プレスリリース

総合医科学研究所 貝淵弘三所長らの研究成果が国際神経化学誌「Journal of Neurochemistry」オンライン版に掲載されました

本論文がMark Smith Award 2021に選出!

本論文が、同誌の Mark Smith Award 2021に選出されました。
博士には本年8月29日から9月1日に米国ハワイ州で開催される国際神経化学会・アジア太平洋神経化学会合同大会(ISN-APSN Joint Biennial Meeting)において賞が贈られます。

Faruk MO, Tsuboi D, Yamahashi Y, Funahashi Y, Lin YH, Ahammad RU, Hossen E, Amano M, Nishioka T, Tzingounis AV, Yamada K, Nagai T, Kaibuchi K.
Muscarinic signaling regulates voltage-gated potassium channel KCNQ2 phosphorylation in the nucleus accumbens via protein kinase C for aversive learning.
J Neurochem. 2022 160(3):325-341.

DOI 10.1111/jnc.15555

 心の動きを決めるイオンチャネルの特定
学習を制御する細胞内シグナル伝達経路の解明
~アルツハイマー型認知症に対する新たな創薬への期待~


本学総合医科学研究所の貝淵弘三所長、坪井大輔講師、精神・神経病態解明センターの永井拓教授らの研究グループは、忌避学習※1に関わる分子メカニズムを明らかにしました。
人は不快な感情を抱くと、その事柄から避けようとします。この忌避学習は人だけでなくマウスも同じように学習することが知られています。しかしながら、忌避学習に関わる脳内のメカニズムは理解されていませんでした。これまでの研究から神経伝達物質アセチルコリン(英語名:Acetylcholine)※2は忌避学習機構に関与していることが知られていました。研究グループは、1)忌避刺激(マウス足裏への電気ショック)により側坐核へ放出されたアセチルコリンが、ムスカリン性アセチルコリン受容体※3を介してプロテインキナーゼC (PKC)を活性化させること、2)アセチルコリン刺激で惹起されたPKCはKCNQ2イオンチャネル ※4をリン酸化することで神経細胞の興奮性※5を調節すること、3)側坐核でKcnq2遺伝子を欠失させたマウスで忌避学習障害が認められること、4)KCNQ2のリン酸化がアルツハイマー型認知症治療薬ドネペジルの投与で著しく亢進することを明らかにしました。当該シグナル伝達経路が認知症病態に関わっている可能性があり、KCNQ2チャネルは新たな治療標的となることが期待されます。この研究成果は、国際神経化学誌“Journal of Neurochemistry(ジャーナル・オブ・ニューロケミストリー)”に2021年12月19日にオンライン版で発表されました。

研究成果のポイント

  • 電位依存性イオンチャネルKCNQ2がマウスの忌避学習に関与することを発見しました。
  • 忌避刺激をマウスに与えると、側坐核でKCNQ2のリン酸化レベルが亢進することを見いだしました。KCNQ2はリン酸化されると活性が抑制され、神経細胞の興奮性が高まると考えられます。
  • アルツハイマー型認知症治療薬ドネペジル(商品名:アリセプト®)をマウスへ投与するとKCNQ2リン酸化が著しく亢進することから、KCNQ2チャネルは当該認知症に対する新たな創薬標的として期待が持たれます。

背景

脳深部に位置する側坐核は忌避学習に重要な役割を果たしています。忌避刺激は側坐核のコリン作動性神経からのアセチルコリン放出を促します。アセチルコリンは神経細胞の興奮性を調節することが知られていましたが、アセチルコリンが関わる神経細胞の膜興奮性メカニズムは十分に理解されていませんでした。

研究成果

藤田医科大学総合医科学研究所の研究グループは、ムスカリン性アセチルコリン受容体やPKCの活性化がKCNQ2をリン酸化すること。そして、忌避刺激がPKCシグナル伝達経路を介してKCNQ2のリン酸化レベルを上昇させることで、細胞の膜興奮性を制御していることを見いだしました。これらの成果は、忌避刺激がM1R-PKC-KCNQ2シグナル伝達経路を通じて忌避を学習していることを示唆しました。さらに当該シグナル伝達経路はアルツハイマー型認知症の治療薬ドネペジルの投与で活性化することが分かりました。

今後の展開

アルツハイマー型認知症は、病態の進行に伴い脳の神経細胞が徐々に死んで減少することで、脳全体が萎縮してしまう神経疾患です。今日のアルツハイマー型認知症に対する治療においては、神経細胞死によるアセチルコリン減少を補うためアセチルコリン分解消失を抑える薬剤(ドネペジル等)が治療薬として処方されています。KCNQ2リン酸化がアルツハイマー型認知症治療薬ドネペジルの全身投与で著しく亢進することから、M1R/PKC/KCNQ2シグナル伝達経路が認知症の病態に関わっている可能性が考えられます。KCNQ2チャネルの機能調節薬はアルツハイマー型認知症の新たな治療標的となることが期待されます。


用語解説

※1 忌避学習

嫌悪刺激に遭遇して不快な経験を習得すると、嫌悪刺激を予告する条件刺激や予測させる文脈刺激に対して嫌悪刺激に遭遇せずにすむように行動をとることを学ぶ過程を忌避学習という。

※2 アセチルコリン

アセチルコリン(英語名:Acetylcholine、Ach)はモノアミン系神経伝達物質であり、骨格筋や神経系に広範囲に発現しており、神経筋または神経間のシナプス伝達を調節している。アセチルコリン受容体には、イオンチャネル型のニコチン受容体と代謝型受容体であるムスカリン受容体があり、線条体/側坐核のMSNにはムスカリン性の代謝型受容体が発現している。

※3 ムスカリン性アセチルコリン受容体

三量体G蛋白質に共役した代謝型アセチルコリン受容体であり、M1〜M5の5種類のサブタイプが存在する。側坐核のMSNではM1やM4ムスカリン性受容体が発現している。

※4 KCNQ2イオンチャネル

KCNQファミリーチャネル(KCNQ1~5)は膜電位依存性のカリウムチャネルであり、神経細胞の興奮性を抑える役割を果たしています。先天的にKCNQ遺伝子に異常を持つ人は、てんかんを発症することが知られています。これは神経回路の興奮性の抑制制御がうまくいかなくなるためだと考えられます。

※5 神経細胞の興奮性

細胞膜の内外には電解質が不均衡に分布しており、神経細胞の細胞膜は刺激に応じて細胞内外の電解質が大きく変化することで多様な膜電位をとることをいう。膜電位が閾値を超えると活動電位が発生する。

文献情報

論文タイトル

Muscarinic signaling regulates voltage-gated potassium channel KCNQ2 phosphorylation in the nucleus accumbens via protein kinase C for aversive learning

著者

Md. Omar Faruk1, 坪井大輔2, 山橋幸恵2, 船橋靖広2, You-Hsin Lin1, Rijwan Uddin Ahammad1, Emran Hossen1, 天野睦紀1, 西岡朋生2, Anastasios V Tzingounis3, 山田清文4, 永井拓5, 貝淵弘三1,2

所属

1名古屋大学大学院医学系研究科 神経情報薬理学
2藤田医科大学 総合医科学研究所
3米国 コネティカット大学 神経生理学
4名古屋大学大学院医学系研究科 医療薬学
5藤田医科大学 精神・神経病態解明センター 神経行動薬理学研究部門

掲載紙

Journal of Neurochemistry  

DOI

10.1111/jnc.15555