プレスリリース

アルツハイマー病の発症前に 脳の異常を検出する新たな⽅法を開発

 ~VR ゴーグルを⽤いて⾝体に負担を与えず、低コストで実施可能~

ポイント

  • アルツハイマー病の根本治療薬の出現により認知機能検査に異常が出現する前のアルツハイマー病超早期の診断法開発が求められています。
  • 本研究では最初期病変が起こる嗅内野※1に注⽬し、その機能の⼀つであるグリッド細胞の活動をVR ゴーグルを⽤いて経路統合能のエラー距離として測定する⽅法を開発し、エラー距離が20〜90 歳代の記憶に障害を持たない被験者の閾値を超える割合は剖検脳を⽤いた横断研究で報告された嗅内野病変を持つ⼈の割合と⼀致することを⽰しました。
  • モデル動物を⽤いた実験で、嗅内野にリン酸化タウ蓄積を⽰すマウスでは空間記憶に障害を⽰さず、経路統合能低下が引き起こされることを確認しました。
  • 今回開発したVR ゴーグルを⽤いた⽅法で安価で簡便に脳の機能的スクリーニングを⾏うことが期待できます。さらに⾎液検査等で脳内の⽣化学的変化を加えることで精度良くアルツハイマー病発症に⾄る超早期の脳の状態を知ることが可能になると考えられます。このことは、治療のみならず、予防にも役⽴つ可能性があります。

研究の概要

学習院⼤学⼤学院⾃然科学研究科の⼤学院⽣ ⼩池⼒さん、添⽥義⾏助教、髙島明彦教授、藤⽥医科⼤学脳神経内科学の渡辺宏久教授、滋賀医科⼤学の⽯垣診祐教授、藤岡祐介助教、東京⼤学の内⽥和幸教授、チェンバーズ ジェームズ助教、⼤学院⽣ ⾼市雄太さんからなる研究チームが、アルツハイマー病の発症前にVR ゴーグルを⽤いて脳の異常を検出する新たな⽅法の開発に成功しました。
アルツハイマー病は早期に発⾒すれば、予防や治療の効果が⾼まる可能性があります。しかし現在の診断法では、症状が現れる前にアルツハイマー病を検出することは困難です。
今回、研究チームはVR ゴーグルを⽤いて、脳の空間認知機能である経路統合能※2を測定する⽅法を開発しました。本研究では、VR ゴーグルを⽤いたナビゲーション機能を測定することでアルツハイマー病に⾄る最初の病変である嗅内野の神経原線維変化※3を検出することに成功しました。この⽅法により安価で⾮侵襲的、簡便に脳の状態を知ることができ、ヒトにおけるアルツハイマー病の予防や治療に役⽴てることが期待されます。 
本研究成果は2024 年2 ⽉12 ⽇(⽇本時間9 時1 分)に国際学術誌Brain. Communicationのオンライン版に掲載されます。本研究は、AMEDの課題番号JP15km0908001、JSPSの新学術“Singularity Biology (No. 8007)” (18H05414)の⽀援を受けて⾏われました。また、本発表は学習院⼤学グランドデザイン2039「国際学術誌論⽂掲載補助事業」より掲載費の助成を受けています。

研究の内容

今回、アルツハイマー病の認知症発症に関係すると考えられているタンパク質「リン酸化タウ」の嗅内野における蓄積と、脳の空間認知機能「経路統合能」の低下との関係を調べました。経路統合能とは、⾃分の移動した距離や⽅向を記憶し、出発地点や⽬的地点へ戻る能⼒のことです。この能⼒は、脳の側頭葉内側にある「嗅内野」という部位が担っています。
研究チームは、VR ゴーグルを⽤いて経路統合能を測定する⽅法を開発しました。被験者は、VRゴーグルで⾒える仮想空間で三⾓形の経路を歩き、その後にスタート地点へ戻るように指⽰されます。このとき、被験者が歩いた距離や⽅向を正確に判断できるかどうかを評価しました。
その結果、経路統合能が低下している各年齢群の被験者の割合が嗅内野に神経原線維変化が出現している⼈の割合と⼀致することが分かりました。さらに、マウスモデルを⽤いた研究ではリン酸化タウが嗅内野に蓄積したマウスでは、経路統合能が低下することが⽰され、嗅内野における神経原線維変化と経路統合能低下の関係を確認しました。経路統合能の異常は、アルツハイマー病の最初の兆候であると考えられます。

図 VR ゴーグルを⽤いた嗅内野神経原線維変化の検出
嗅内野に神経原線維変化が起こると経路統合能の低下が起こる。


本研究成果の意義

本研究成果は、アルツハイマー病の発症前に脳の異常を検出する新たな⽅法を提供します。VR ゴーグルを⽤いた経路統合能の測定は、簡便で⾮侵襲的、低コストで⾏えるため、広く普及することが可能です。
アルツハイマー病治療薬としてβアミロイドを除去するレカネマブが承認されています。今回開発したVR ゴーグルを⽤いた⽅法で脳の機能的スクリーニングを⾏い、⾎液検査等で脳内の⽣化学的変化を捉えることでさらに精度良くアルツハイマー病発症に⾄る超早期の脳の状態を知ることが可能となります。経路統合能が低下した⽅にアミロイドPET 検査、または脳脊髄液検査でβ アミロイド蓄積の有無を調べることによって、アルツハイマー病治療までのプロセスの効率化に寄与すると考えられます。経路統合能が低下しているけれどもβ アミロイドが陰性の⽅は⽣活習慣の改善などでアルツハイマー病の予防が可能になります。今後この技術をさらに改良し、通常の⽣活⾏動からアルツハイマー病の予兆を⾒出し、アルツハイマー病の予防や治療にさらに役⽴てることを⽬指しています。


⽤語解説

*1 嗅内野

脳の側頭葉内側にあり、視覚、聴覚、体性感覚を受容し、それらの情報を統合し海⾺や⼤脳⽪質へ送っています。嗅内野にはグリッド細胞と呼ばれる空間ナビゲーションに関係する細胞が存在しています。加齢すると嗅内野にアルツハイマー病の病理学的特徴の⼀つである神経原線維変化が最初に形成される場所です。この後、神経原線維変化が⼤脳辺縁系、⼤脳新⽪質へ広がると認知症を引き起こします。

*2 経路統合能

経路統合能とは、⾃分の移動した距離や⽅向を記憶し、出発地点や⽬的地点へ戻る能⼒のことです。この能⼒は、脳の側頭葉内側にある「嗅内野」という部位が担っています。

*3 神経原線維変化

アルツハイマー病の病理変化の⼀つで神経細胞内にリン酸化タウが凝集した状態です。細胞内でこのような変化が起こるとその領域では数倍の神経細胞死が起こっています。そのため、神経原線維変化が脳内で広がることによって認知症を引き起こします。


論⽂情報

論⽂名

Path integration deficits are associated with phosphorylated tau accumulation in the entorhinal cortex

雑誌

Brain. Communication

著者名

Riki Koike, Yoshiyuki Soeda, Atsushi Kasai, Yusuke Fujioka, Shinsuke Ishigaki,Akihiro Yamanaka, Yuta Takaichi, James K. Chambers, Kazuyuki Uchida,Hirohisa Watanabe, Akihiko Takashima

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