プレスリリース

新たなヒト筋萎縮の動物モデルの作製に成功
〜ヒトの筋萎縮・筋疾患に対する治療法の開発促進に期待〜

骨格筋は、体を円滑に動かし運動をするために必要な器官です。骨格筋の内部に存在するミオシンとアクチンという2つのタンパク質が互いに作用しあうことで、骨格筋が収縮・弛緩し体を動かすことができます。藤田医科大学 医科学研究センター難病治療学研究部門 常陸圭介講師と土田邦博教授らの研究グループは、骨格筋のミオシンタンパク質※1のうち、瞬発力に富んだ速筋に多く存在する2種類のミオシン(MyHC-IIxとMyHC-IIb)を同時に欠損させた遺伝子改変マウス・ミオシンダブルノックアウト(dKO)マウスを作製しました。
研究グループは、作製したdKOマウスが非常に重篤な筋萎縮症状を示し、生後4週間以内で死亡することを明らかにしました。さらに、筋ミオシンの欠損が骨格筋を萎縮※2させる多様なシグナル経路を活性化させる原因となることを明確に示しました。作製した筋萎縮マウスでは、筋肉を収縮させるために必要な微細構造が崩壊する様子が観察されました。本研究は、ヒトで様々な病態で生じる筋萎縮や筋疾患に対するモデルとなり治療法を開発する上で今後重要な知見を提供することが期待されます。
 
本研究成果は、米国実験生物学会連合によって発行されている学術ジャーナル「The FASEB Journal」(電子版)に、2022年12月13日付けにて掲載されました。

研究成果のポイント

●大人の骨格筋を構成する速筋型筋ミオシンタンパク質のうち、2つ(MyHC-IIxとMyHC-IIb)を同時に欠損したダブルノックアウト(dKO)マウスを作製しました。
●MyHC-IIxとMyHC-IIbが同時に欠損することで、骨格筋が過度に萎縮し、最終的には死に至ることを明らかにしました。
●作製したdKOマウスの骨格筋では、筋肉を動かすために必要な微細構造サルコメアが崩壊している様子が観察されました。

背 景

骨格筋は、我々の体の30-40%の重量を占める人体で最も大きな臓器です。動いたり走ったりするためには、骨格筋が収縮・弛緩することが必要です。骨格筋が収縮するためには、サルコメアと呼ばれる骨格筋内の微細構造において、ミオシンタンパク質がアクチン繊維をたぐり寄せることが必要です。哺乳類の大人の骨格筋は、瞬発力に富んだ速筋繊維と、持久力に富んだ遅筋繊維から構成されています。速筋繊維は3種類のミオシン(MyHC-IIa、 MyHC-IIx、MyHC-IIb)から、遅筋繊維は1種類のミオシンMyHC-Iから構成されています。これまでに、MyHC-IIaやMyHC-Iに関しては、これらのタンパク質をコードする遺伝子が変異することでヒトの筋疾患につながることが報告されていました。しかし、MyHC-IIxとMyHC-IIbに関してはヒトの筋疾患に関連した報告はありませんでした。

研究成果

ヒトを含む大型の哺乳動物では、MyHC-IIbの発現が元々非常に低く、MyHC-IIbはヒトの骨格筋ではほとんど機能していないと考えられています。一方、骨格筋の実験モデルとして用いられるマウスでは、ヒトと異なりMyHC-IIbが多くの筋組織で利用されています。そこで研究グループは、ヒトの骨格筋での筋ミオシンタンパク質の機能を知るためには、MyHC-IIbの機能が欠失したヒト骨格筋の状態を模倣する必要があると考えました。研究グループは、ヒトの骨格筋でMyHC-IIxに機能異常が生じたケースを想定して、MyHC-IIxとMyHC-IIbが同時に機能しなくなった、2つの筋ミオシンのダブルノックアウト(dKO)マウスを作製しました。
作製したdKOマウスでは非常に深刻な筋萎縮が見られることを確認しました。さらにdKOマウスではサルコメア構造が崩壊しており、最終的に生後4週間以内で死に至ることが明らかとなりました。筋肉が萎縮する過程では様々なシグナルが活性化して、筋ミオシンが分解されます。研究グループは、筋ミオシンの消失が萎縮に関わるシグナルを活性化する引き金となることも明らかにしました。これまで報告されていたMyHC-IIxとMyHC-IIbのそれぞれを単独で欠損したマウスではこのような現象は観察されていません。そのためMyHC-IIxとMyHC-IIbという2つの筋ミオシンは、互いにその機能を補完することで正常な骨格筋の機能と構造を維持していると考えられます。

今後の展開

筋ミオシンの特異的な減少はがんで生じる筋萎縮である悪液質の特徴としても知られているため、作製したdKOマウスを用いることで、ヒトの筋萎縮や筋疾患に対する治療法の開発が促進されると期待されます。

本研究成果は、日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(C)(常陸圭介)、基盤研究(B)(土田邦博)、精神・神経疾患研究開発費(土田邦博)、スポーツ庁ドーピング検査技術研究開発事業 (土田邦博)、公益財団法人武田科学振興財団研究助成(常陸圭介)などの支援によって行われました。

用語解説

※1 骨格筋ミオシンタンパク質
筋収縮に働くモータータンパクで、ATP(生体内で使われるエネルギー)を加水分解しながらアクチン繊維をたぐり寄せることで骨格筋を収縮させる。ミオシン分子は重合して、筋収縮を担う微細構造サルコメアの中で、太いフィラメントを形成する。

※2 骨格筋の萎縮
骨格筋は姿勢を保ち身体を動かすためだけではなく、全身の代謝調節にも必要な器官である。そのため、筋量や筋力の減少(筋萎縮)は、生活の質を低下させ健康寿命の延伸を妨げる要因となる。疾患による筋萎縮だけでなく、老化による筋萎縮(サルコペニア)が近年深刻な健康問題となっている。

文献情報

論文タイトル: Simultaneous loss of skeletal muscle myosin heavy chain IIx and IIb causes severe skeletal muscle hypoplasia in postnatal mice
著者: 常陸圭介1, 清藤友梨1, 山口央輝2, 中谷直史3, 乾雅史4, 土田邦博1
所属: 1 藤田医科大学医科学研究センター難病治療学研究部門
2 四日市看護医療大学看護医療学部臨床検査学科
3 星城大学リハビリテーション学部
4 明治大学農学部生命科学科
DOI:10.1096/fj.202200581R