医師の知識習得に「やり抜く力」が影響することが明らかに
約3000人の研修医を対象とした多施設共同研究
─学力だけでは説明できない非認知能力と試験成績・自己学習時間との関連を確認─
─学力だけでは説明できない非認知能力と試験成績・自己学習時間との関連を確認─
藤田医科大学総合診療科の西澤俊紀客員准教授、長崎一哉講師らは、NPO法人日本医療教育プログラム推進機構(JAMEP)および東京科学大学、順天堂大学、獨協医科大学、自治医科大学、千葉大学、筑波大学など、国内の複数施設に所属する研究者との共同研究により、医師の「やり抜く力(グリット※1)」と臨床知識・推論能力を評価する試験の成績との関連を明らかにしました。
グリットとは、長期的な目標に向かって努力を継続する心理的特性で、学業成績や仕事での達成との関連が注目されている非認知能力※2の一つです。しかし、医師としての研修期間において、グリットが客観的な学習成果とどのように関連するかは、十分に解明されていませんでした。
本研究では、全国553の研修病院に所属する研修医2,939人を対象に、グリットと基本的な臨床知識・推論能力を評価する基本的臨床能力評価試験(GM-ITE)※3の成績、および自己学習時間との関連を分析しました。
その結果、グリットが高い研修医ほど試験成績が高く、日々の自己学習時間も長い傾向があることが明らかになりました。特に、グリットを構成する要素のうち、「粘り強く努力を続ける力」が試験成績と関連していました。
本研究の成果は、従来の学力や試験成績といった認知的能力に加え、グリットのような非認知能力にも着目することが、医師の学習や成長を理解するうえで重要である可能性を示しています。
本研究成果は、米国総合内科学会関連の国際学術誌『Journal of General Internal Medicine』のオンライン版で11月5日に公開されました。
研究成果のポイント
- 全国553施設の研修医2,939人を対象に、グリットと基本的臨床能力評価試験(GM-ITE)の成績との関連を検討しました。
- グリットの得点が1点高いことは、80点満点のGM-ITEで平均1.03点高い成績と関連していました。自己学習時間を考慮した場合も関連は認められました。
- グリットのうち、特に「粘り強く努力を続ける力」が試験成績と関連しており、グリットが高い研修医ほど自己学習時間も長い傾向が認められました。
- 本研究は、医師の知識習得を理解するうえで、認知能力に加えて非認知能力にも注目する意義を示しています。
背 景
医師には、医学部での教育や医師国家試験に向けた学習に加え、医師となった後も、生涯にわたって新しい知識や技術を学び続けることが求められます。
これまで、医学部入試や医師国家試験などで評価される学力は、その後の学業成績や専門的能力と関連することが知られています。一方、学力だけでは、その後の学習成果や能力の違いを十分に説明できないことも指摘されてきました。そのため近年、知識や知的能力だけでなく、意欲、自己調整能力、粘り強さなどの「非認知能力」に関心が集まっています。
その代表的な概念の一つが、心理学者Angela Duckworthらによって提唱された「グリット(grit)」です。グリットは、長期的な目標に対する情熱と粘り強さから構成される心理的特性で、学業や職業上の達成との関連が研究されてきました。グリットには「粘り強く努力を続ける力」と「興味・関心を持続させる力」という二つの側面があります。
医学教育の分野でも、医学生や研修医の学業成績などとグリットとの関連が報告されています。しかし、医師としての研修期間における客観的な知識試験の成績との関連については、先行研究の結果が一致していませんでした。また、グリットと自己学習時間の関連についても十分な検討が行われていませんでした。
そこで本研究では、日本全国の研修医を対象として、グリットと臨床知識・推論能力の試験成績、および自己学習時間との関連を検討しました。
研究手法・研究成果
本研究は、JAMEPが実施する基本的臨床能力評価試験(GM-ITE)と、2025年1~3月に実施した研修医へのアンケート調査のデータを用いた全国横断研究です。
GM-ITEは、研修医の基本的な臨床知識・推論能力を評価するための試験で、全国の研修病院で利用されています。
研究では、全国553施設の研修医2,939人を対象に、日本語版Short Grit Scale(Grit-S)を用いてグリットを評価しました。Grit-Sは1~5点で評価され、得点が高いほどグリットが高いことを示します。
分析では、研修年次や医学部留年歴、医師国家試験の不合格歴などを考慮し、グリットとGM-ITEの得点との関連を検討しました。
その結果、グリットの得点が1点高いことは、GM-ITEの得点が平均1.03点高いことと関連していました(95%信頼区間:0.61~1.44点)。また、自己学習時間を考慮しても、この関連は認められました(平均差0.73点、95%信頼区間:0.31~1.15点)。
グリットを構成する二つの要素を個別に分析したところ、「粘り強く努力を続ける力」は試験成績と関連していましたが、「興味・関心を持続させる力」については、明確な関連が認められませんでした。
さらに、グリットが高い研修医ほど、日々の自己学習時間が長い傾向も認められました。グリットの得点が1点高い場合、より長い自己学習時間のカテゴリーに属する調整オッズ比は1.98でした(95%信頼区間:1.76~2.23)。
これらの結果は、グリットが医師の学習行動や知識習得と関連していることを示しています。ただし、グリットと試験成績の関連の大きさは比較的小さく、今回の研究は横断研究であるため、グリットが高いことによって試験成績が向上するという因果関係を示したものではありません。
今後の展開
本研究は、医師の学習成果を理解する際に、学力や過去の試験成績といった認知的能力だけでなく、グリットのような非認知能力にも目を向けることの重要性を示しています。
特に、グリットのうち「粘り強く努力を続ける力」が試験成績と関連していたことは、継続的な学習の重要性を考えるうえで興味深い結果です。
一方で、グリットは医師の能力を決定する唯一の要因ではありません。また、本研究結果をもって、グリットの高い人を医学生や研修医の選抜において優先すべきであると結論づけることはできません。
今後は、グリットが研修期間中にどのように変化するのか、また、指導医による支援や学習環境の整備が、研修医の継続的な学習や成長にどのように関わるのかを検討していく必要があります。
医師がそれぞれの特性を生かしながら、継続的に学び成長できる教育環境の構築につながることが期待されます。
用語解説
※1 グリット(Grit)
長期的な目標に向けた情熱と粘り強さを意味する心理学的概念。「粘り強く努力を続ける力」と「興味・関心を持続させる力」の二つの側面から構成される。一般に「やり抜く力」とも呼ばれる。
※2 非認知能力
知識や知能検査の得点などで評価される認知能力とは異なる、意欲、粘り強さ、自己調整能力などの心理的・行動的特性の総称。グリットはその一つとして研究されている。
※3基本的臨床能力評価試験(GM-ITE)
NPO法人日本医療教育プログラム推進機構(JAMEP)が実施する、研修医を対象とした試験。症候学、臨床推論、診察・手技、疾患に関する知識など、基本的な診療能力に必要な知識や判断力を評価する。80問で構成される。
文献情報
論文タイトル
Association between grit and in-training examination scores among Japanese medical residents: a nationwide study
掲載誌
Journal of General Internal Medicine
著者
西澤俊紀、長崎一哉、西﨑祐史、那波伸敏、赤石雄、藤原武男、山脇正永、志水太郎、山本祐、鋪野紀好、小林裕幸、徳田安春
所属
藤田医科大学、東京科学大学、聖路加国際病院、順天堂大学、獨協医科大学、自治医科大学、千葉大学、筑波大学、水戸協同病院、群星沖縄臨床研修センター
共同研究
NPO法人日本医療教育プログラム推進機構(JAMEP)


