多系統萎縮症(MSA)の嚥下障害を詳しく評価する 新しい指標を発見
— 治療やケア改善に期待 —
藤田医科大学医学部脳神経内科学の長尾龍之介助教、渡辺宏久教授、医学部リハビリテーション医学講座の大高洋平教授、柴田斉子准教授、保健衛生学部リハビリテーション学科リハビリテーション医学分野の稲本陽子教授らの研究チームは、多系統萎縮症(MSA: multiple system atrophy)※1患者にみられる嚥下障害(飲み込みの問題)を簡単に、かつ詳しく評価できる新しい指標「摂食嚥下障害臨床的重症度分類(DSS: dysphagia severity scale)※2」の有用性を明らかにしました。
MSAは脳の神経細胞が徐々に減っていく難病で、飲み込みがうまくできない嚥下障害が起こると、肺炎などの合併症が増え、生活の質や寿命に大きな影響を与えます。しかし、嚥下障害の詳しい評価には、特別な装置や専門家による検査が必要で、こうした検査と同等の精度をもち、かつ患者さんのそばで簡単に行える評価方法の確立が望まれていました。
今回の研究では、藤田医科大学リハビリテーション医学講座が開発した「摂食嚥下障害臨床的重症度分類(DSS)」が、一般的に使われている評価方法(統一多系統萎縮症評価スケール [UMSARS: unified MSA rating scale]※3) 内の嚥下に関係するスコア)よりも詳細に患者さんの状態を把握できることがわかりました。また、DSSは病気の進行度や予後にかかわる自律神経機能、さらに脳内のセロトニン(神経伝達物質)の障害とも関係があり、これが嚥下障害の原因の一つである可能性が示唆されました。今後、DSSとUMSARSを組み合わせることで、患者さん一人ひとりに合わせた最適な治療法やケアを選べるようになることが期待されます。
本研究成果は、国際的な医学誌「Movement Disorder Clinical Practice」のオンライン版で2025年3月25日に公開されました。
研究成果のポイント
- DSSは、MSA患者の病気の進行度や日常生活の困難さ、予後にかかわる自律神経障害の状態と有意に関連していた。
- DSSは、従来の評価法(UMSARS)よりも、嚥下の問題を詳しく評価できる可能性がある。
- 脳内のセロトニンという神経伝達物質の障害が、嚥下障害に関係している可能性があり、治療法開発のヒントとなる。
背景
多系統萎縮症(MSA)は飲み込みが困難になる嚥下障害を伴うことが多く、これは病気の予後(今後の経過)に大きく影響します。しかし、詳しい検査は施設や患者さんへの負担も少なくないため、簡単で信頼できる評価方法が求められていました。研究手法・研究成果
43名のMSA患者を対象にDSSの評価法を使い、病気の進行度と症状の強さとの関係を調べました。その結果、DSSが病気の進行や自律神経症状、脳内セロトニン障害 (髄液中の5-HIAA[5-hydroxyindoleacetic acid]※4の低下) と関係していることがわかりました。特に長期間にわたる追跡調査では、DSSが病気の進行による嚥下障害の悪化をより敏感に反映していることが確認されました。今後の展開
DSSを導入することで、これまでよりも正確で細やかな嚥下障害の評価が可能となり、詳しい検査との併用も適宜含めることで、MSA患者への治療やケアの質が向上することが期待されます。用語解説
※1 MSA:多系統萎縮症
多系統萎縮症(multiple system atrophy:MSA)は成年期に発症し、進行性の細胞変性脱落を来す神経変性疾患です。初発から病初期の症候が小脳性運動失調であるものはMSA-C、パーキンソニズムであるものはMSA-Cと分類されます。高率に起立性低血圧や排尿障害などの自律神経障害を呈します。MSA-Cは日本において最多の脊髄小脳変性症にあたり、また、MAS-Pはパーキンソン病との鑑別が問題になりますが、脊髄小脳変性症やパーキンソン病よりも進行のスピードが速く、難治性の疾患です。※2 DSS (dysphagia severity scale):摂食嚥下障害臨床的重症度分類
1999年にリハビリテーション医学の才藤栄一教授(現藤田学園顧問)により提唱された、摂食嚥下障害を1〜7点の7段階で評価する順序尺度で、1が最重症、7が正常範囲に分けられます。臨床的に誤嚥のある場合は1から4の4段階、誤嚥のない場合は5から7の3段階に分類されます。日本で幅広く使われており、嚥下造影検査や嚥下内視鏡検査が行えない医療機関でも判定が可能です。そのような検査を併用することで、さらに精度が向上します。DSSの段階によって、可能な食形態、摂食嚥下訓練や食形態を変更する必要性など、対応方法を知ることができます。
※3 UMSARS (unified MSA rating scale):統一多系統萎縮症評価尺度
多系統萎縮症の病状を評価するための尺度です。治験の評価など世界中で標準的に使用されています。病歴による日常生活動作の評価、運動障害に関連する活動、自律神経機能障害に関連する評価などから構成されています。
※4 5-HIAA (5-hydroxyindoleacetic acid):5-ヒドロキシインドール酢酸
神経伝達物質であるセロトニンの代謝産物です。セロトニンの産生量を推定する検査として、血中や尿中の5-HIAAの濃度を測定します。文献情報
論文タイトル
Correlations between dysphagia severity scale scores and clinical indices in individuals with multiple system atrophy著者
長尾龍之介助教1、水谷泰彰准教授1、川畑和也講師1,2、吉本潤一郎教授3,4、稲本陽子教授5、柴田斉子准教授6、伊藤瑞規教授1、大高洋平教授6、渡辺宏久教授1所属
1 藤田医科大学 脳神経内科学2 藤田医科大学 精神・神経病態解明センター 脳治療情報学部門
3 藤田医科大学 精神・神経病態解明センター
4 藤田医科大学 医用データ科学
5 藤田医科大学 保健衛生学部 リハビリテーション学科 リハビリテーション医学分野
6 藤田医科大学 医学部 リハビリテーション医学