プレスリリース

腸内細菌を標的とした定量PCRで大腸がん・膵臓がん「リスクスコア」を算出 便からがんリスクを評価する新手法を開発 — 探索的研究として、前がん病変(大腸腺腫)や早期膵臓がんでもシグナルを確認 —

 
藤田医科大学(愛知県豊明市、学長:岩田仲生)医学部 消化器内科学講座(大野栄三郎教授)および医科プレ・プロバイオティクス講座(廣岡芳樹教授)の研究グループは、便中に含まれる腸内細菌の遺伝子を定量PCR(qPCR)※1で測定し、得られたデータをもとに、大腸がん・膵臓がんそれぞれに対する罹患リスクの可能性を示す独自の「がんリスクスコア」を算出する手法を開発しました。
本研究では、6種類の便中腸内細菌の遺伝子マーカー※2を測定し、統計的手法(LASSO※3)でがん種ごとに有効なマーカーの組み合わせを選び出しました。その結果、大腸がんでは4マーカー(afb・nan・fsr・5ar)、膵臓がんでは3マーカー(but・fsr・saa)から成る計算式(モデル)が構築され、識別能力を示す指標であるAUC※4は大腸がんで0.824、膵臓がんで0.780という良好な識別性能を示しました。
さらに、大腸がんモデルは前がん病変である大腸腺腫※5でもシグナル(AUC 0.716)を示し、膵臓がんモデルは早期膵臓がんと膵臓がん高リスク群※6の識別能(AUC 0.739)において、従来の血液腫瘍マーカーCA19-9※7を上回る傾向を示しました(探索的解析)。
便は身体的負担が少なく、自宅で繰り返し採取できる検体です。本成果は、腸内細菌の機能に着目した非侵襲的ながんリスク評価の新たな可能性を示すものであり、消化器がんの補助的なスクリーニング手法としての発展が期待されます。
本研究成果は、国際科学ジャーナル「Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry(BBB)」オンライン版に6月18日に掲載されました。


研究成果のポイント

  • 6種類の便中腸内細菌マーカーからがん種特異的なモデルを構築
共通の6マーカーを測定し、統計的選択により大腸がん用(afb・nan・fsr・5ar)及び膵臓がん用(but・fsr・saa)それぞれのマーカーセットから成るモデルが構築されました。

  • 良好な識別性能
この新しいモデルを厳格な基準に基づきテストした結果、大腸がんモデルはAUC 0.824、膵臓がんモデルはAUC 0.780を示しました。

  • 前がん病変・早期がんでもシグナルを確認
大腸がんモデルは前がん病変の大腸腺腫でAUC 0.716、膵臓がんモデルは早期膵臓がんと高リスク群の識別でAUC 0.739を示しました。

  • 従来の腫瘍マーカーとの比較
早期膵臓がんと高リスク群の識別では、便qPCRスコアが血液腫瘍マーカーCA19-9(AUC 0.543)を上回りました(有意差なし、探索的)。


  • 非侵襲的で反復可能な検体
便は身体的負担が少なく、自宅で繰り返し採取できるため、継続的なリスク評価に適します。




背景

消化器がんや膵胆道がんの予後を改善するには、簡便で身体的負担の少ない早期発見・リスク評価の手法が求められています。近年、腸内細菌叢は、菌の種類の変化だけでなく細菌の代謝機能の変化も反映することから、がんのバイオマーカーの有望な供給源として注目されています。これらの変化は便検体から評価できるため、非侵襲的な検査への応用が期待されます。
一方で、16S rRNA遺伝子解析やショットガンメタゲノム解析などのシークエンスに基づく従来の手法は情報量が多い反面、コストや解析の負担が大きく、専門的なバイオインフォマティクス処理を要するため、日常臨床への導入は容易ではありません。そこで本研究グループは、標的を絞った定量PCR(qPCR)により、シークエンスで得られたこれまでの知見をより簡便・迅速・安価に測定できる形へと橋渡しする枠組みを構築してきました。

 

研究手法

本研究は、これまでに構築してきた便中腸内細菌マーカーのqPCRデータセットを統合し、がん種特異的な計算式(モデル)を構築・評価した探索的研究です。
  • 対象:50歳以上の共通対照群65名を基準とし、大腸腺腫38名、大腸がん27名、膵臓がん高リスク群64名、早期膵臓がん17名、進行膵臓がん5名の便検体を解析しました。
  • 測定マーカー:afb・nan・fsr・5ar・but・saaの6種類の便中腸内細菌遺伝子マーカーを、qPCRにより定量しました。
  • モデル構築:LASSOと呼ばれる統計的手法により各がん種で有効なマーカーを選択し、ロジスティック回帰モデルを構築しました。
  • 性能評価:leave-one-out交差検証(LOOCV)により内部性能を評価し、AUC・感度・特異度などを算出しました。判別の閾値はYouden指数により設定しました。


研究結果

  • がん種特異的なマーカーセット:大腸がんでは4マーカー(afb・nan・fsr・5ar)、膵臓がんでは3マーカー(but・fsr・saa)が選択されました。
  • 識別性能:大腸がんモデルはAUC 0.824、膵臓がんモデルはAUC 0.780を示しました。
  • 前がん病変・早期がん:大腸がんモデルを大腸腺腫に適用するとAUC 0.716、膵臓がんモデルを早期膵臓がんに適用するとAUC 0.804を示しました。
  • CA19-9との比較:早期膵臓がんと高リスク群の識別において、便qPCRスコア(AUC 0.739)はCA19-9(AUC 0.543)を上回りましたが、統計学的な有意差には至りませんでした(P=0.052)。


今後の展開

本研究は、共通の6マーカーからがん種ごとに異なる細菌シグナルを抽出し、非侵襲的ながんリスク評価に応用できる可能性を示した探索的な成果です。ただし、症例数が限られ、独立した外部検証は行っていないため、得られたスコアはあくまで探索的な指標です。
今後は、独立した検証コホートや前向き試験による確認、モデルの較正(キャリブレーション)や解析の再現性の検証、MIQEガイドラインに準拠した測定系の整備などを通じて、臨床的有用性を明らかにしていく必要があります。将来的には、大腸がん検診(便潜血検査)を補完する新たな非侵襲的リスク評価法や、膵臓がん高リスク者のサーベイランスへの応用が期待されます。

 

用語解説 

※1 qPCR(定量PCR)
特定の遺伝子の量を精密に測定する手法。本研究では便中の腸内細菌遺伝子マーカーの定量に用いました。

※2 便中腸内細菌の遺伝子マーカー
afbFaecalibacterium由来の酪酸産生能)、nan(Lachnospiraceae由来のシアル酸・ムチン代謝能)、fsr Fusicatenibacter saccharivorans由来の16S rRNAマーカー/早期のディスバイオシス指標)、5ar (二次胆汁酸イソアロリトコール酸の生合成能)、butAnaerostipes hadrus等の酪酸産生能)、saaStreptococcus関連の炎症性ポテンシャル)。

※3 LASSO
Least Absolute Shrinkage and Selection Operatorの略。多数の候補から重要な変数を絞り込む統計的手法。1標準誤差ルールにより、より簡潔なモデルを選びます。

※4 AUC
Area Under the Curveの略。識別能力を示す指標(1.0で完全、0.5で偶然)。

※5 大腸腺腫
大腸がんの前段階とされる良性腫瘍(前がん病変)。

※6 膵臓がん高リスク群
膵嚢胞や膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)、慢性膵炎など、経過観察を要する状態で、明らかな膵臓がんは認められない群。

※7 CA19-9

膵臓がんなどで臨床的に用いられる血液の腫瘍マーカー。本研究では比較対象としました。

 

論文情報

論文タイトル 

Disease-specific gut microbial signatures generate model-derived cancer probability scores through targeted fecal qPCR profiling
 

著  者

藤井 匡1、大野 栄三郎2、中野 尚子2、中岡 和徳2、高橋 秀明1、舩坂 好平2、 土井 洋平3、廣岡 芳樹1、栃尾 巧1

所  属

  1. 藤田医科大学 医学部 医科プレ・プロバイオティクス
  2. 藤田医科大学 医学部 消化器内科学
  3. 藤田医科大学 医学部 微生物学


DOI

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