プレスリリース

皮膚の色素沈着を調節する新たなメカニズムを発見

藤田医科大学メラニン化学研究所の若松一雅名誉教授と伊藤祥輔名誉教授が参画した、マサチューセッツ総合病院(ハーバード・メディカルスクール)Roider博士とFisher教授他による国際共同研究グループは、細胞内ミトコンドリア内膜に存在するニコチンアミドヌクレオチドトランスヒドロゲナーゼ(NNT)※1が皮膚の色素沈着に関与することを発見しました。これまでメラニンを生成する酵素チロシナーゼは、主に遺伝子発現によって調節されると想定されていましたが、本研究によりNNTが皮膚の色素を化学的メカニズムで調節することが明らかになりました。今後、NNTを標的とすることによる紫外線からの保護や肌の黒ずみ(色素沈着障害)、皮膚がんの発症リスクを低減させるための新しいアプローチが期待されます。

本研究成果は、米国Elsevierの学術ジャーナル「セル(Cell)」8月5日号(米国東部標準時間午前11時)に掲載される予定で、それに先駆け2021年7月6日にオンライン版が公開されています。

論文タイトル:
「ニコチンアミドヌクレオチドトランスヒドロゲナーゼ (NNT)はUVBと小眼球症関連転写因子(MITF)に依存しないメカニズム経由で酸化還元依存性色素沈着を仲介する」

研究の概要

紫外線による発がんに対する自然な防御として、ヒトの皮膚の色を暗くする色素沈着メカニズムが存在することが知られていますが、今回、ニコチンアミドヌクレオチドトランスヒドロゲナーゼ(NNT)と呼ばれる酵素が、有害な紫外線から皮膚を保護する色素であるメラニンの生成に重要な役割を果たすことがわかりました。
一般に、メラニン色素は、ヒトに見られる最も一般的な悪性腫瘍である紫外線関連の皮膚がん(メラノーマ)に対して主要な保護をするため、皮膚の色素沈着とその調節は非常に重要です。より濃い肌色の人は、メラニンによる光散乱と抗酸化特性によって、がんを引き起こす紫外線からよりよく保護されますが、一方、色白で明るい肌の人は、皮膚がんを発症するリスクが最も高くなります。酵素チロシナーゼはメラノソーム(細胞内のメラニン合成および貯蔵区画)内のアミノ酸チロシンを酸化してメラニンを生成します。その活性は、主に遺伝子発現によって調節されていると想定されていましたが、生成されるメラニンの量は、大部分が非常に異なる化学的メカニズムによって調節されていました。すなわち、細胞内ミトコンドリア内膜に存在するNNTが皮膚の色素沈着に最終的に関与することがわかりました。今回の研究により、NNTを標的とすることによる皮膚の黒ずみと紫外線からの保護への新しいアプローチへの道を開くことができ、酸化還元代謝が皮膚の色素沈着とどのように相互作用するかという問題に取り組むことが可能になりました。新たに、NNTの小分子阻害剤 (DCC※2や2,3-BD※3)の局所塗布がヒトの皮膚の黒ずみをもたらし、NNT機能が低下したマウスにおいて体毛や皮膚の色素沈着の増加を示したことを発見しました。

本研究では、酸化還元依存性皮膚色素沈着経路の存在の証拠を提示します。確立された古典的なUVB-cAMP※4-MITF※5依存性の日焼け経路とは対照的に、この経路は、UV照射、MITFおよびMITFシグナル伝達効果とは無関係でした。代わりに、活性酸素(ROS)に依存する明確な色素沈着メカニズムが解明され、酸化ストレスがGSH※6、NADPH※7量を変化させ、チロシナーゼタンパク質の安定性、チロシナーゼ関連タンパク質、およびメラノソームの成熟を増加させることにより、メラノサイト起源の細胞の色素沈着にどのように影響するかを示しました。NNT SNPと肌の色の間の関連分析が実行され、肌の色と1つのイントロンSNP※8の間の有意な関連が示されました。紫外線による炎症後の色素沈着過剰の皮膚は、NNTレベルの減少を示し、このメカニズムの臨床的有用性が明確に示されました。

研究成果のポイント

●酸化還元依存性の皮膚色素沈着メカニズムの同定を行った。
●NNTの修飾は、ユビキチン-プロテアソームを介したチロシナーゼ分解に影響を及ぼした。
●NNT量の変化は、メラノソームの成熟を通じて皮膚の色素沈着に影響を与えた。
●ヒト由来のNNTの SNPは、皮膚の色素沈着、日焼け、および日焼け止めの使用に関連していた。

背景

皮膚の色素沈着は、皮膚がんのリスクとビタミンDの生成とのバランスを取るために不可欠です。 紫外線とさまざまな遺伝子の発現は、フェオメラニンとユーメラニンという2型のメラニンのレベルを調節することで肌の色のバランスがとられます。皮膚の色の調節は、医学的および美容上の理由から一般的に望まれています。 しかし、正確な根底にあるメカニズムは不明であり、利用可能な治療法の選択肢はほとんどありません。今回の研究は、ヒトの皮膚の色素沈着、特に酸化還元による色素沈着の変化をよりよく理解することにより、治療オプションの改善•開発を可能にすることを目的としています。NNTは、ミトコンドリア内膜内のNADPH量とミトコンドリアの酸化還元バランスを調節することが知られています。これまで、ヒトメラノサイト、線維芽細胞、ケラチノサイト、およびその他の表皮細胞でNNTの発現は知られていましたが、NNTが皮膚の色素を直接調節しているメカニズムに関与しているという報告はありませんでした。この研究では、NNTが有害な紫外線から皮膚を保護する色素であるユーメラニンの生成に重要な役割を果たすことがわかりました。局所薬や軟膏によるNNT活性の阻害は、皮膚の色を黒化することにより、本研究で提示されたように皮膚がんのリスクを減らす可能性があります。

研究手法・研究成果

1.NNTは細胞内酸化還元レベルを変化させることにより色素沈着の調節を可能にする

ヒの色素沈着の増加が見られました。マウス体毛のメラニンの測定は、C57BL/6NJマウスと比較してC57BL/6Jマウスではフェオメラニンではなく、ユーメラニンの増加を示しました。
UACC257細胞でのNNTの過剰発現は、GSH/GSSG比を増加させ、NADP/NADPH比を減少させました。この結果は、NNTが酸化還元依存性メカニズムを介して色素沈着に影響を与えることを示唆しています。

2.局所NNT阻害剤は色素沈着を増加させる

現在、ヒトの皮膚の色素沈着を変えることが出来る局所薬はごくわずかです。臨床使用に利用できる局所皮膚暗色剤はありません。今回、NNT阻害剤であるDCCと2,3-BD用いて、色白のヒトの皮膚への効果を調べました。その結果、DCCと2,3-BDは色素沈着を強く誘導しました。

3.NNTの枯渇は、古典的なcAMP-MITF色素沈着経路とは無関係に色素沈着を促進する

NNTノックダウン後の色素沈着過剰の根底にあるメカニズムを解明するために、UACC257細胞の主要なメラニン生合成因子に対するその影響を調べました。NNTノックダウンにより、メラニン生合成酵素であるチロシナーゼ、TYRP1※10、およびTRP2※11/DCT※12のレベルは有意に増加しました。MITFは、これらの酵素の主な調節因子であり、メラニン形成の主な調節因子であるため、MITFタンパク質レベルとその転写活性を測定しました。NNTをサイレンシングすると、MITFタンパク質レベルもmRNAレベルも大幅に変化しませんでした。これは、NNTがmRNAレベルに影響を与えることなく、チロシナーゼ、TRP2/DCTおよびTYRP1タンパク質レベルに影響を与える可能性があることを示唆しています。cAMPはUV誘発性皮膚色素沈着(古典的なcAMP-MITF色素沈着過程)の重要なメッセンジャーであるため、siControlに対してsiNNTをトランスフェクトしたUACC257細胞での基準となるcAMP量は、siNNTの影響を受けないことがわかりました。これらのデータは、以前に確立されたc-AMP-MITF依存性色素沈着経路とは独立したNNT依存性色素沈着メカニズムの存在を示しています。

4.NNTの遺伝的変異と多様なヒト皮膚の色素沈着の変化とその統計的関連母集団コホート遺伝的関連

NNTがヒトの正常な色素沈着の変化に役割を果たすかどうかを調査するために、1.1 MbのNNT遺伝子領域内の色素沈着と遺伝的変異との関連を調べました。

4つの多様な集団コホートで実施されたゲノムワイド関連研究(GWAS)が実行されました。変異体は、世界中のすべての集団に存在し、代替対立遺伝子はアフリカ人で最も頻度が高く、より暗い肌の色に関連していました。最も強い関連性は、イントロンバリアントrs561686035で観察されました。皮膚の日焼けのしやすさとも有意な関連を示し、マイナーアレルであるイントロンSNPrs62367652は日焼けの増加に関連しています。

今後の展開

MITFは多くのメラノサイトの機能に関与する転写因子であるため、NNTによる阻害を介して色素沈着を一時的に行うことは、色素沈着障害や皮膚がん予防などに応用できる可能性のある、明確で潜在的に相補うアプローチです。即時および持続的な色素黒ずみなどの他の色素沈着経路の相互作用を評価し、局所NNT修飾因子の安全性、浸透、および有効性を理解することは、将来の臨床研究を設定する上で価値があるものと考えられます。今後の包括的な目標は、皮膚がんの予防戦略を改善し、色素性疾患に苦しむ何百万人もの人々に効果的な新しい治療オプションを提供することです。

用語解説

※1 NNT:ミトコンドリアの内膜に存在するβ-ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドNAD(H)とβ-ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド2’-リン酸NADP(+)の間の水素化物移動によりミトコンドリアの酸化還元の均衡レベルを調節する酵素で、ミトコンドリア内のNADPH濃度を増加させ、細胞内の活性酸素種を減少させることが報告されている。
※2 DCC:ジシクロヘキシルカルボジイミド
※3 2,3-BD:2,3-ブタンジオン
※4 cAMP:環状アデノシン一リン酸
※5 MITF:小眼球症関連転写因子
※6 GSH:グルタチオン
※7 NADPH:ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸
※8 SNP:ある生物種集団のゲノム塩基配列中に一塩基が変異した多様性が見られ、その変異が集団内で1%以上の頻度で見られる時、これを一塩基多型、SNP (Single Nucleotide Polymorphism)と呼ぶ。
※9 siRNA:低分子干渉RNA のこと。相補的な配列をもつmRNAを標的として結合し、標的遺伝子の発現を抑制する機能をもつ、長さ20塩基程度の小さな2本鎖RNA。21-23塩基対から成る低分子二本鎖RNA
※10 TYRP1:チロシナーゼ関連タンパク質1
※11 TRP2:チロシナーゼ関連タンパク質2
※12 DCT:ドーパクロームトートメラーゼ

文献情報

Allouche, J et al., NNT mediates redox-dependent pigmentation via a UVB- and MITF-independent mechanism. Cell, 2021. https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.06.022.