プレスリリース

腎臓病に対する新規診断法を確立
糸球体腎炎診断を目的とした患者さんの身体的負担の少ない検査法の開発
~出血のリスクを伴わない白血球由来の尿中遊離タンパクによる検査法~

藤田医科大学腎臓内科学の坪井 直毅(つぼい なおたけ)准教授、名古屋大学大学院医学系研究科(研究科長・門松健治)腎臓内科学の北川 章充(きたがわ あきみつ)元大学院生、丸山 彰一(まるやま しょういち)教授らの研究チームは、糸球体腎炎において炎症の原因となる白血球の表面分子が尿中で上昇し、膠原病に合併して、透析に陥ることもあることを、名古屋大学および群馬大学、埼玉医科大学との共同研究で収集された患者検体を用いて証明しました。
糸球体腎炎(ループス腎炎)というのは、末期の腎不全で20%を占める要因ですが、糸球体と呼ばれる腎臓のろ過器官に白血球が集まって炎症が生じることが特徴です。また、その症状を確認するための組織診断に必要な腎生検は、検査後の出血リスクや入院安静を要するため、患者負担の大きい検査です。
研究チームは、糸球体腎炎では、白血球の表面分子が糸球体から尿中に漏れるのではと考え、名古屋大学および関連病院で収集された272名の腎臓病患者の尿を用いて検討しました。その結果、CD11bと呼ばれる血管への接着に必要な分子の1構成成分をもつ白血球が、難病全身性ループスエリテマトーデス※1に合併する糸球体腎炎や血管炎患者の糸球体で増加することと、CD11bは尿中でも上昇することを見出しました。さらに、ループス腎炎については、群馬大学および埼玉医科大学の共同研究で収集された検体でも検証されました。CD11b以外の白血球由来分子2種(CD163、CD16b)についても尿中漏出分子を同時測定し、診断時の尿タンパクや腎機能と比較した結果、CD11bが活動性ループス腎炎に与える影響が最も高いことが明らかとなりました。
本研究により、尿中のCD11bがループス腎炎や血管炎患者の腎糸球体炎症の白血球集積を反映することが示されました。この検査は、尿中のCD11bを測定するため、出血の危険を伴う組織診断に代わり有用だと考えられます。
本研究成果は、国際腎臓学会雑誌『Kidney International』(日本時間2019年1月31日付18時の電子版)に掲載されました。

本研究のポイント

●腎機能低下を引き起こし末期の腎不全患者の20%を占める糸球体腎炎の診断には、従来から組織検査が必要であったが、患者への身体的な負担が大きいため、代替となる非侵襲的(負担の小さい)検査法が望まれていた。
●難病の全身性ループスエリテマトーデスに合併する糸球体腎炎(ループス腎炎)の患者や血管炎関連腎炎の患者の糸球体に、細胞接着因子Mac-1の1構成分子であるCD11bを表面にもつ白血球が腎糸球体に集まること、さらに尿中のCD11b濃度上昇と相関することが、名古屋大学附属病院およびその関連病院で収集された腎臓病患者検体を用いた研究で明らかとなり、群馬大学および埼玉医科大学で収集されたループス腎炎患者の尿中でも確認された。
●同時に測定された白血球由来分子2種(CD163、CD16b)を含む3種類の尿中漏出分子、診断時の尿タンパクや腎機能との比較検討により、尿中CD11bの活動性ループス腎炎の診断性能が最も高いことが示され、組織検査の代替検査法として有用であると考えられた。

背景

糸球体腎炎は、腎機能低下を引き起こし、末期の腎不全で20%を占める原因ですが、その診断や疾患の活動性の評価、治療方針の決定には、腎生検が必須となります。腎生検で得られた病理組織情報は、疾患の種類、活動性、回復の見通しの判断に有用ですが、組織採取時の出血リスクにより、患者の身体負担は大きく検査には入院を要します。そのため、外来通院中の治療効果判定や再発予測、全身状態の悪い患者や高齢者などで腎生検が施行できない場合、腎生検に代わる検査法が望まれていました。
糸球体腎炎の活動期には白血球が腎臓のろ過装置である糸球体へ集まり炎症を引き起こします。白血球の中でも特に好中球※2、マクロファージ※3といった細胞は急性炎症の原因として知られています。好中球、マクロファージはその細胞表面に、CD11bとCD18から構成されるMac-1という白血球と血管との接着に関わる分子があります。そこで研究グループは、糸球体腎炎の活動期にはCD11bが尿中に漏れ、その濃度を評価することにより、糸球体での白血球集積を推測することが可能ではないかという仮説をたて患者検体で解析しました。

研究成果

研究グループは、まず、名古屋大学医学部附属病院およびその関連病院から集めた様々な腎糸球体疾患272例の腎生検組織を観察し、全身性ループスエリテマトーデスに合併する糸球体腎炎(ループス腎炎)および血管炎関連腎炎の糸球体でCD11bをもつ白血球数が増加し、さらに、ループス腎炎患者118例では、疾患活動性が高く強い治療を必要とするクラスⅢおよびⅣと呼ばれる疾患活動性が高いグループで特に顕著であることを明らかにしました(図1)。組織検査時に収集した尿検体においては、クラスⅢ・Ⅳの活動性ループス腎炎患者と血管炎関連腎炎患者では、尿中のCD11bが上昇する特徴があること、さらには糸球体でのCD11b陽性白血球数との強い相関があることが認められました(図2)。ループス腎炎患者での尿中CD11b漏出上昇は、群馬大学および埼玉医科大学が収集した別個の患者群でも確かめられ、かつ治療により尿中CD11b漏出は低下することが明らかになりました。本研究グループは、尿中CD11bによるクラスⅢおよびⅣループス腎炎に対する診断能力を、CD11bと同様に検査したCD163、CD16bという白血球表面分子、MCP-1という炎症物質、さらには血清クレアチニンや尿タンパクといった従来の腎機能指標と比較検討したところ、CD11bが他に比べはるかに優れた感受性および特異性を有することが証明されました(図3)。上記のヒトループス腎炎患者での結果は糸球体腎炎を発症させたマウスを用いた実験でも同様に証明され、かつ細胞を用いた実験では、白血球が糸球体に沈着した免疫複合体と呼ばれる腎炎の原因物質を認識した際、あるいは炎症下で血管内から外へすり抜けた際に、細胞表面からCD11bが離れることが示されました。
本研究成果から、尿中CD11bはループス腎炎、血管炎関連腎炎の診断法としてのみならず、経過中の治療効果判定や再発予測のための検査法として有用だと示唆されました。また、本国での腎疾患の治療現場のみならず、不充分な医療環境から患者が正確に組織診断されることなく末期の腎不全に陥るような発展途上国においても、本法は外来の尿検査で行える負担の低い検査法として期待できます。

今後の展開

本研究成果を含め、血液や尿などの体液から腎疾患評価ができる診断法(バイオマーカー)は臨床的価値が非常に高いと考えられます。ループス腎炎の発症と病勢には、性差、遺伝素因、生活環境に加え、人種差が影響するといわれています。本研究は日本国内患者の生体試料を用いた検討ですが、研究グループは、すでに中国、メキシコとの間で、本診断法の異なる人種間での整合性評価を目的とした国際共同研究を開始しており、今後も参加国の増加を計画するとともに、短期間に重篤な経過に陥ることの多い血管炎関連腎炎についても名古屋大学および厚労省班研究で収集した試料を用いて解析を進めています。また、本診断法の実用化に向け、診療現場での簡便性と正確性を両立した検査試薬開発を企業に働きかけていく予定です。研究グループは、近い将来、本診断法の国際標準化を実現し、正確な診断に基づいた腎炎患者の治療の質向上を通じ、医療社会に貢献することを最終目標としています。

用語説明

<用語説明>
1.全身性ループスエリテマトーデス:指定難病。発熱、全身倦怠感などの炎症症状、関節、皮膚、腎臓、肺、中枢神経など多臓器障害を伴う代表的自己免疫疾患であり、若年女性に多く発症する。自己の細胞核の成分と反応する自己抗体と細胞核内物質と反応し形成される免疫複合体が、炎症の原因と考えられている。
2.好中球: 5種類ある白血球の1種類で、主に生体内に侵入してきた細菌や真菌類を貪食(飲み込む事)し殺菌を行うことで、感染を防ぐ役割を果たす。
3.マクロファージ:白血球の1種類で生体内をアメーバ様運動する遊走性食細胞。死細胞やその破片、体内の変性物質や細菌などの異物を貪食する。


【発行雑誌】
論文タイトル: Urinary levels of the leukocyte surface molecule CD11b associate with glomerular inflammation in lupus nephritis
雑誌名: Kidney International (日本時間2019年1月31日付けの電子版に掲載)
著者:Akimitsu Kitagawa,* Naotake Tsuboi,*, †, †† Yuki Yokoe,* Takayuki Katsuno,‡ Hidekazu Ikeuchi,§, ¶ Hiroshi Kajiyama,||, ¶ Nobuhide Endo,* Yuriko Sawa,* Junya Suwa,§ Yutaka Sugiyama,* Asaka Hachiya,* Toshihide Mimura,||, ** Keiju Hiromura,§, ** and Shoichi Maruyama*
*Department of Nephrology, Internal Medicine, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, Japan
†Department of Nephrology, School of Medicine, Fujita Health University, Toyoake, Aichi, Japan
‡Department of Nephrology and Rheumatology, Aichi Medical University, Nagakute, Aichi, Japan
§Department of Nephrology and Rheumatology, Gunma University Graduate School of Medicine, Maebashi, Gunma, Japan
||Department of Rheumatology and Applied Immunology, Faculty of Medicine, Saitama Medical University, Iruma, Saitama, Japan


【お問い合わせ先】

<研究内容に関すること>
藤田医科大学医学部・腎臓内科学
准教授 坪井 直毅
〒470-1192 愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪1番地 98
Email:nao-take@fujita-hu.ac.jp

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