終末期膵がん患者の「治療的腹水ドレナージ」の必要性と関連する便中細菌マーカーを同定
— 終末期の腸内環境変化をとらえる可能性 —
藤田医科大学(愛知県豊明市)医学部 外科・緩和医療学講座(德田倍将助教、臼井正信教授)、消化器内科学講座(大野栄三郎教授)、医科プレ・プロバイオティクス講座(廣岡芳樹教授)の研究グループは、終末期の膵がん患者における便中細菌叢の特徴と、治療的腹水ドレナージ※1(腹水穿刺)およびCART※2の必要性との関連を探索的に検討しました。腹水ドレナージを要する患者では、Veillonella属※3に関連するカタラーゼ遺伝子マーカー「cat ※3」の便中レベルが有意に高く、便を用いた迅速・低侵襲なqPCR※4検査が、終末期における腸内環境の変化をモニタリングする手段となる可能性を示しました。藤田医科大学病院の緩和ケア病棟で終末期医療を受ける膵がん患者を前向き観察研究として登録し、便中細菌叢を解析した国内でも数少ない報告です。
本研究は、国際学術誌「Bioscience of Microbiota, Food and Health(BMFH)」 オンライン版が2026年9月15日に公開されました。
研究成果のポイント
- 終末期膵がん患者の便中細菌叢を前向きに解析
2022年10月~2024年5月に緩和ケア病棟へ入院した、推定余命約3カ月以内の膵がん患者13名(終末期膵がん:TPCコホート)を前向き観察研究として登録し、便中細菌叢を16S rRNA遺伝子解析※5で評価しました。これまで、終末期医療を受ける膵がん患者の便中細菌叢の特徴はほとんど報告されていませんでした。 - 健常者・非終末期膵がん患者と異なる細菌叢プロファイル
既報の健常者コホート(65名)および非終末期膵がん患者コホート(22名)と比較すると、TPCコホートでは細菌叢の構成(β多様性)が明確に分かれ、酪酸産生菌として知られるFaecalibacterium prausnitziiやFusicatenibacter saccharivoransに関連するシグナルが低い傾向がみられました(コホート間の検体処理条件が統一されていないため、記述的な比較として位置づけています)。 - 「シーケンスで探索→qPCRで定量」の2段階アプローチ
TPCコホート内で、腹水ドレナージが必要だった患者(7名)と不要だった患者(6名)を比較し、シーケンス解析で候補となった菌に対応する3種類の遺伝子マーカー(Veillonella属由来のcat、Bacteroides uniformis 由来のbuf ※6、Parabacteroides merdae由来のpmf ※6)を標的qPCRで定量しました。 - 腹水ドレナージ群でcatマーカーが有意に高値
便中catレベルは、ドレナージ群で中央値1.068、非ドレナージ群で0.0134(16S rRNA遺伝子コピー数に対する比×100)と大きく異なり、多重比較補正※7後も有意でした(P=0.0082、q=0.0245、順位双列相関r=0.857)。一方、シーケンス由来の菌のシグナルおよび24項目の血液検査値は、いずれも補正後には有意差が残りませんでした。 - 既報の「膵がんリスクスコア※8」も終末期・ドレナージ群で高値
本研究グループが以前報告した便中qPCRマーカーに基づく膵がんリスクスコアモデルを適用したところ、非終末期膵がんより終末期膵がんで、また終末期の中でもドレナージ群で高い値を示しました(探索的解析)。
背景
進行膵がんでは、腹水の貯留に伴う腹部膨満感、早期満腹感、呼吸困難、運動制限などが、終末期の生活の質(QOL)を大きく損ないます。腹水を抜く治療的ドレナージは症状緩和に有効ですが、繰り返しの処置は患者の負担となります。がん性腹水は、腹膜・血管・炎症・栄養・臓器機能の異常が複雑に絡み合って生じ、腸管機能の低下も併存すると考えられています。腸内細菌叢は膵がんの非侵襲的なバイオマーカーの候補として研究が進んでいますが、終末期医療を受ける患者、とりわけ腹水ドレナージの必要性との関連は、これまでほとんど検討されていませんでした。本研究グループは、便中細菌の遺伝子マーカーをqPCRで測定する独自の手法(がんリスクスコア)を開発しており、本研究ではこの手法を終末期の膵がん患者に応用しました。
研究の概要
本研究は、3つのコホート(既報の健常者65名、既報の非終末期膵がん患者22名、新規登録の終末期膵がん患者13名)を対象とした探索的横断研究です。終末期膵がん患者は、複数の医師により推定余命約3カ月以内と判断され、採便前1週間以内の抗菌薬使用がなく、腹水が肝硬変ではなく悪性腫瘍に起因する患者としました。採便時点で治療的腹水穿刺またはCARTを要した患者を「ドレナージ群」、いずれも不要だった患者を「非ドレナージ群」と分類しました。まず16S rRNA遺伝子解析(V3-V4領域、MiSeq)により3コホート間およびTPCコホート内の細菌叢を比較し、LEfSe解析※9で候補菌を抽出しました。次に、候補菌に対応する遺伝子マーカー(cat・buf・pmf)を標的qPCRで定量し、Hodges-Lehmann中央値差と順位双列相関で効果量を推定しました。あわせて、24項目の血液検査値を臨床比較指標として同じ統計手法で検討しました。多重比較にはBenjamini-Hochberg法を用いました。
その結果、TPCコホート内ではドレナージ群でcatが有意に高く(P=0.0082、q=0.0245)、bufは補正前のみ低値(P=0.0350、q=0.0524)、pmfは有意差なしでした。血液検査では白血球数・γ-GTPがドレナージ群で低く、ナトリウム・クロールが高い傾向がありましたが、補正後はいずれも有意ではありませんでした(最小q=0.1678)。
また、既報の便中qPCRマーカーに基づく膵がんリスクスコアモデルを、係数を変更せずそのまま適用したところ、非終末期膵がんより終末期膵がんで、また終末期の中でもドレナージ群で高い値を示しました(探索的解析)。
研究の意義と留意点
Veillonella属は炎症を伴う腸内環境で増加することが報告されており、V. parvulaは腸管の炎症反応との関連が実験的に示されています。今回のcat高値は、腹水ドレナージを要する臨床状態に伴う腸内環境の変化(Veillonella関連の生態学的シフト)を反映している可能性があります。便を用いたqPCRは迅速・定量的・低コストであり、繰り返し測定に適していることから、将来的には終末期患者の腸内環境の変化を低負担でモニタリングする手段となることが期待されます。一方、本研究は単施設・少数例(13名)の探索的横断研究であり、因果関係や時間的前後関係は示せません。マーカーの選定とqPCR測定を同一検体で行っているため独立した検証には当たらず、catは血液検査に優る指標であることを示すものでもありません。研究グループは、便中catを既存の臨床・画像評価に代わるものではなく、腹水に関連する腸内環境変化を補完的にとらえる候補マーカーとして位置づけています。
今後の展開
今後は、あらかじめ測定マーカーを規定した多施設・前向き・縦断研究により、便中catの経時変化が腹水量、ドレナージのタイミング、経口摂取、症状、QOL、全身状態の指標とどのように連動するかを検証します。便と腹水の同時採取や、便・血液・画像・症状・ドレナージ記録を同期させた評価系の構築も計画しています。本グループが進める「便中細菌の遺伝子マーカーに基づく疾患別の確率スコア」の一環として、終末期医療・緩和ケア領域への展開をめざします。用語解説
※1 治療的腹水ドレナージ
腹腔内に貯留した腹水を穿刺・排液し、腹部膨満などの症状を緩和する処置。※2 CART(腹水濾過濃縮再静注法)
抜いた腹水から細胞や細菌を除去し、アルブミンなどの有用成分を濃縮して患者に戻す治療法。※3 Veillonella属/cat
口腔などに常在し、炎症を伴う腸内環境で増加が報告されているグラム陰性球菌。catはVeillonella属に関連するカタラーゼ遺伝子マーカー。※4 qPCR(定量PCR)
特定の遺伝子の量をリアルタイムに測定する手法。本研究では標的遺伝子のコピー数を全細菌の16S rRNA遺伝子コピー数で割った比を用いた。※5 16S rRNA遺伝子解析
細菌に共通する16S rRNA遺伝子の塩基配列を網羅的に読み取り、細菌叢の構成を推定する手法。※6 buf/pmf
それぞれBacteroides uniformis、Parabacteroides merdaeに由来する5α-還元酵素遺伝子マーカー。胆汁酸代謝に関わる。※7 多重比較補正(Benjamini-Hochberg法)
多数の項目を同時に検定する際に、偶然による「見かけの有意差」を抑えるための統計的補正。補正後の値をq値と呼ぶ。※8 膵がんリスクスコア
便中の腸内細菌の遺伝子マーカーをqPCRで測定し、統計モデルで算出する、膵臓がん患者と健常者を見分ける指標(本グループの既報)。※9 LEfSe解析
群間で差のある細菌を統計的に抽出するスクリーニング手法。文献情報
論文タイトル
Fecal microbiota profiles and targeted qPCR markers associated with the need for therapeutic ascites drainage in patients with terminal pancreatic cancer: an exploratory study著者
德田 倍将1、藤井 匡2,3,*、大野 栄三郎4、高橋 秀明2,3、 舩坂 好平4、廣岡 芳樹2,3,5、臼井 正信1、栃尾 巧2,3(*責任著者)所属
1 藤田医科大学 医学部 外科・緩和医療学講座2 藤田医科大学 医学部 医科プレ・プロバイオティクス講座
3 BIOSIS Lab. Co., Ltd.
4 藤田医科大学 医学部 消化器内科学講座
5 藤田医科大学岡崎医療センター 消化器内科


