プレスリリース

医学部衛生学 大神信孝教授らの研究成果が国際誌「European Heart Journal Open」に掲載されました

魚の過剰な摂取がもたらす
血液中ヒ素増加と高血圧のリスク
 

ポイント

  • 血液中のヒ素の量が多い人は、高血圧になりやすいことがわかりました。
  • 毎日魚を食べると、血液のヒ素が増えて、高血圧になりやすくなる可能性があります。
  • 魚には健康によい栄養素も多く含まれるため、摂取の方法や頻度には慎重な検討が必要です。

要旨

名古屋大学大学院医学系研究科環境労働衛生学分野の香川匠 大学院生・田崎啓 講師・加藤昌志 教授(責任著者)と予防医学分野の田村高志 講師・若井建志 教授、藤田医科大学医学部衛生学の大神信孝 教授・Tingchao He 助手等の研究グループは、食生活・血液中のヒ素・高血圧の関係について新たな知見を報告しました。
「今日の食事は何にしよう?」と考えるとき、魚を選ぶ方も多いのではないでしょうか。魚は美味しいだけでなく、栄養面でも私たちの食卓で欠かせない存在です。魚にはビタミンやオメガ3 脂肪酸(DHA やEPAEPA)など、美容や健康をサポートする成分が豊富に含まれています。そんな栄養満点の魚ですが、実はヒ素という元素が多く含まれていることが知られています。ヒ素には、人体に有害なものと無害なものがあり、長らく魚に含まれるヒ素は無害であると考えられてきました。しかし、実際に、どのくらいの頻度で魚を摂取すると、どのようにそのヒ素が健康に影響するのかについては、十分に解明されていませんでした。
本研究グループは、魚の摂取頻度・空腹時における血液中のヒ素濃度・高血圧の関係性を調べる研究を実施しました。日本に住む2,709 人の一般成人を対象として調査を行った結果、血液中のヒ素レベルが高い人ほど高血圧のリスクが増加することが確認されました。さらに、血液中のヒ素の増加には、魚を頻回に食べることが関係している可能性が示されました。1 日に1 回以上魚を食べる人は、血液中のヒ素濃度が高まり、高血圧になるリスクが上がる可能性があります。この対策として、名古屋大学大学院医学系研究科環境労働衛生学教室では、ヒ素を吸着できる食器(ドクター食器®️)の開発にも取り組んでいます。
本研究グループの研究結果は、魚好きで知られる日本の住民が、1 日に1 回以上のペースで魚を食べ過ぎてしまうと、ヒ素を介して健康に影響する可能性があることを示しています。一方、魚にはヒ素以外の健康に良い成分も豊富に含まれていることは間違いありませんので、結局、「色々な食品を組み合わせてバランスの良い食事を摂ることが健康に良い」ということになるのだと考えています。
本研究の成果は、国際誌「European Heart Journal Open」(2023 年9 月4日付)の電子版に掲載されました。

背景

ヒ素は代表的な有害元素であり、人々の健康に様々な悪影響を与えることが知られています。近年の動物を用いた研究において、ヒ素が血管内皮細胞に障害を与えることで、高血圧を引き起こす可能性が示唆されています。しかし、血管と直接作用する血清中のヒ素レベルと高血圧有病率の関係性に関してヒトにおける十分なエビデンスはありません。日本を含む先進国の一般住民は、食品の摂取を介して低濃度のヒ素にさらされています。しかし、血清中のヒ素レベルの上昇に寄与する食生活が、高血圧リスクと関連しているかは不明でした。本研究では日本の一般住民を対象に、各種食品の摂取頻度、血清中のヒ素濃度、および高血圧有病率との関連を検討しました。

研究成果

本研究では、日本多施設共同コーホート研究(J-MICC 研究)の第二次調査の参加者2,709人を研究対象としました。はじめに、血清中の総ヒ素濃度と高血圧有病率との関係性を多変量ロジスティック回帰分析*1で解析したところ、血清ヒ素濃度の増加に伴うオッズ比*2の上昇が認められました(図1)。
次に、食事摂取頻度調査票*3から得られた情報をもとに、6つのカテゴリーに分けた食品群の摂取頻度と、血清中のヒ素レベルとの関連性を調べました。その結果、魚介類の摂取頻度が血清中のヒ素レベル増加に最も寄与することがわかりました(図2AB)。





さらに、魚介類の各種品目の摂取頻度と高血圧有病率との関連性を解析したところ、1日1回以上の頻度で魚肉を食べる集団では、高血圧リスクが増加する可能性が示されました(図3A)。また、媒介分析*4により、高頻度の魚肉摂取が血清中のヒ素レベルを上昇させることで、高血圧のリスク増加に寄与する可能性が示されました(図3B)。ヒトで得られた知見を検証する目的で、一般に流通している魚肉に含まれるヒ素をマウスに投与したところ、血清中ヒ素濃度の増加と収縮期血圧の上昇が確認されました。

これらの結果より、血清中のヒ素濃度の増加が高血圧のリスク因子となることが示され、さらに、高い頻度で魚肉を摂取することが血液中のヒ素濃度の増加に潜在的に関与していることが示唆されました。

本研究において、日本住民のヒ素濃度は、他国での報告と比較して、特別に高いわけではありません。魚肉摂取は、今や世界のトレンドになっていることを考えますと、魚肉の過剰摂取による血清ヒ素濃度上昇を介した高血圧リスクの上昇は、日本以外の国でも起こりうるかもしれません。

今後の展開

本研究では、ヒ素によって生じる健康リスクにおいて、高頻度の魚肉摂取が間接的に影響していることが示されました。魚肉にはヒ素以外にも、ビタミン、ミネラル、オメガ3脂肪酸などの健康に良い栄養素が豊富に含まれています。しかし、体に良い栄養素の効果とヒ素による悪影響がどのように関係しているかはまだ明らかになっておりません。今後、魚肉の摂りすぎによる健康問題のリスクを懸念しつつ、体に良い効果が期待できる食生活についてより深く検討する必要があると考えています。

本研究は科研費(19H01147, 17KT0033, 20H03929, 20K21708, 22KK0145, 22J22680)および名古屋大学卓越大学院プログラム(CIBoG)の支援のもとで行われたものです。


用語説明 

*1 ロジスティック回帰分析

ある事象(疾患や曝露の有無)と特定のリスク因子との関連性を評価するための統計的手法の一つです。リスク因子がある事象が生じるリスクを増加または減少させるかどうかの相対的な指標であるオッズ比を算出することができます。

*2 オッズ比

疾患へのかかりやすさなど、ある事象の起こりやすさを2群間で比較して示す統計学的な尺度のこと。オッズ比が1とは、事象の起こりやすさが両群で同じということであり、1より大きいあるいは小さいとは、どちらかの群でより起こりやすいことを意味する。

*3 食事摂取頻度調査票

特定の食品項目(例:ご飯、パン、大豆、肉、魚肉など)が一覧になっており、研究参加者がそれぞれの食品や飲み物をどのくらいの頻度で摂取するかを選択肢から回答するアンケート。食生活に関連する研究や健康・栄養調査で広く利用されています。

*4 媒介分析

媒介分析は、独立変数と従属変数の間に関係がある場合に、その関係が媒介因子(中間変数)を介してどのように影響されるかを検討する統計的手法です。例えば、あるリスク因子と疾患との関係性を考えた際、リスク因子が疾患に直接的な影響を及ぼすのか、またはある因子の変化を介して間接的に影響を及ぼすかどうかを明らかにすることができます。媒介分析を用いることで、因果関係のメカニズムをより深く理解し、介在する因子の重要性を評価することが可能となります。

※「ドクター食器®️」は国立大学法人東海国立大学機構の登録商標です。

論文情報  

雑誌名

European Heart Journal Open

論文タイトル

Elevated arsenic level in fasting serum via ingestion of fish meat increased the risk of hypertension in humans and mice

著者名・所属名

Takumi Kagawaa,d, Nobutaka Ohgamia,d,e, Tingchao Hea,d,e,
Akira Tazakia,d, Shoko Ohnumad, Hisao Naitoa, Ichiro Yajimaa,d,
Dijie Chena,d, Yuqi Denga,d,e, Takashi Tamurab, Takaaki Kondoc,
Kenji Wakaib, Masashi Katoa,d,*
Departments of aOccupational and Environmental Health, bPreventive Medicine and cPathophysiological Laboratory Sciences, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan. dVoluntary Body for International Health Care in Universities, Aichi, Japan. eDepartment of Hygiene, Fujita Heath University, School of Medicine, Toyoake, Aichi, Japan.

DOI

10.1093/ehjopen/oead074