困難に直面しつつも、徐々に定着してきました。ところが、いわゆるバイオエシックスはもともと異質な要素を抱えており、そこに矛盾が伏在していることは、これまで注目されても本格的に論じられることはありませんでした。しかし今日、特定の1つの理念によって統一されるような従来の枠組みでは、すでにそうした矛盾を覆い隠すことはできなくなっています。
複数の異質な要素とは、19世紀以来の(感染症を中心にした)研究倫理の到達点、1960年代の政治運動が求める平等化のうねり、20世紀の組織された医療環境のなかの(慢性疾患)患者へのケア、それに、第二次科学革命の成果である分子生物学とバイオテクノロジーの影響です。問題となるのは、最後の要素、つまり生化学反応ネットワークとしての人間観とゲノム操作可能性が、「現在の個人の特定の症状」という単位とその背後にある近代的な人間観と抵触し、もはやそこに回収できなくなっているということなのです。
そこで、本学会の来るべき四半世紀に向けてあらためて問いたいのです。本来の生命倫理(バイオエシックス)とは、科学システムと技術システムのあいだの相互浸透およびデジタル化によって、全体社会が広範な影響を受けている事態に関わる事柄ではないのか。これに対していわゆるバイオエシックスとは、そのような事態の一部である分子生物学とバイオテクノロジーの影響を医療システムが受けつつ、それをとり込んだ医療倫理のことであって、本来なら「バイオ・メディカルエシックス」と称すべきではなかったのか。そして21世紀の今日、医療倫理は新たな段階(プロテオミクスと多因子確率論)を迎えているのではないか。
いま必要とされるのは、次の時代に相応しい生命倫理学の針路を見定めつつ、全体社会への接続を探ることではないでしょうか。今回の大会ではその趣旨をふまえて、基調講演、特別講演、大会企画ならびに学会企画のシンポジウムを計画しました。皆様の研究成果の発表と活発な議論を期待します。

