プレスリリース

医学部情報生命科学 国田勝行講師らの研究成果が国際自然科学誌「Scientific Reports(サイエンティフィック・リポーツ)」に掲載されました

微生物とコンピュータが協力するハイブリッドな
バイオプロセス制御システムを開発
~医薬品、食品、化学材料などの有用物質生産への応用に期待~
 
藤田医科大学(愛知県豊明市)医学部情報生命科学の国田勝行講師(兼:精神・神経病態解明センター計算科学部門)、九州大学(福岡県福岡市)農学研究院資源生物科学部門の花井泰三教授、奈良先端科学技術大学院大学(奈良県生駒市)データ駆動型サイエンス創造センターの作村諭一教授(兼:先端科学技術研究科バイオサイエンス領域)らの研究グループは、コンピュータと微生物が互いに協力してバイオプロセスを制御する新しい制御システムを考案し、その有効性をシミュレーションで実証することに成功しました。
バイオプロセスとは、細菌や酵母などの生きた微生物を利用して、医薬品、食品、化学材料などの有用な物質を生産するための産業技術です。生産物の収量を左右する鍵となるのは、微生物のエサとなる糖や、微生物に特定の遺伝子の発現を促す物質(誘導剤)を与える量とタイミングです。こうした「入力」を最適化※1するために、微生物のふるまいを予測する数理モデル※2を利用する手法が実用されています。しかし、モデルの予測に誤差があると、それを用いて最適化された入力に狂いが生じ、結果として生産物の収量が減ってしまうという問題があります。本研究で提案した制御システムでは、大腸菌に人工的な遺伝子回路を組み込むことで、モデル誤差による入力の「狂い」を自律的に補正する機能を持たせました。これはコンピュータが数理モデルを用いてバイオプロセスの全体を計画し、大腸菌がモデル誤差を補正する相互補完的なシステムです。この新しいアプローチは、バイオプロセスにおける数理モデルの応用をさらに加速させると期待されます。本研究成果は、国際自然科学誌「Scientific Reports(サイエンティフィック・リポーツ)」の2023年9月4日午前10時(BST)オンライン版に公開されました。

研究成果のポイント

  • バイオプロセス制御におけるモデル誤差の問題を解決するために、モデル・ベースド最適化と人工遺伝子回路※3によるフィードバック制御※4を組み合わせたハイブリッドな制御システムを考案しました。
  • ケーススタディとして、細胞数を感知して自ら増殖を停止する人工大腸菌株に着目しました。この株の数理モデルを新たに構築し、ハイブリッド制御システムを設計しました。
  • 意図的にモデル誤差を加えたシミュレーションにおいて、設計したハイブリッド制御システムが、モデル誤差による生産物収量の減少を抑制できることが実証されました。

背景

細菌や酵母などの生きた微生物を利用して、医薬品、食品、化学材料などの有用な物質を生産するための産業技術をバイオプロセスと呼びます。バイオプロセスのひとつの目標は、微生物のふるまいを制御し、より効率よく目的の生産物を作り出すことです。そのためのアプローチは2つに大別されます。ひとつは微生物の数理モデルを使った方法です。微生物のふるまいは、エサとなる糖や、特定の遺伝子の発現を促す物質(誘導剤)を与える量やタイミングに依存します。こうした入力に対する微生物のふるまいを数理モデルを使って予測することで、最適な入力を事前に決めることができます。この方法は産業的に用いられていますが、問題点は、モデルの予測と実際の微生物のふるまいが乖離した場合、事前に決めた入力が最適ではなくなり、生産物の収量が減少してしまうことです。もうひとつのアプローチは、微生物に人工的な遺伝子回路を組み込んで、自分自身をフィードバック制御させる方法です。細胞の中のRNAや酵素など、人工のセンサーで検出が難しいものを感知できる点が特長ですが、生産物収量を最大化するような高度な制御は難しいという欠点があります。これら2つのアプローチは互いの弱点を補い合う関係にあります。そこで、本研究ではこれらを組み合わせたハイブリッドな制御システムを提案し、モデル誤差がある場合でも生産物収量の減少が抑えられることをシミュレーションで示しました。

研究手法・研究成果

提案した制御システムの実証のために、本研究では花井教授らが以前に開発したイソプロパノール※5を生産する大腸菌株に着目しました。この株には、細胞密度センサーと代謝スイッチという2つの遺伝子回路からなるフィードバック制御器が組み込まれています(図1)。増殖によって細胞密度が一定のレベルに達すると、細胞密度センサーが応答し、代謝スイッチを切り替えます。すると代謝スイッチは増殖を停止させ、代わりにイソプロパノールの合成を開始します。これにより、大腸菌が取り込んだ栄養を、細胞増殖とイソプロパノールの合成とに意図的に割り振ることができます。さらに、細胞密度センサーの感度は、大腸菌に与える誘導剤の濃度で調整できます。
研究グループはまず、さまざまな誘導剤濃度に対する大腸菌のふるまいを予測する数理モデルを構築しました。そしてそれを使って誘導剤の濃度を最適化するプログラムを作成することで、ハイブリッドな制御システムを構成しました。これにより、細胞増殖とイソプロパノール合成に充てる栄養のバランスをとり、イソプロパノールの生産量を最大化することが可能になります。
次に、ハイブリッド制御システムが、数理モデルの誤差に対して堅牢であることを示すために、シミュレーション上でイソプロパノールの生産量を評価しました。シミュレーションでは、制御システムに「試練」を与えるために、大腸菌が数理モデルによる予測よりも速く、あるいは遅く増殖するような「外乱」を加えました。誘導剤の濃度、すなわち細胞密度センサーの感度は細胞の増殖速度を考慮して最適化されているので、その予測が外れることは最終的なイソプロパノールの生産量に致命的な影響を与える可能性があります。それにも関わらず、シミュレーションの結果、細胞密度センサーが細胞の「真の」密度を感知し、代謝スイッチの切り替えタイミングを自ら修正することで、イソプロパノール生産量の減少を抑えることができました。

(図1)提案したハイブリッド制御システムの模式図。
生産物の収量を最大化するために、コンピュータは数理モデルを使って最適な大腸菌のふるまいを計画し、誘導剤を使って大腸菌に伝える。大腸菌は、モデル誤差による計画の乱れを、人工遺伝子回路によるフィードバック制御により補正する。 

今後の展開

本研究で提案・実証されたハイブリッドな制御システムは、さまざまな人工遺伝子回路を用いたフィードバック制御に応用可能です。特に、細胞内の代謝物を感知する人工遺伝子を利用してこのハイブリッド制御システムを構築することで、数理モデルに基づく高度な制御に、センサーや生化学分析では実現の難しい柔軟さと堅牢さをもたらすことができると期待できます。


用語解説

※1 (入力)最適化

入力によって結果が変わる何らかの現象に対して、数理モデルを使って、与えられた制約条件のもとで、最も好ましい結果をもたらす入力を見つける手法。

※2 (生物の)数理モデル

生物の特定のふるまいを数値化し、その数値を数式で近似することで、コンピュータ上でそのふるまいを再現(シミュレート)できるようにしたもの。

※3 人工遺伝子回路

さまざまな生物から得られた遺伝子を、対象の生物に組み込んだ際に特定の機能を発揮するように組み合わせたもの。

※4 フィードバック制御

制御方式の一種で、出力を入力側に送り返して適切な値になるように出力を制御するもの。

※5 イソプロパノール

プラスチックの一種、ポリプロピレンの原料となるアルコールで、その生産方法については石油化学プロセスからバイオプロセスへの転換が期待されている。


文献情報

論文タイトル

A hybrid in silico/ in‑cell controller for microbial bioprocesses with process‑model mismatch

著者

大久保智樹1, 相馬悠希2, 作村諭一1,3, 花井泰三2, 国田勝行1,4

所属

1. 奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科バイオサイエンス領域
2. 九州大学農学研究院資源生物科学部門
3. 奈良先端科学技術大学院大学データ駆動型サイエンス創造センター
4. 藤田医科大学医学部情報生命科学

DOI

10.1038/s41598-023-40469-y