萩原准教授らの研究成果が国際誌『Neuropsychopharmacology』に掲載されました。
海馬における過成熟と老化促進現象を発見
―ストレス、セロトニン機能障害、精神疾患への脆弱性が背景に―
当研究部門の宮川剛教授、萩原英雄准教授、および東京都医学総合研究所 依存性物質プロジェクトの池田和隆参事研究員らの研究グループは、不安様行動を示す多数の神経精神疾患モデルマウスにおいて、海馬が過成熟および老化促進の分子的特徴を呈することを発見しました(図1)。本研究は、我々がこれまで注目してきた「未熟性」とは対照的な、新たな脳の異常状態の存在を示唆する重要な成果です。
本研究成果は、2025年10月27日付で学術誌『Neuropsychopharmacology』に掲載されました(プレスリリースはこちら)。
本研究成果は、2025年10月27日付で学術誌『Neuropsychopharmacology』に掲載されました(プレスリリースはこちら)。

図1. 本研究の概念図
多様な遺伝的および環境的要因が共通して、海馬における過成熟と老化の促進を引き起こし、不安様行動を増加させる。
「未熟」ではなく「成熟しすぎ」た脳
これまで私たちは、神経精神疾患において一部の神経細胞が擬似的な未成熟状態にある「未成熟脳」現象を見出してきました。また、神経過活動などによって成熟した神経細胞を未成熟な状態に誘導できる(脱成熟)ことも示してきました。今回の研究ではその逆の現象にあたる、「成熟が過剰に進んだ状態」を示すモデルマウスを多数特定しました。BaseSpace(イルミナ社)というデータベースを用いて、公開されている遺伝子発現データを網羅的に解析した結果、不安、うつ病、統合失調症、神経変性などの16種類のモデルマウスに共通して、海馬における過成熟の特徴が認められることが明らかになりました。
これまで私たちは、神経精神疾患において一部の神経細胞が擬似的な未成熟状態にある「未成熟脳」現象を見出してきました。また、神経過活動などによって成熟した神経細胞を未成熟な状態に誘導できる(脱成熟)ことも示してきました。今回の研究ではその逆の現象にあたる、「成熟が過剰に進んだ状態」を示すモデルマウスを多数特定しました。BaseSpace(イルミナ社)というデータベースを用いて、公開されている遺伝子発現データを網羅的に解析した結果、不安、うつ病、統合失調症、神経変性などの16種類のモデルマウスに共通して、海馬における過成熟の特徴が認められることが明らかになりました。
シナプス遺伝子の発現増加と不安の亢進
研究チームは、典型的な海馬の発達過程が過剰に進行している遺伝子発現パターンを示すマウスを16種類特定し、これらを「過成熟モデルマウス」と名付けました。これらマウスの過成熟に関連する遺伝子の多くがシナプスの働きに関わる経路に集中していることが判明し、特に Camk2a や Grin2b といった重要なシナプス関連遺伝子が複数のモデルマウスで一貫して発現上昇していました。
海馬は記憶・学習のみならず、情動の制御に深く関与する脳部位であることから、研究チームは、遺伝子発現に基づく「成熟度指数(maturity index)」を開発し、不安様行動との関連を評価しました。その結果、海馬の成熟度が高いマウスほど不安行動が強く、逆に未成熟なマウスでは不安が少ないという傾向が確認されました(図2)。また、ストレスホルモン「コルチコステロン」を慢性的に与えたマウスでも、同様に海馬の過成熟と不安様行動の増加が観察されました。
研究チームは、典型的な海馬の発達過程が過剰に進行している遺伝子発現パターンを示すマウスを16種類特定し、これらを「過成熟モデルマウス」と名付けました。これらマウスの過成熟に関連する遺伝子の多くがシナプスの働きに関わる経路に集中していることが判明し、特に Camk2a や Grin2b といった重要なシナプス関連遺伝子が複数のモデルマウスで一貫して発現上昇していました。
海馬は記憶・学習のみならず、情動の制御に深く関与する脳部位であることから、研究チームは、遺伝子発現に基づく「成熟度指数(maturity index)」を開発し、不安様行動との関連を評価しました。その結果、海馬の成熟度が高いマウスほど不安行動が強く、逆に未成熟なマウスでは不安が少ないという傾向が確認されました(図2)。また、ストレスホルモン「コルチコステロン」を慢性的に与えたマウスでも、同様に海馬の過成熟と不安様行動の増加が観察されました。

図2. 過成熟モデルマウスは不安傾向を示す
海馬発達過程の遺伝子発現データとの類似度に基づいて「成熟度指標」を算出し、既報研究などから抽出した不安様行動データに基づいて「不安指標」を算出した。これまでに同定されている「未成熟海馬」を持つマウスのデータも解析に含めた。その結果、両指標の間に有意な正の相関が認められ、海馬の成熟度が高い(過成熟)ほど、不安様行動が強い傾向を示した。
生後発達の加速か、老化の促進か?
海馬過成熟の遺伝子パターンが「過剰な生後発達」と「老化の促進」のどちらに近いかを検討した結果、モデルマウスにより傾向が異なることがわかりました。例えば、セロトニントランスポーター欠損マウス(Sert KO)や老化促進のモデルとして利用されているSAMP8マウスでは「過剰な生後発達」が、コルチコステロン投与マウスやライソゾーム病モデルマウスでは「老化の促進」が顕著でした(図3)。
細胞タイプ別の解析では、ミクログリア、アストロサイト、顆粒細胞などが老化関連の遺伝子発現変化に関与している可能性が示されました。

図3. 過剰な生後発達と老化の促進
各過成熟モデルマウスについて、生後発達または老化に伴う遺伝子発現データとの類似性に基づき分類を行った。その結果、「過剰な生後発達」グループ(赤円)に12種類の過成熟モデルマウスが、「老化促進」グループ(青円)に4種類のモデル(5データ)が分類された。
ヒトの精神疾患との関連
うつ病・双極性障害・統合失調症の死後脳海馬の解析でも、一部で過成熟や老化促進に類似した遺伝子発現パターンが確認されました。マウスほど明確ではありませんが、心理的ストレスが生物学的な老化を早めるという報告とも整合する結果です。過成熟関連の遺伝子発現パターンは、複数の精神疾患に共通する分子指標になる可能性が考えられます。
今後の展望
多様な遺伝的・環境的要因が、なぜ共通して海馬の過成熟を引き起こすのか、その分子メカニズムは未解明です。しかし、神経活動やストレス、炎症などによって脳の成熟や老化は動的かつ可塑的に調節されると考えられ、これらの仕組みを解明できれば、将来的に神経精神疾患に対する新たな治療法や、脳の若返りを目指す介入法の開発にもつながる可能性も考えられます。本研究の成果は、精神疾患の理解を一層深めるとともに、脳の老化研究における新たな視点を提供するものと期待されます。
多様な遺伝的・環境的要因が、なぜ共通して海馬の過成熟を引き起こすのか、その分子メカニズムは未解明です。しかし、神経活動やストレス、炎症などによって脳の成熟や老化は動的かつ可塑的に調節されると考えられ、これらの仕組みを解明できれば、将来的に神経精神疾患に対する新たな治療法や、脳の若返りを目指す介入法の開発にもつながる可能性も考えられます。本研究の成果は、精神疾患の理解を一層深めるとともに、脳の老化研究における新たな視点を提供するものと期待されます。

