パーキンソン病の進行度を便から推定する腸内細菌遺伝子マーカーを世界で初めて発見
— Akkermansiaの機能遺伝子「nanAkk」が病態進行と関連 —
藤田医科大学(愛知県豊明市)脳神経内科学 水谷泰彰准教授、渡辺宏久教授、医科プレ・プロバイオティクス講座の藤井匡准教授、栃尾巧教授、消化器内科学の廣岡芳樹教授、大野栄三郎教授らの研究グループは、パーキンソン病患者の腸内細菌が持つ特定の機能遺伝子に着目し、定量PCR(qPCR)法※1を用いた解析を通して、便中のAkkermansia(アッカーマンシア)※2由来nanAkk※3遺伝子量がパーキンソン病の病期(重症度)の進行に伴い、段階的に増加することを世界で初めて明らかにしました。これまでパーキンソン病では腸内細菌叢の変化(構成の偏り)が数多く報告されていましたが、臨床で簡便に使えるバイオマーカーは確立されていませんでした。今回の成果により、今後、次世代シーケンサーのような高額な機器を使わず、健康診断や日常の臨床検査で広く普及しているqPCR法(便検査)を用いることで、パーキンソン病の迅速な病態評価や、進行予測、患者に応じた最適な治療選択(層別化)への応用が期待されます。
本研究成果は、国際学術誌「Journal of Parkinson's Disease」のオンライン版にて2026年8月10日に公開されました。
研究成果のポイント
- パーキンソン病患者の便中で、腸内細菌Akkermansiaの機能遺伝子「nanAkk」が有意に増加していることを発見。
- nanAkkの量がパーキンソン病の運動症状重症度(Hoehn-Yahr [HY] ステージ※4)と相関し、病期の進行に伴って段階的に増加することを証明。
- 高コストな次世代シーケンスを使用せずとも、一般的なqPCR法のみで測定可能な、低コストかつ迅速な「便バイオマーカー」としての実用可能性を示唆。
背景
パーキンソン病は、脳内のドパミン神経細胞が減少することで、手足の震えや体の動きにくさ(動作緩慢)などを引き起こす神経変性疾患です。厚生労働省による2020年の統計では、患者数は28万9千人と報告されており、高齢化の進展により、さらなる増加が予想されます。近年の研究から、この病気は脳だけでなく「腸」に深く関わっていることが分かっており、脳と腸が相互に影響し合う「腸-脳相関(gut-brain axis)」に大きな注目が集まっています。これまでの研究で、パーキンソン病患者の腸内では、腸の粘液層を分解する性質を持つ細菌「Akkermansia」が増加していることが数多く報告されています。しかし、従来の解析方法の多くは「どんな菌がどれくらいいるか(構成)」を調べるものであり、菌が実際に腸内で「どのような機能(遺伝子)を働かせているか」を、患者ごとに簡便かつ低コストで評価する手法は確立されていませんでした。
そこで研究グループは、Akkermansiaが腸の粘液(シアル酸)を分解・利用する際に必須となる遺伝子「nanAkk」に着目し、パーキンソン病の新しいバイオマーカーとしての可能性を検証しました。
研究手法・研究成果
本研究では、パーキンソン病患者59名と、年齢や性別をマッチさせた健常者65名を対象に便サンプルを収集しました。まず、網羅的な腸内細菌叢解析(16S rRNAシーケンス)を行い、患者群における酪酸産生菌の減少やAkkermansiaの増加といった特徴を確認しました。その上で、ターゲットとするAkkermansia由来のnanAkk遺伝子を、定量PCR(qPCR)法によって測定し、以下に示す結果が認められました。1. パーキンソン病におけるnanAkk量の有意な上昇
健常者と比較して、パーキンソン病患者の便中ではnanAkk量が有意に高値を示していることが判明しました。
2. 重症度との段階的な相関
パーキンソン病の運動症状重症度(HYステージ)が進行するにつれて、nanAkk量が段階的に増加していることを突き止めました。特に、進行期(HYステージ 4–5)の患者群は、早期〜中期(HYステージ 1–3)の患者群と比較してさらに有意な高値を示しました。
3. 独立したマーカーとしての有用性
年齢、性別、および服用している薬剤量などの要因を統計学的に補正した解析でも、nanAkk量と重症度の相関は維持されており、病勢を反映する信頼性の高い指標であることが示されました。

今後の展開
本研究は、腸内細菌の「種類」を並べる従来の解析から一歩進み、病態に直結する細菌の「機能(遺伝子)」を標的にした革新的なバイオマーカー研究です。現在の網羅的な腸内細菌解析(シーケンス技術)は高額で時間もかかりますが、本研究で確立したqPCR法は、数時間でかつ低コストでの測定が可能です。今後は、より大規模な患者コホートでの検証や、時間の経過とともにどのように数値が変化するかを追う縦断研究を進め、パーキンソン病の「発症予測」や「進行スピードの予測」に役立てることをめざします。
また、Akkermansiaによる粘液分解の亢進が、腸管バリアの破壊や脳への異常タンパク質伝播にどう関わっているのかというメカニズムを解明することで、腸を標的とした新たなパーキンソン病治療薬・予防法の開発につながることも期待されます。
用語解説
※1 定量PCR(qPCR)法
特定のDNA配列を増幅させ、その量をリアルタイムで高感度かつ迅速に測定する遺伝子解析技術。感染症の検査(PCR検査)など、臨床の現場でも広く実用化されている。※2 Akkermansia(アッカーマンシア属細菌)
腸の粘膜層(ムチン)を栄養源として分解・利用する代表的な腸内細菌。パーキンソン病患者の腸内では異常に増加していることが報告されている。※3 nanAkk遺伝子
細菌が粘液の構成成分である「シアル酸」を取り込んで代謝する際に必要な酵素(N-アセチルノイラミン酸リアーゼ)をコードする遺伝子。本研究ではAkkermansiaが持つものに特異的な配列(nanAkk)を測定した。※4 Hoehn-Yahr(ヘーン・ヤール) [HY] ステージ
パーキンソン病の運動症状の重症度を1(軽度)から5(最重度:車椅子または寝たきり)の5段階で評価する世界的な基準文献情報
論文タイトル
A qPCR-based approach targeting the microbial gene marker nanA of mucin-degrading Akkermansia in Parkinson’s disease著者
水谷泰彰1、藤井匡2,3,4、前田康博5、舩坂好平2、大野栄三郎2、廣岡芳樹2,3,4、渡辺宏久1、栃尾巧2,3,4所属
1. 藤田医科大学医学部 脳神経内科学2. 藤田医科大学医学部 消化器内科学
3. 藤田医科大学 医科プレ・プロバイオティクス講座
4. 株式会社バイオシスラボ
5. 藤田医科大学 研究推進本部 オープンファシリティセンター


