筋肉および骨の維持には、糖質とタンパク質の適切な摂取が不可欠なことを明らかに
低栄養状態は筋量や筋力、骨密度の低下を伴うことが多いですが、詳細なメカニズムは不明です。藤田医科大学臨床栄養学講座 飯塚勝美教授らの研究グループは、糖や脂肪の代謝が筋肉にどのような影響を与えるかを調べるために、脂肪を作る遺伝子のスイッチを入れる役割を持つグルコース活性化転写因子(Carbohydrate response element binding protein:ChREBP)*1を欠失させたマウスに低タンパク質食を摂取させたところ、筋力や筋量の低下、骨密度の低下が促進されることを明らかにしました。この現象は、絶食時に少しの糖質を摂取すると、筋肉の減少が軽減されることとも一致しており、ChREBPが筋肉量や骨密度の維持にも重要な役割をしている可能性が示唆されました。
本研究成果は、学術ジャーナル「Nutrients」(17巻3号)で発表され、併せてオンライン版が2025年01月29日に公開されました(Nutrients. 2025, 17(3), 488.)。
研究成果のポイント
- Chrebp欠失にタンパク質制限が加わると、体重及び精巣周囲脂肪重量は減少した。
- Chrebp欠失にタンパク質制限が加わると、前脛骨筋重量と四肢の握力は減少した。その機序として、IGF-1 mRNAの減少とMyostatin mRNAの増加によるものと思われた。
- 対照的に、Chrebp欠失のみでは骨密度(BMD)、しなやかさ、海綿骨BV/TV、海綿骨数が増加した一方、Chrebp欠失にタンパク質制限が加わると、BMD、骨硬度、海綿骨BV/TV、および海綿骨数が減少した。
- 骨形成パラメータに対するタンパク制限の効果は野生型マウス(WT)で観察されたが、破骨細胞面、破骨細胞数、浸食面などの骨吸収マーカーのレベルには群間で差はなかった。
背景
低タンパク質食は筋萎縮および骨密度の低下につながるといわれていますが、その詳しい仕組みはまだよくわかっていません。一方、絶食下で糖質を少量でも摂ることで筋萎縮を低下させることが知られています。さらに、低糖質食も筋萎縮および骨密度の低下につながるとされますが、詳細は不明です。
私たちは20年にわたり、グルコース活性化転写因子(Carbohydrate response element binding protein:ChREBP)の研究を行ってきました。グルコース活性化転写因子の役割は、脂肪酸合成、解糖系、糖新生系など糖質および脂質代謝を調節することです。ChREBPの発現は肝臓、脂肪組織、小腸だけでなく、膵β細胞、副腎、筋組織、マクロファージなどで、まだ同定されていない未解明の機能があると考えられます。
ChREBPは糖質および脂質代謝を調節するので、筋肉組織のエネルギー代謝にも影響を与え、筋力の低下につながると予想されます。また、筋力の低下は骨密度の低下とも関係するため、タンパク制限を併用することで筋力低下だけでなく骨密度の低下にもつながると仮説を立てました。
研究手法・研究成果
目的:
我々は、タンパク質摂取(タンパク質を抑えた食事:低タンパク質食)、インスリン作用(インスリン分泌不全)、グルコース作用(グルコース活性化転写因子ChREBP)が筋肉量と筋力、骨密度に与える影響を検討しました。
我々は、タンパク質摂取(タンパク質を抑えた食事:低タンパク質食)、インスリン作用(インスリン分泌不全)、グルコース作用(グルコース活性化転写因子ChREBP)が筋肉量と筋力、骨密度に与える影響を検討しました。
方法:
通常食(20%タンパク質)に対する低タンパク質食(15%タンパク質)の効果を、野生型マウス(WT)およびグルコース活性化転写因子ChREBPを全身で遺伝子欠失させたマウス(KO)で検討しました。
通常食(20%タンパク質)に対する低タンパク質食(15%タンパク質)の効果を、野生型マウス(WT)およびグルコース活性化転写因子ChREBPを全身で遺伝子欠失させたマウス(KO)で検討しました。
体重、脂肪組織重量、筋重量、四肢握力に加え、骨密度、骨強度検査、骨構造(CT)、骨形態計測(組織検査)を行いました。
研究結果:

結論:
研究結果:
- Chrebpの発現は、肝臓、次いで骨格筋で見られたが、骨でははるかに低かった。
- 体重、脂肪重量は、低タンパク質食を摂取したKOマウスで最も低かった。これは、エネルギー貯蔵をうまくできないことを示す。
- 握力とともに、筋力は、低タンパク質食を摂取したKOマウスで最も低かった。すなわち、低タンパク質食とChrebp欠失が併存すると、筋肉の機能は最も低下する。
- 上記は筋肥大に働くIGF-1、筋萎縮に働くMyostatinの作用と一致していた。
- アミノ酸の血中濃度変化を見るとアラニンやグルタミンは低タンパク質食を負荷したKOマウスで最も高く、筋分解が亢進していることを示唆する。
- Chrebp欠失は骨密度、骨硬度、体積、および海綿体の数に対して促進し、低タンパク質食は骨密度、骨硬度、体積、および海綿体の骨の数に対して抑制的に働いた。低タンパク質とChrebp欠失の効果では、低タンパク質の効果が勝り、骨密度の抑制につながった。(写真参照)
- 軽度タンパク質制限が骨形成パラメータ(類骨体積と類骨面および骨芽細胞表面)に及ぼす影響は野生型(WT)マウスでのみ観察された。

通常食では(A)野生型マウスと比べて、(B) KOマウスでは骨梁(白いもの)が多い。一方、(D)低タンパク質食を与えた(D)KOマウスでは(Β)通常食を与えたKOマウスに比べて骨梁が少ないことがわかりました。
論文より引用
結論:
- グルコースとアミノ酸のシグナル伝達を遮断すると、筋肉と骨の機能が低下した。したがって、筋肉と骨の量と機能を維持するためには、炭水化物とタンパク質を十分に摂取することが重要である。
今後の展開
筋肉と骨の機能を維持するためには、十分なブドウ糖とタンパク質の摂取が重要です。低炭水化物食は、肥満症などの減量によく用いられますが、食事療法にタンパク質制限が加わると、体重減少だけでなく、この低タンパク食とChrebp KOマウスを用いた研究で観察されたように、筋力や骨密度の低下を引き起こす可能性があります。したがって、体重減量のためエネルギー制限をしている場合に、骨量と筋肉量を維持するためには、タンパク質:脂肪:炭水化物の比率に注意を払う必要があります。この研究は、炭水化物の摂取量とタンパク質の摂取量の両方に注意する必要性を強調しているからです。
加えて、本研究の低タンパク質食負荷Chrebp KOマウスで骨密度が低下した詳細な機序はまだ不明ですので、脂肪、筋肉、骨組織のクロストークによる骨サルコペニアのメカニズムを解明するために、今後は組織特異的なChrebp KOマウスの解析研究が必要となります。今回の研究では深く扱っていませんが、脂肪組織の役割も重要だと個人的に考えています。
用語解説
※1 グルコース活性化転写因子(carbohydrate response element binding protein :ChREBP)
過剰に食べた糖類は通常、脂肪酸に変換され、体の中に蓄えられます。その方がコンパクトにエネルギーを蓄えることができるからです。その際には色々な脂肪合成に必要な遺伝子が誘導されますが、誘導のスイッチを担う転写因子の一つがChREBPです。このスイッチが働かないと、糖類を過剰に摂取した時に、脂肪が蓄えられない代わりに、肝臓でグリコーゲンの形で貯められるため、肝臓が肥大してしまいます。
文献情報
論文タイトル
Chrebp deletion and mild protein restriction additively decrease muscle and bone mass and function
著 者
出口香菜子1, 後田ちひろ1, 酒井(旧姓:日高)志保美3, 土田宏美2, 和田(旧姓:山本)理紗子1, 清野祐介3, 鈴木敦詞3, 矢部大介2,4, 飯塚勝美1,5*
所 属
1 藤田医科大学医学部 臨床栄養学
2 岐阜大学医学部 内分泌代謝病態学
3 藤田医科大学医学部 内分泌・代謝・糖尿病内科学
4 京都大学大学院医学研究科 糖尿病・内分泌・栄養内科
5 藤田医科大学病院 食養部
*責任著者