プレスリリース

医療科学部・研究推進ユニット・予防医科学分野の藤井亮輔助教らの研究成果が「Circulation: Genomic and Precision Medicine」に掲載されました

 医療科学部・研究推進ユニット予防医科学分野に所属する藤井亮輔助教、坪井良樹助手、鈴木康司教授らは、JMICC STUDY(日本多施設共同コーホート研究)*11 万人を超える日本人集団のデータを用いて、ポリジェニックリスクスコア(PRS*2と高血圧との関連について検証し、この研究成果が 2022 6 6 日にアメリカ心臓協会(American Heart Association)が発刊する「Circulation: Genomic and Precision Medicine」にてオンライン公開されました。

概要

 近年のゲノム医学研究では、疾患の遺伝的な要因を網羅的に探索するゲノムワイド関連解析研究(GWAS)が盛んに行われ、疾患と関連する遺伝的変異がこれまでに多く同定されてきました。GWASに続く研究の1つとして、遺伝的変異の総合スコア(いわゆるポリジェニックリスクスコア)が疾患の診断・予測に有用であることが欧米人集団を中心に報告されていました。一方で、遺伝的な背景や生活様式の異なる他の集団ではPRSの精度が低いことも報告されていました。

そこで、日本人を対象とした大規模ゲノムコホートであるJ-MICC研究の参加者のうち遺伝子型を同定している12,000人でPRSを計算し、高血圧の保有率、収縮期血圧や拡張期血圧との関連を横断的に調査しました。PRSを計算するための各遺伝的変異の効果量については、バイオバンクジャパン*3で行われたGWAS結果を参考にしました。高血圧の基準については、1)収縮期血圧が130mmHg以上、2)拡張期血圧が85mmHg以上、3)降圧剤の服薬のいずれかに該当する者としました。

 

PRSの値に基づいて対象者を5つのグループに均等に分割してみると、高血圧保有の割合(%)はPRSの低いグループからそれぞれ41.3%44.9%46.2%51.5%59.5%でした。これは、PRSが高いほど実際に高血圧保有者が多いことを反映した結果です。さらに、収縮期血圧について、平均的なPRS群(3番目のグループ)に対して、最もPRSが高いグループ(5番目のグループ)では平均して4.6mmHg高いことが分かりました(図1左)。また、拡張期血圧でも同様に、最もPRSが高いグループでは平均して2.32mmHg血圧が高いことが分かりました(図1右)。

さらに、喫煙の有無や飲酒の有無などの生活習慣と組み合わせることによって、リスクの層別化が行えることも示唆されました。また、PRSの計算に欧米人集団の研究を用いた場合、統計学的に有意な関連は見られませんでした。これは、PRSの計算はそれぞれの集団ごとに行うことの有用性が改めて示された結果です。

今回の研究成果は、遺伝的スコアの有用性について、1)血圧を事例として日本人の一般集団(患者集団でない)で改めて検証したこと、2)生活習慣との組み合わせを検証したことに意義があります。今後は、罹患や死亡などを収集している追跡データを活用し、妥当性の高いPRSの計算方法や生活習慣と組み合わせた層別化など個別化した予防医療を実現するための疫学研究を計画しています。

用語集

*1 日本多施設共同コホート研究(Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort Study, J-MICC Study):2005年度から開始した多施設共同コホート研究で、全国13のグループが参画し約10万人規模の疫学研究を実施している。20-25年間の追跡データを収集することで、健康状況に影響する遺伝的要因や環境要因の探索を目的としている。

*2 ポリジェニックリスクスコア(polygenic risk score, PRS):ゲノムワイド関連解析研究により同定された疾患と関連する遺伝的変異の効果量を足し合わせて計算される「疾患に対する遺伝的な総合的スコア」のこと。実際に、個人ごとにスコアが計算され、集団ごとにこのスコアの分布を調べることで、遺伝的に疾患や病態の高リスク群に個人を特定することができる。

*3 バイオバンクジャパン(BioBank Japan):2003年度から開始した日本人集団の生体試料バイオバンクで、ゲノム解析が終了した人数は約20万人にも及ぶ。「オーダーメイド医療の実現プログラム」による支援を得て実施され、ゲノムDNAや血清サンプルを臨床情報と共に収集し、研究者へのデータ提供や分譲を行っている。

論文情報

掲載雑誌:Circulation: Genomic and Precision Medicine
論文名:Associations of genome-wide polygenic risk score and risk factors with hypertension in a Japanese population
(日本人集団におけるゲノムワイドなポリジェニックリスクスコアと高血圧との関連)
著者名:Ryosuke Fujii(責任著者), Asahi Hishida, Masahiro Nakatochi, Yoshiki Tsuboi, Koji Suzuki, Takaaki Kondo, Hiroaki Ikezaki, Megumi Hara, Rieko Okada, Takashi Tamura, Ippei Shimoshikiryo, Sadao Suzuki, Teruhide Koyama, Kiyonori Kuriki, Naoyuki Takashima, Kokichi Arisawa, Yukihide Momozawa, Michiaki Kubo, Kenji Takeuchi, and Kenji Wakai
掲載日:2022年6月6日


本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業の若手研究「前向きゲノムコホート研究の縦断解析による循環器疾患の発症リスク予測モデルの構築(若手研究)」、基盤研究A「生活習慣に影響する遺伝要因の解析とメンデルランダム化による生活習慣病コホート研究」、文部科学省科学研究費補助金の特定領域研究「分子疫学コーホート研究の支援に関する研究」(平成17~21年度)、新学術領域研究「生命科学系3分野支援活動」(平成22~27年度)および新学術領域研究「学術研究支援基盤形成」(平成28年度~令和3年度)、学術変革領域研究「学術研究支援基盤形成」(令和4年度~)から助成を受けています。