鳥類の鮮やかな「構造色」をつくる分子基序を解明
〜メラニン生成遺伝子の変異が光学的ナノ構造の形成と色彩の変化を制御する〜
ポルトガル・ポルト大学(CIBIO)のソライア・バルボーザ研究員、ドイツ・フリードリヒ・アレクサンダー大学のニコラス・フォーゲル教授、ポルトガル・ポルト大学(CIBIO)のミゲル・カルネイロ教授および藤田医科大学(愛知県豊明市)メラニン化学研究所の伊藤祥輔名誉教授、若松一雅名誉教授らの国際研究グループは、鳥類の鮮やかな「構造色(イリデッセンス)※1」の発生と多様性を司る分子・細胞基盤を明らかにしました。クジャクの品種変異体および野生鳥類のゲノム解析、単一細胞トランスクリプトーム解析(scRNA-seq)、透過型電子顕微鏡観察、メラニンの生化学分析を組み合わせることで、メラニン生成(メラノジェネシス)※2に関わる遺伝子の変異が、羽毛内部のナノメートルスケールの構造(フォトニック構造)の形状・配置・層数をダイナミックに変化させ、構造色の消失・変化・局所的な獲得を引き起こすことを突き止めました。この発見は、生物の多様な色彩進化の解明に貢献するだけでなく、生体模倣(バイオインスパイアード)光学材料の開発への応用が期待されます。
本研究成果は、米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)」の2026年第123巻42号(e2614444123)に掲載され、併せてオンライン版が10月16日に公開されました。
研究成果のポイント
- クジャクの変異体解析から構造色を制御する遺伝子群を特定
- メラニン組成とメラノソーム※3形状が多層構造の規則性を決定
- 単一遺伝子変異による構造色の「局所的獲得」を発見
- 野生鳥類でも共通するメラノサイト主導の制御メカニズムを解明
背景
クジャクの飾り羽やハチドリの羽毛に見られる「構造色(イリデッセンス)」は、見る角度によって色彩がダイナミックに変化する非常に鮮やかな光学現象です。この構造色は、羽毛小枝(barbule)内部に存在するケラチン基質と高屈折率のメラノソーム(メラニン小体)がナノスケールで規則正しく積み重なった「多層構造(フォトニック構造)」によって光が干渉することで生じます。これまで構造色の物理的・光学的な原理や解剖学的観察は進んでいたものの、発生過程において細胞や遺伝子がどのようにしてこの精巧なナノ構造を組み立て、変化させているのかという分子メカニズムは長年謎のままでした。研究手法・研究結果
研究グループは、単一遺伝子変異によって体全体の構造色が変化・喪失したインドクジャク(Pavo cristatus)の品種変異体(Ultramarine, Purple, Violet, Opal, Bronze, Cameo, Charcoal, White等)に着目しました。- 全ゲノム解析によるメラニン生成(メラノジェネシス)関連遺伝子の同定:インドクジャク(Pavo cristatus)の野生型および体全体の構造色が変化・喪失した8つの品種変異体(Ultramarine, Purple, Violet, Opal, Bronze, Cameo, Charcoal, White等)を対象に、染色体レベルの参照ゲノム構築および368羽の全ゲノム再シーケンス解析(GWAS)を実施しました。その結果、色彩変異の原因遺伝子がすべてメラニン生成(メラノジェネシス)経路(メラノブラスト分化、メラノソーム生合成・輸送、メラニン合成など)に関わる遺伝子(EDNRB2, AP3S1, HPS3, MLPH, LYST, TYRP1, MITF)であることを突き止めました。
- メラニンの組成・量およびメラノソーム形態変化が及ぼす物理的・光学的評価:透過型電子顕微鏡(TEM)観察と反射分光測定を組み合わせた解析により、構造色を失った変異体(Bronze, Cameo, Charcoal)では、メラニン成分比率(黒色メラニンであるユーメラニン比率)の低下に伴い、本来のロッド(棒)型メラノソームが球状化し、光干渉を起こす多層構造の規則性が失われていることを解明しました。一方、色合い(色相)がシフトした変異体(Purple, Violet, Ultramarine)では、ロッド形状が維持されつつ、メラノソームの直径や配列空間(周期性)が変化することで反射光の波長が短波長(青側)へシフトすることを実証しました。
- メラニン受容体遺伝子 MC1R の変異による局所的な構造色の獲得:オスの翼部分で局所的に構造色が獲得される「Black-shoulder」変異の全ゲノム解析を行い、原因遺伝子がメラニン合成を制御するMC1R(メラノコルチン1受容体)であることを特定しました。MC1R変異によってユーメラニン量が局所的に増加し、本来構造色を持たない部位においても規則的なメラノソーム多層構造の形成が誘導されることを示しました。
- 野生鳥類におけるメラニン細胞(メラノサイト)主導メカニズムの検証: 同一羽毛内で構造色部と非構造色部が表裏一体で発生する野生鳥類(エメラルドバト・マガモ)の非対称羽毛を用いて、単一細胞RNAシーケンシング(scRNA-seq)※4を行いました。その結果、構造色形成部位ではメラニンを産生するメラノサイトの割合が増加するとともに、メラノソームの成熟・輸送・イオン恒常性維持や隣接細胞(ケラチノサイト等)とのシグナル伝達に関わる遺伝子群が選択的に活性化していることを明らかにしました。
今後の展開
本研究は、鳥類の美しい構造色がメラニン生成経路の遺伝的・発生学的な柔軟性(デベロップメンタル・プラスティシティ)によって精密に制御されていることを初めて明らかにしました。メラニン合成や細胞内自己組織化プロセスの理解が進むことで、将来的に塗料や着色料を一切使用せず、環境負荷の低い次世代のバイオインスパイアード構造色材料・デバイスや光学ナノテクノロジーの創出への応用が期待されます。用語解説
※1 構造色(イリデッセンス):色素による発色ではなく、波長と同程度の微細構造によって光が干渉・散乱・屈折することで生じる色。見る角度や光の入射角によって色が変化するのが特徴。
※2 メラニン生成(メラノジェネシス):
メラニン色素の生合成をはじめ、メラノソームの形成・成熟・細胞内輸送およびケラチノサイトへの転移に至る一連の生化学的・細胞生物学的過程。
※3 メラノソーム(メラニン小体):
色素細胞(メラノサイト)の内部に存在し、メラニン色素の合成と蓄積を担う細胞内小器官。
※4 単一細胞RNAシーケンシング(scRNA-seq):
個々の細胞からRNAを抽出し、一細胞レベルの遺伝子発現プロファイルを網羅的に解析する技術。
文献情報
論文タイトル
Modulation of avian iridescence via melanogenesis著者
ソライア・バルボーザ1、カリーナ・ビットナー2、ロベルト・アルボーレ3、ペドロ・M・アラウジョ1、パウロ・ペレイラ1、ペドロ・アンドラーデ1、フェケテ・チャバ4、リタ・アフォンソ1、サンドラ・アフォンソ1、M・フランシスカ・アモリン1、クリスティアーナ・I・マルケス1、ミカエル・P・J・ニコライ5、ジョアン・カリタ6、ジンドリッヒ・ブレイチャ7、リカルド・J・ロペス8、ジョエル・M・アルベス1、フェルナンド・クルス9、ジェシカ・ゴメス-ガリード9、クリスティーナ・ザマレーニョ10、マルタ・グット9、タイラー・アリオト9、ムハンマド・アクタル・アリ11、アンドレア・ヒルパート2、アニタ・ヘヒト、エルドマン・シュピーカー2、ベンジャミン・アペレオ・ズビリ2、伊藤 祥輔12、若松 一雅12、ライフ・アンダーソン11、ジョセフ・C・コーボ3、ニコラス・フォーゲル2、ミゲル・カルネイロ1所属
1ポルト大学、2フリードリヒ・アレキサンダー大学、3ワシントン大学、4Hun-Ren実験医学所、5ゲント大学、6リスボン新大学、7プラハ・カレル大学、8リスボン大学、9バルセロナ大学、10バルセロナ自治大学、11ウプサラ大学、12藤田医科大学DOI
10.1073/pnas.2614444123,PNAS, 2026, 123, 42, e2614444123 など


