プレスリリース

医科学研究センターの宮川剛教授らの研究成果が国際学術誌「Brain Communications」に掲載されました

 知的障害の新たなモデルマウスの作成
CHAMP1欠損は神経発達障害と行動異常をひき起こす

知的障害は人口の数%で見られ、その原因遺伝子が多数報告されています。しかし、それらの遺伝子が知的障害をどのようにひき起こすのかはよくわかっていません。本学 医科学研究センター 宮川剛教授、東北大学加齢医学研究所・田中耕三教授、同大学大学院医学系研究科・大隅典子教授らの研究グループは、知的障害の原因遺伝子の1つであるCHAMP1を欠損するマウスの解析を行いました。CHAMP1を欠損するマウスでは、神経発達が遅れており、ヒトの知的障害と類似した軽度の行動異常が見られたことから、このマウスは知的障害の新たなモデルマウスであると考えられます。初期の脳構築時期の発生プログラムが重要であることを示した本研究成果は、近年、増加している知的障害を含む発達障害の病態発症の理解につながります。
本研究成果は、8月30日に学術誌Brain Communications誌に発表されました。

発表のポイント

  • 知的障害の原因遺伝子の1つであるCHAMP1を欠損するマウスでは、脳構築が生じる胎生期に神経細胞分化や神経細胞移動の遅れが見られました。
  • CHAMP1の片アレル欠損マウス注1は、CHAMP1の変異をもつヒトの知的障害と類似した軽度の行動異常を示しました。
  • 初期の脳構築時期の発生プログラムが重要であることを示した本研究成果は、近年、増加している知的障害を含む発達障害の病態発症の理解につながります。

背景

知的障害は人口の2-3%という高頻度で見られる状態で、環境要因と遺伝的要因に起因すると考えられており、ゲノム解析により原因遺伝子が多数見つかっています。CHAMP1 (Chromosome alignment-maintaining phosphoprotein 1)は、細胞分裂の際の染色体分配に関連する分子として、本研究グループによって発表されました。その後、CHAMP1遺伝子が知的障害の原因遺伝子の1つであることが、本研究グループを含む3つのグループから報告されました。さらに本研究グループにより、CHAMP1は細胞の生存やDNA損傷の修復にもはたらいていることが明らかになっています。今回、東北大学大学院医学系研究科博士課程大学院生永井正義(在籍当時)、同大学加齢医学研究所・分子腫瘍学研究分野 家村顕自助教、田中耕三教授、同大学大学院医学系研究科・発生発達神経科学分野 博士課程大学院生Sharmin Naher、吉川貴子助教、大隅典子教授、藤田医科大学医科学研究センター 服部聡子助教(現愛知医科大学准教授)、萩原英雄講師、宮川剛教授らのグループは、東北大学大学院情報科学研究科、愛知県医療療育総合センター発達障害研究所、大阪公立大学大学院医学系研究科、理化学研究所生命機能科学研究センターと共同して、CHAMP1と知的障害の関連を調べるために、CHAMP1遺伝子を欠損させたマウス(ノックアウトマウス)の解析を行いました。

研究成果

CHAMP1を完全に欠損するマウス(両アレル欠損マウス)は、生後数日で死亡し、CHAMP1がマウスの出生後の生存に必要なことがわかりました。CHAMP1を完全に欠損するマウス胎児の大脳皮質の層構造注2に大きな異常は見られませんでしたが、層構造を作る過程での神経細胞の移動を観察したところ、CHAMP1の発現を抑制すると大脳表層への移動が遅れることがわかりました(図1)。培養した神経幹細胞を分化させる実験でも、CHAMP1が欠損すると神経細胞やグリア細胞注3への分化が遅れることがわかりました。これらの結果は、CHAMP1が神経の発達に関係していることを示していると考えられます。CHAMP1の片アレル欠損マウスは成体に成長しますが、やや体重が軽い傾向があり、行動実験では軽度の記憶障害や社会性の異常、うつ傾向などが見られました。これらはCHAMP1の変異をもつヒトの知的障害で見られる症状と共通しており、本研究グループが作製したマウスは知的障害のモデルであると考えられました。

意義

CHAMP1遺伝子は、2011年に本研究グループによって報告された新しい遺伝子です。知的障害の原因とされる遺伝子は多数存在しますが、CHAMP1遺伝子はその中でも症例数の多い遺伝子の1つであり、CHAMP1の様々な部位に変異を持つ症例が世界で100例以上見つかっています(図2)。これまでCHAMP1の機能についての論文は、ほぼ本研究グループによって発表されており、CHAMP1欠損マウスのさらなる解析により、知的障害が起こるしくみの解明とその治療法の開発へとつながることが期待されます。
図1 CHAMP1の発現抑制による胎生期の大脳皮質での神経細胞の移動の遅れ
胎生18.5日のマウスの大脳皮質の断面図を示す。胎生14.5日にCHAMP1の発現を抑制した神経細胞が緑色で染色されている。コントロールでは多くの神経細胞が大脳皮質下層の中間体(IZ)・脳室下帯(SVZ)から大脳皮質表層の皮質板(CP)へと移動している(左)のに対して、CHAMP1の発現を抑制した神経細胞では皮質板へ移動している細胞が減少している(右)。
 
図2 これまでに報告されているCHAMP1タンパク質の変異
知的障害で見られるCHAMP1遺伝子の変異によるCHAMP1タンパク質のアミノ酸変異を示す。C2H2-ZNF: ジンクフィンガードメイン, SPE, WK, FPE motifs: CHAMP1で見られるアミノ酸の特徴的な繰り返し配列。数字はアミノ酸の番号を表す。

支援 本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(24370078, 19K22410)、文部科学省科学研究費補助金(26116501, 16H01296)、文部科学省先進モデル動物支援プラットフォーム(16H06276)、文部科学省新学術領域研究(16H06530)、日本学術振興会特別研究員(17J02608)、東北大学学際高等研究教育院、東北大学大学院医学系研究科若手共同研究奨励研究費、東北大学若手研究者アンサンブルグラント、武田科学振興財団医学系研究助成金、高松宮妃癌研究基金(10-24210)の支援を受けて行われました。

用語説明

注1 片アレル欠損マウス

細胞内で各遺伝子は父母に由来して2つ存在し、これをアレル(対立遺伝子)と言う。遺伝子欠損マウス(ノックアウトマウス)のうち、1つのアレルを欠損するものを片アレル欠損マウス(ヘテロノックアウトマウス)と呼ぶ。これに対し、両方のアレルを欠損するものを両アレル欠損マウス(ホモノックアウトマウス)と呼ぶ。

注2 大脳皮質の層構造

大脳皮質は6層からなる層構造を持つ。胎生期に大脳皮質下層の脳室帯に存在する神経幹細胞は、神経細胞とグリア細胞に分化しながら大脳皮質表層へと移動して層構造を形成する。

注3 グリア細胞

神経系を構成する神経細胞ではない細胞の総称。神経細胞と共に、神経幹細胞が分化して生じる。

掲載情報

論文題目

Deficiency of CHAMP1, a gene related to intellectual disability, causes impaired neuronal development and a mild behavioral phenotype
「知的障害関連遺伝子CHAMP1の欠損は神経発達障害と軽度の行動異常をひき起こす」

著者

永井正義、家村顕自、吉川貴子、Sharmin Naher、服部聡子、萩原英雄、永田浩一、安澤隼人、釘崎里咲、鰐淵英機、阿部高也、井上健一、木下賢吾、宮川剛、大隅典子、田中耕三

掲載誌

Brain Communications

DOI

10.1093/braincommn/fcac220