プレスリリース

補体調節タンパク質CFHR1が示すIgA腎症の活動性

—プロテオーム解析からみえた病態— 

藤田医科大学医学部生体構造学 髙橋和男教授らの研究グループは、IgA腎症※1患者の血中IgA免疫複合体※2と腎糸球体に含まれるタンパク質を質量分析計によるプロテオーム解析※3で定量的に比較しました。その結果、IgA腎症患者では、補体系※4タンパク質群、特に補体H因子関連タンパク質1(CFHR1)※5が、血中IgA免疫複合体と糸球体の両方に共通して豊富に含まれることを明らかにしました。さらに、免疫抑制療法(扁桃摘出術+ステロイドパルス療法)施行後に、血中IgA免疫複合体中のCFHR1量が顕著に減少することを確認しました。本研究は、IgA腎症の病態に関与するタンパク質を可視化し、CFHR1などの補体系調節因子が、活動性IgA腎症に存在する病的IgA免疫複合体の指標となり、さらには治療標的になり得る可能性を示唆します。
本研究成果は学術誌Scientific Reportsに掲載され、2025年11月26日にオンラインで公開されました。
 

研究成果のポイント

  • IgA腎症の血中IgA免疫複合体と腎糸球体に共通してCFHR1が豊富に含まれることを世界で初めて発見。
  • 免疫抑制療法(扁桃摘出術+ステロイドパルス療法)後に、血中IgA免疫複合体中のCFHR1量が有意に減少することを確認。
  • IgA腎症に増加する血中IgA免疫複合体、及び腎糸球体のタンパク質を明らかにすることにより、病態に関与するタンパク質を可視化。
  • CFHR1をはじめとする補体系調節因子が、活動性IgA腎症に存在する、病的IgA免疫複合体のバイオマーカーおよび治療標的となる可能性を示唆。

背景

IgA腎症は日本を含むアジア地域に多く発症する腎炎で、血中に形成されるIgAを含む免疫複合体が腎臓のろ過器である糸球体に沈着して炎症を引き起こします。自覚症状に乏しく主に健康診断で血尿や蛋白尿を指摘され、腎生検で確定診断されますが、無治療では多くが腎不全に至る疾患です。これまで、血中の病的なIgA免疫複合体の存在や補体系の関与が示唆されてきましたが、血中のIgA免疫複合体と糸球体内に含まれるタンパク質を網羅的に比較し、共通する分子を同定する研究はありませんでした。特に、病的IgA免疫複合体に含まれるタンパク質が治療によってどのように変化するかは十分に解明されておりません。本研究は、これらのギャップを埋め、新たな診断法や治療法の開発にむけてIgA腎症の病態の分子基盤を明らかにすることを目的としました。

 

研究手法・研究結果

IgA腎症患者の血液からIgA免疫複合体を分離、腎生検で得られた糸球体組織を解析対象としました。高感度質量分析計を用いて、IgA免疫複合体、糸球体組織に含まれるタンパク質を定量的に解析し、健常者やIgA腎症以外の腎疾患患者と比較検討しました。治療によるIgA免疫複合体タンパク質の変化を評価するため、免疫抑制療法(扁桃摘出術+ステロイドパルス療法)を受けた患者、免疫抑制療法を行わず保存的治療がなされた患者について、治療前後で比較検討しました。

主な成果 
  • IgA腎症では血中IgA免疫複合体と糸球体の両方に、補体系関連タンパク質が含まれていることを確認しました。主に補体第二経路に関するタンパク質が多く含まれていましたが、糸球体では補体終末経路タンパク質も多く認められ、補体系活性化による炎症の進展が示唆されました。
  • その中でも補体第二経路の調節タンパク質であるCFHR1はIgA免疫複合体、糸球体に共通して顕著な増加を認められました。
  • IgA腎症のIgA免疫複合体と糸球体のタンパク質解析によって、粘膜面の共生菌との反応、補体経路(補体第二経路および古典経路)の活性化、糸球体における炎症と細胞外マトリックスの増生につながる一連の病態が可視化されました。
  • このIgA免疫複合体中のCFHR1量は免疫療法施行後に顕著に減少し、治療反応と関連する可能性が示されました。
 
 

今後の展開

  • バイオマーカー開発:血中IgA免疫複合体中のCFHR1量を指標とした、診断・予後マーカーの開発が期待されます。特にIgA腎症に対して、抗補体薬を含む複数の作用機序の異なる新規治療薬が開発、臨床応用の過程にあり、コンパニオン診断薬※6としての役割も期待されます。
  • 多施設・大規模コホートでの検証:血中IgA免疫複合体中のCFHR1量の測定法を確立し、臨床的有用性を検証します(IgA腎症の判定方法 PCT/JP2024/016523)。
  • 病態解明の進展:本研究で検出されたタンパク質群がどのように免疫複合体形成や糸球体炎症に寄与するかを分子レベルで解明することで、IgA腎症の病態解明が進みます。
  • 治療標的としての検討:CFHR1や補体系調節因子を標的とした新規治療法の可能性が検討されます。
 

用語解説

※1 IgA腎症:血中の免疫グロブリンA(IgA)を含む免疫複合体が腎臓の糸球体に沈着して炎症を起こす疾患。我が国における腎不全の主な原疾患の一つ。指定難病。
※2 免疫複合体:抗体と抗原が結合してできるタンパク質の複合体。IgA腎症患者の血中には糸球体に沈着し炎症を惹起する病的IgA免疫複合体が存在する。
※3 プロテオーム解析:試料中のタンパク質を網羅的に同定・定量する解析手法。本研究では高感度で精度の高い高分解能質量分析計を用いた。
※4 補体系:免疫反応を助ける一連のタンパク質群。過剰または不適切な活性化により炎症を生じ組織障害を招くことがある。
※5 補体H因子関連タンパク質1(CFHR1):補体系を調整するタンパク質の一つで、補体第二経路の活性化に関与する。今回、IgA腎症の病的IgA免疫複合体と糸球体に共通して含まれることが示された。
※6 コンパニオン診断薬:特定の治療薬が効果的な患者を見つける検査薬。


文献情報

論文名

Complement proteins associated with circulatory and glomerular IgA-containing immune complexes in patients with IgA nephropathy


著  者

辻雄大1、大山友香子1,2、齊藤成3、榎本哲郎4、平山将也1,5、山口央輝1,6、西岡朋生7、水野智博8、坪井直毅2、Jan Novak9、髙橋和男1,2


所  属

  1. 藤田医科大学 医学部生体構造学
  2. 藤田医科大学 医学部腎臓内科学
  3. 藤田医科大学 医療科学部臨床教育連携ユニット 病態システム解析医学分野
  4. オリエンタル酵母工業株式会社
  5. 藤田医科大学 医療科学部臨床教育連携ユニット 病理組織細胞学分野
  6. 四日市看護医療大学 臨床検査学科
  7. 藤田医科大学 精神・神経病態解明センター 細胞生物学部門
  8. 藤田医科大学 医学部薬物治療情報学
  9. アラバマ大学バーミングハム校 微生物学


 

DOI

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