プレスリリース

臨床遺伝科 池田真理子准教授、総合医科学研究所 堤真紀子助教らの研究論文が「Brain」に掲載されました

新たなミトコンドリア病とその原因遺伝子を世界で初めて発見

藤田医科大学 池田真理子准教授、堤真紀子助教らのグループはイタリアおよびオランダとの国際共同研究により原因不明の難病患者の遺伝子解析を行いました。この結果、ミトコンドリア病の新規病態を発見し、その原因遺伝子を明らかにしました。これらの成果により、ミトコンドリア病の新たな診断への応用や治療法が開発されることが期待されます。本研究成果は英国科学誌「Brain」オンライン版の2021年4月15日午前00時01分(UTC)に公開されました。

  • ミトコンドリア病の新規病態とその原因遺伝子を世界で初めて発見
  • 遺伝子検査による早期診断が可能
  • 治療法の開発の可能性

背景

ミトコンドリア病は細胞の中でエネルギー産生を行うミトコンドリアの機能が低下することが原因で起こる難病で、けいれんや知能低下などの中枢神経症状、筋力低下、下痢や便秘といった症状を合併する様々な病態があります。ミトコンドリア病の原因はミトコンドリアが持つDNA(ミトコンドリアDNA:mtDNA)の異常によるものと、核遺伝子の変異によるものがあります。ミトコンドリアに異常が生じる臓器により多彩な症状を示すため、診断が困難な症例も少なくなく、これまで明らかにされていない原因遺伝子の存在が示唆されていました。


研究手法・研究成果

ミトコンドリア病に似た、消化管運動障害と神経学的症状が共通する日本、イタリアおよびオランダの3家系の患者について、研究グループは全遺伝子解析を行いました。その結果、これらの3家系にはLIG3という核遺伝子に変異がありました。LIG3遺伝子はLIG3と呼ばれるミトコンドリアで働く唯一のDNAライゲースというタンパク質を作り、mtDNAの修復や複製に関わっています。これらの患者ではLIG3タンパク質の量が低下し、DNAライゲース活性を失っていました。また、患者および健康な人の皮膚から得られた培養細胞に薬剤でストレスを与えたところ、患者のみでmtDNAが複製されなくなることも示されました(図1)。さらに患者のミトコンドリアは量や形態に異常があり(図2)、エネルギーの供給源であるATP産生量の減少などの機能低下が認められました。ゼブラフィッシュモデルを用いた実験でLIG3遺伝子の機能を損なうと、脳が縮小し、消化管のぜん動異常が起こったことから、LIG3の変異が患者で見られる症状を引き起こしていることが証明されました(図3)。以上のように本研究によりLIG3遺伝子がヒトの疾患の原因となっていることが世界で初めて明らかになりました。これらの患者は重度の消化管運動障害と白質脳症、発達遅延などの神経学的異常を持っています。このような病態は大量のエネルギーを必要とする脳や筋肉などでLIG3変異によりmtDNAがうまく修復、複製できず、ミトコンドリアの機能が低下したために現れると考えられます。


<図1>
図1 細胞に薬剤 (EtBr) によるストレスを9日間与えるとmtDNA量が減少する。その後、薬剤を除くと健康な人の細胞ではmtDNAが複製して量が回復するが、患者では複製できないため回復しない。


 
<図2>
図2 (左)患者の筋肉の電子顕微鏡画像。ミトコンドリア(矢印)の多くが形態異常を示し、筋線維の構造にも異常がある。
(右)患者の皮膚から得られた培養細胞ではミトコンドリア(緑色)のネットワークが断片化している。



<図3>
図3 lig3遺伝子が変異したゼブラフィッシュ幼魚では小脳(正常で示す黄色い点線で囲んだ領域)が縮小している。





Graphical abstract エネルギー産生に伴い生じた活性酸素がmtDNAに酸化ダメージを与える。特に脳や筋肉などのエネルギーを大量に必要とする組織ではダメージが著しい。通常はLIG3の働きでmtDNAは修復、複製されるのでミトコンドリアの機能に影響はないが、LIG3が十分に働かない場合にはエネルギー産生に必要な酵素を作ることができず、中枢神経症状や筋力低下などの原因になる。


 

今後の展開

ミトコンドリア病の診断には遺伝子検査が有効です。LIG3遺伝子も含めた遺伝子検査を行うことで、早期の確定診断につながる可能性が上がります。興味深いことに患者の培養細胞に与えるグルタミンの濃度を上げると細胞増殖が改善しました。よってグルタミンの補充が新たな治療法となる可能性があり、ミトコンドリア病の治療法の選択肢が増えることが期待できます。さらに、以上の研究成果は生体内におけるmtDNAの維持に関わる分子メカニズムを解明する基礎研究に役立つと考えられます。

 

用語解説

ミトコンドリア

細胞小器官の1種で細胞内に数百〜数千個存在し、酸素を利用して細胞の活動に必要なエネルギーを産生する。

ミトコンドリア病

ミトコンドリアの機能低下が原因で発症する疾患の総称。脳や筋肉の他、肝臓や腎臓などにも異常が現れることがあり、小児だけでなく成人発症するタイプもある。根本的な治療法はなく、対症療法が行われる。

ミトコンドリアDNA (mtDNA)

ミトコンドリア内に存在するDNAでエネルギー産生などに働く遺伝子を持ち、一つの細胞の中に数百から数千のコピーが存在する。ミトコンドリアに必要な遺伝子全てを持ち合わせているのではなく、核遺伝子が供給するものも多くある。mtDNAの異常もミトコンドリア病の原因となる。


DNAライゲース

DNAの末端同士を連結する酵素。DNAの複製と修復に重要な役割を持っている。


文献情報

雑誌名

BRAIN

論文タイトル

Biallelic variants in LIG3 cause a novel mitochondrial neurogastrointestinal encephalomyopathy

著者

堤真紀子, 加藤武馬, 倉橋浩樹, 池田真理子 他

DOI番号

10.1093/brain/awab056