プレスリリース

血液疾患治療中・治療後の患者の一部で、 新型コロナワクチン接種後の 抗体獲得が困難であることを確認しました

藤田医科大学医学部血液内科学の岡本晃直講師、冨田章裕主任教授、大学院保健学研究科藤垣英嗣准教授、齋藤邦明教授らを中心とした多施設共同研究グループは、血液疾患患者を対象に新型コロナウイルスワクチン接種後の抗体価の推移について解析を行い、中でも悪性リンパ腫治療中もしくは治療終了後数カ月までの患者における抗体の獲得が特に不良であることを確認しました。がん患者においてワクチン接種後の抗体獲得が不良となる可能性については、これまでも海外の報告から指摘されていますが、本研究では日本におけるワクチン接種後の抗体獲得についての実情を、臨床研究を実施して明らかにしました。
これらの研究成果により、血液疾患患者の一部、とくにリンパ腫治療実施中もしくは終了後まもない患者に対しては、ワクチン接種後も油断をせず、これまでと同様に感染予防に努めること、それと同時に患者に寄り添うご家族などがワクチン接種を受けるなどして、患者の感染予防のサポートをしていただくこと、などが重要であると考えます。さらに抗体獲得ができない可能性が高い患者においては、リスクに応じた重症化抑制を目指した対策の検討が望まれます。本研究成果は、米国科学雑誌Blood Advances誌、2022年1月13日(現地時間)オンライン版で公開されました。

※悪性リンパ腫
血液悪性腫瘍のなかで、最も罹患頻度の高い疾患。従来の抗がん剤ほか、モノクローナル抗体治療薬、その他の分子標的治療薬などで治療を行う。

研究成果のポイント

(1)日本の血液疾患患者において、新型コロナワクチン接種後に抗体を獲得した患者の割合は健常者に比べて低く、獲得抗体価も低い傾向であることを確認しました。
(2)特に、リンパ腫治療中および治療後まもない患者では、ワクチン接種後の抗体獲得が困難であることを確認しました。
(3)リンパ腫治療中および治療後の患者において、ワクチン接種後の抗体獲得に関与する検査値を同定しました。
(4)血液疾患患者の一部、特にリンパ腫治療中や治療後まもない患者については、ご家族など周囲も含めた感染対策のほか、感染早期の治療開始が重要と考えられます。

研究の手法と成果の概要

本学および岐阜市民病院、安城更生病院において、研究参加に文書による同意をいただいた血液疾患患者263名※a、および健常人ボランティア41名において、新型コロナウイルスワクチン接種前後に採血を行い、抗体価の変化を比較しました。
健常者では、2回目接種後に全ての方(100%)において抗体価の上昇を確認しました(いずれも20 U/mL以上)。一方、血液疾患患者においては、リンパ系腫瘍、骨髄系腫瘍、良性疾患患者のいずれの群においても抗体獲得※bを認めた割合が低い傾向にありました(図1、図2)。特にリンパ腫治療中※cの患者(51名)では、2回目接種後に抗体価の上昇(20 U/mL以上)を認めたのは1名のみ(2.0%)と、特に抗体獲得割合が低いことを確認しました(図3)。また、治療実施中のリンパ腫患者、および治療終了から3カ月〜1年半以上経過したリンパ腫患者について同様の検討を行ったところ、治療終了後9カ月以上経過した患者において、徐々に抗体獲得が可能となる傾向が確認されました(図4)。また、ワクチン接種前にそれぞれの患者において血液検査を行い、身体がどのような状況であれば抗体が獲得されるのか、種々の検査値と獲得抗体価との関連を検討し、血液中のCD19※d陽性細胞(Bリンパ球)数、CD4※d陽性細胞(CD4陽性Tリンパ球)数、および血清免疫グロブリンM(IgM)値が、抗体獲得に重要であることを確認しました(図5)。

※aリンパ系腫瘍(悪性リンパ腫など)、骨髄系腫瘍(慢性・急性骨髄性白血病など)、血液良性疾患(特発性血小板減少性紫斑病など)の各患者を含みます。詳細な内訳は図2をご参照ください

※b獲得抗体価の基準を20 U/mLとし、これ以上の獲得抗体価であった場合を正常な抗体価獲得(陽性)としました

※cリンパ腫治療中の患者とは、接種時にリンパ腫に対する治療を行っていた、もしくは治療薬の最終投与から6カ月以内にワクチン接種を受けた患者を含みます

※d 血液細胞の表面に発現している蛋白質(分化関連抗原)には番号がつけられています。CD19は、リンパ球の中でもB細胞に発現を認め、CD4はリンパ球の中のT細胞の一部に発現を認めます。末梢血中のCD19陽性細胞はB細胞を、CD4陽性細胞はCD4陽性T細胞を示します。

研究の方法

抗体価測定のための採血は、ワクチン接種前、1回目接種後7-21日後、2回目接種後約14-28日後に行いました。抗体価測定試薬はアキュラシード COVID-19抗体(富士フイルム和光純薬株式会社)を用いました。また、ワクチン接種前の末梢血を用いて、血球の数や種類、免疫グロブリン(IgG, IgA, IgM)などの値を測定し、抗体価の上昇との関連性を検討し、ワクチン接種によって抗体価上昇が得られるかどうかをあらかじめ推測できる検査値の同定を試みました。

結果

(1)血液疾患患者におけるワクチン接種後の抗体価上昇は、健常人に比べ低い傾向にあります
図1、図2で示した通り、健常者における抗体獲得陽性者(20 U/mL以上)は100%であったのに対し、骨髄系腫瘍では67.3%, リンパ系腫瘍では45.5%、良性疾患では65.8%と、いずれも低い傾向でした(表1)。獲得抗体価の中央値も、それぞれの群で80.7 U/mL, 12.0 U/mL, 57.6 U/mLと、健常者の105.6 U/mLに比べ低い傾向が確認されました(表1)。

(2)血液疾患ごとに抗体獲得患者の割合には違いがあり、また同じ疾患の患者のなかでも獲得抗体価には個人差があります(図2)
抗体獲得の状況には、病型のみならず、個々の患者における病気の状態や治療種類や実施時期なども影響を与えていることが推測されます。それぞれの疾患において実施されていた治療法、薬剤について、表2に示します。

(3)リンパ腫治療中の患者におけるワクチン接種後の抗体獲得は極めて不良です
健常者では2回目接種後に全ての方(100%)で抗体価は上昇しました(中央値105.6 U/mL、全ての方で20 U/mL以上)。一方、リンパ腫治療中の患者(51名)では、2回目接種後に20 U/mL以上に獲得抗体価が上昇した患者は1名のみでした(中央値 0.0 U/mL)(図3、表3)。リンパ腫治療中の51名のうち、B細胞リンパ系腫瘍患者は46例で、その全てにおいて抗体価の20 U/mL以上の獲得が確認されませんでした。治療薬の内訳を表4に示します。B細胞リンパ系腫瘍に使用される抗CD20抗体治療薬(リツキシマブ、オビヌツズマブ)は、39名に使用されていました。

(4)抗CD20抗体治療薬を含む治療を実施中、実施後のリンパ系腫瘍患者では、時間経過とともに抗体獲得する機能が徐々に回復します
抗CD20抗体治療薬を含む治療を実施した患者は、投与終了後9カ月までは抗体獲得が困難であることが推測され、またそれ以上経過した患者においても、抗体獲得が困難である例が存在することがわかりました(図4)。このことは、疾患や治療薬の種類のみならず、それぞれの患者の身体の状況によって反応性が異なることを意味しており、臨床現場においても注意を要する所見と考えられました。


(5)抗CD20抗体治療薬を含む治療を実施中、実施後の患者において、末梢血中のCD19陽性細胞数はワクチン接種後の抗体価の上昇に有意に相関します
今回の研究では、ワクチン接種前の患者の末梢血の採血を行い、接種後の獲得抗体価との関連性を検討したところ、末梢血CD19陽性細胞数は、抗体獲得と特に有意な相関が認められることが確認されました(図5)。また、その他CD4陽性細胞数やIgMの値も、抗体獲得と有意な相関を認めることが確認されました。
抗CD20抗体治療薬を含む治療を実施中もしくは実施直後の患者における抗体獲得割合が極めて低いことを今回の研究で示してきましたが、これらの値を接種前に測定することで、ワクチン接種の効果を予め推測できる可能性が高く、臨床現場における接種の適応を考える上で有用な情報となることが予想されます。末梢血中のCD19陽性細胞とは、白血球の中のBリンパ球を指します。Bリンパ球は、外敵(異物)から身を守るための免疫反応に重要な細胞であり、形質細胞に分化して抗体を産生する機能を持っています。そのため、CD19陽性細胞数が少ない場合に、ワクチン接種による抗体獲得能力が低いという結果は、理にかなっていると考えられます。

今後の展開

今回の研究の結果、血液疾患患者、特に抗CD20抗体治療薬を含む治療の実施中や実施後まもないB細胞リンパ系腫瘍患者において、新型コロナワクチン接種後の抗体獲得が不良であることを臨床研究で確認しました。測定したIgG抗体は、ウイルスの感染や増殖を抑制する中和活性と高い相関があるため、抗体獲得が十分ではない患者においては、ワクチンの効果が十分に得られにくい可能性を示しています。ただし、新型コロナウイルス感染症の発症や感染してからの生体の反応は、獲得した抗体の効果だけではなく、細胞性免疫などその他の免疫機構によっても影響を受けると考えられます。そのため、抗体価の低下がどの程度ワクチンの発症予防効果、重症化予防効果などの低下を示しているかは今後も研究が必要と考えられます。
本研究結果を踏まえて、血液疾患患者、特にリンパ腫治療を実施中、実施直後の患者については、以下の点に注意が必要と考えられます。

1)ワクチン接種後であっても抗体が獲得されない場合があるため、接種後も油断せず、これまで通りマスク着用、手洗い、消毒などの感染予防対策を継続していただくこと
2)患者のご家族など周りでサポート頂く方については、患者が抗体を獲得していない可能性を考え、感染予防対策を実施頂くことや、ご自身がワクチン接種をすることなどで、患者への感染の可能性をできる限り減らす配慮をしていただくこと

また、本研究において、ワクチン接種の効果を予測する血液検査値の候補も挙げられたことから、今後どの患者においてワクチン接種を実施するかを考慮する場合に、一つの参考情報となればと考えます。また、ワクチン接種の効果が不十分である患者を認識することは、抗新型コロナウイルス薬や抗体治療薬を、どの患者に対してどのタイミングで使用するかについて、より実質的な治療戦略を考えていく上で重要な情報となると考えられます。

謝辞

本研究にご協力いただきました患者さま、そのご家族の方々に、心より感謝を申し上げます。

参考論文

CD19-positive lymphocyte count is critical for acquisition of anti-SARS-CoV-2 IgG after vaccination in B-cell lymphoma.
Okamoto A, Fujigaki H, Iriyama C, Goto N, Yamamoto H, Mihara K, Inaguma Y, Miura Y, Furukawa K, Yamamoto Y, Akatsuka Y, Kasahara S, Miyao K, Tokuda M, Sato S, Mizutani Y, Osawa M, Hattori K, Iba S, Kajiya R, Okamoto M, Saito K, Tomita A. Blood Adv. 2022 Jan 13:bloodadvances.2021006302. doi: 10.1182/bloodadvances.2021006302. Online ahead of print.