三叉神経痛や顔面けいれんに対する手術
Microvascular decompression

三叉神経痛や顔面けいれんに対する手術(微小血管減圧術)

脳から出た神経が圧迫などにより機能の異常をきたす病気は機能的脳神経外科疾患とも言われます。代表的な疾患に三叉神経痛、顔面けいれん、舌咽神経痛などの神経血管圧迫症候群があり、当科では積極的に微小血管減圧術による根本治療を行って良い治療成績を得ています。当院では年間30例以上の手術を行っており国内でも手術症例数が豊富ですが、それ以上に治癒率は三叉神経痛で90%、顔面けいれんで95%と非常に高いことから多くの患者さんに満足していただいています。

1)三叉神経痛(さんさしんけいつう)

顔が痛いことから顔面神経痛といわれることもありますが、正しくは顔面の感覚を担う三叉神経の異常による症状です。片方の顔に触れるたびに、瞬間的な激痛を生じます。おでこ、ほほ、あごのいずれにも起こりますが、歯の痛みで発症することも多いことから、歯医者さんの治療が上手くいかず痛みが続く場合にはこの病気を疑う必要があります。マスクが当たっても痛い、顔を洗ったり歯磨きができないなどの症状があり、重症化すると痛くて食事をとることができない患者さんもいます。原因は次に示す顔面けいれんと同様に、蛇行した血管が神経を圧迫することにより起こることが多いのですが、腫瘍や動脈瘤など他に原因が潜んでいる場合や、原因がわからない場合もありますので、正確かつ慎重な診断がとても大事です。
治療には大きく4種類あります。

① 内服治療

一般的な痛み止めはあまり効かず、カルバマゼピン(テグレトール)などの特殊な鎮痛薬が有効です。しかしながら、これらの鎮痛薬はふらつきや眠気を来しやすく、また肝機能の異常や発疹により内服が難しくなる場合があります。

② ブロック治療

当院では麻酔科(ペインクリニック)の先生方と連携しながら、手術以外の治療も積極的に行なっています。特に近年は超音波を用いて正確に麻酔薬を打ったり、焼灼術と言って神経の機能を抑えて痛みをとる治療が発展し、より有効に症状を緩和できるようになりました。しかしブロック治療には三叉神経の機能を落とすことから痺れや感覚が鈍くなるなどの欠点もあり、治療方針は慎重に相談します。

③ 放射線治療

内服やブロック、手術いずれも難しい場合には、特殊な放射線治療(ガンマナイフ、近年三叉神経痛に対しても保険診療として認可されました)により三叉神経にターゲットを絞って治療することもできます。

④ 手術

手術により三叉神経の圧迫を防ぐ治療で、当院では一般的な手術を行うだけでなく、合併症を防ぎ治癒率を向上させるために多くの取り組みや工夫を行なっています。手術の詳細は顔面けいれんとあわせて最後に示します。

2)顔面けいれん

疲れている時に、まぶたがピクピクと動いてしまうことは多くの方に経験があると思います。顔面けいれんとは、この症状が続き、顔全体に広がっていくものです。原因は様々ですが血管の圧迫に由来する場合には、歳を重ねるにつれて少しずつ症状が進行してしまう厄介な病気です。症状は目の周りから始まることが多く、ほほや口の周りに広がり、耳にポコポコと異音が聞こえたり、首の筋肉が動くようになる場合もあります。あまりにも顔面がつよくけいれんするようになると、目をあけることが難しくなります。代表的な病態は、顔面神経の中でも極めて限られた場所が蛇行した血管で圧迫され生じます。この場所は顔面神経を守る鞘(さや)が構造的に弱く、この部位が血管により長期的に圧迫されると、神経が傷み(脱髄)、神経が異常に興奮してしまうことで、顔面の筋肉が異常にけいれんするとされています。ただし、単純な血管による圧迫だけでは説明がつかないこともありますから、症状の観察や精密な画像検査をおこなって確実な診断をうけることが大切です。
治療は主に3種類あります。

① 内服治療

神経の興奮を和らげる治療薬の内服治療です。ただし、この内服で症状が完全に治ることは少なく、進行するようであれば次の治療を進めていきます。

② ボツリヌス毒素の注射

ボツリヌス菌の筋弛緩作用を応用した治療法です。ごく少量を数箇所の筋肉に直接注射することで、筋弛緩作用を働かせて痙攣を抑えます。全身に効いてしまうようなことはよほどなく、この注射で治療している患者さんは多くいらっしゃいます。有効な治療法ですが、あくまでも対症療法といわれる症状を和らげるものであり、効果は3ヶ月ほどしか持ちませんので、年に数回注射を繰り返さなくてはいけないことが難点です。

③ 手術

手術により顔面神経の血管による圧迫や腫瘍による刺激を除く治療です。

3)手術治療について

先に示した通り、三叉神経痛や顔面けいれん、ほか舌咽神経痛の原因が血管の圧迫による場合は微小血管減圧術(びしょうけっかんげんあつじゅつ)といわれる手術が有効です。手術は全身麻酔で行います。病気がある側の耳の後ろで、髪の毛のはえている中に傷を隠すように、約6cmほどの皮膚切開を行い(写真1)、500円玉大の開頭を行います。脳深部の神経を圧迫している血管(責任血管といいます)を、顕微鏡や内視鏡を用いて慎重に神経より離すことで圧迫を解除します(写真2、3)。原則的にテフロンを用いて、神経から離れた場所に責任血管を固定することで確実に除圧します。手術直後から症状が完全に消えてしまう場合があれば、数ヶ月要することもありますが、当院では大変良好な手術成績を残しています。文章で示せば単純な手術のようにも思いますが、合併症を防ぎ(安全性)、成功率を上げる(確実性)ための様々なモニタリング検査を手術中に行いながら、常により良い手術を目指しています。

(写真1)術後約3ヶ月の傷跡です。うっすらと傷がわかりますか?短髪の方でも傷跡はほとんど目立ちません。

(写真2−前)三叉神経痛の患者さん(圧迫解除前)
白く見える三叉神経に血管がくいこむように強く圧迫し、神経が折れ曲がっています(緑矢印)

(写真2-後)三叉神経痛の患者さん(圧迫解除後)
圧迫の取れた三叉神経がまっすぐになっていることがわかります(赤丸が圧迫されていた場所)。周囲の血管は白く見えるテフロンの繊維で、二度と神経に当たらないように固定します。

(写真3―前)顔面けいれんの患者さん(圧迫解除前)
この時点では、顔面神経は圧迫している血管の奥(緑矢印)で隠れてしまうため見えません。手前に見える神経は音を聞く聴神経で、手術により聴力が下がることもあることから、聴神経をはじめ周囲の構造に最大限の注意を払い、モニタを駆使して圧迫血管を少しずつ浮かせていきます。

(写真3―後)顔面けいれんの患者さん(圧迫解除後)
圧迫の取れた顔面神経がよく見えるようになります(赤丸が圧迫されていた場所)。三叉神経の場合と同じように、圧迫の原因となる血管は白く見えるテフロンの繊維で、ふたたび神経に当たらないように固定します。