プレスリリース

微生物学の塚本健太郎講師らの研究成果が英国科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」に掲載

細菌由来の血管新生因子を世界で初めて発見

バルトネラ属細菌特有の病態形成機構の解明に大きく前進

創薬や再生医療への応用の可能性も

藤田医科大学 塚本健太郎講師、土井洋平教授らのグループは、同大学総合医科学研究所および大阪大学微生物病研究所との共同研究により、バルトネラ属に分類される2種類の病原菌(バルトネラ・ヘンセレとバルトネラ・クインタナ)から細菌由来としては世界で初めて血管新生因子を発見し、BafA(Bartonella angiogenic factor A)と名付けました。

研究成果

血管新生とは、既存の血管から新たな血管が形成される重要な生理的現象で、VEGF(Vascular Endothelial Growth Factor 血管内皮細胞増殖因子)に代表される血管新生因子によって促されます。これまでVEGFやその類似因子は魚類からほ乳類まで幅広く存在することが知られていましたが、細菌由来のものは見つかっていませんでした。同グループは、バルトネラ属細菌が血管腫(血管が拡張したり増えたりすることによってできる良性の腫瘍)を形成することに着目し、菌から分泌されるタンパク質の1つ(BafA)が血管内皮細胞を増殖させ、その結果、血管新生を起こすことをヒトの細胞とマウスを用いて証明しました。
この研究成果により、バルトネラ属細菌特有の病態形成機構の一端が解明され、今後、バルトネラ感染症の診断や治療への応用、さらにはこの新規血管新生因子BafAを基にした“血管新生を制御する薬”の開発や再生医療分野への応用にもつながることが期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」(電子版)(7月16日付)で発表され、2020年7月16日午前10時(英国時間)に公開されました。


研究成果のポイント

  • 細菌が分泌する血管新生因子“BafA”を世界で初めて発見。
  • BafAが人の血管内皮細胞に存在するVEGFの受容体に作用し、細胞増殖シグナルを活性化させることを証明。
  • バルトネラ感染症の新たな治療法や診断マーカーの開発につながる可能性、また、BafAを基にした創薬や再生医療分野への応用の可能性を示唆(特許出願済)。

背景

バルトネラ属※1に分類される細菌は現在30種類以上知られており、この中で人に感染症を起こす重要な菌としてはバルトネラ・ヘンセレとバルトネラ・クインタナが挙げられます。ヘンセレは「猫ひっかき病」という動物由来感染症、クインタナはシラミなどを介して感染する「塹壕熱(ざんごうねつ)」という病気の原因菌として知られています。一方、どちらの菌もHIV患者のような免疫不全の状態の人に感染すると、全身の皮膚や臓器に血液の充満した嚢腫を形成する「細菌性血管腫」という感染症を起こして重篤化します。これらの菌は皮膚から感染し血管に到達すると、血管の内腔をおおう血管内皮細胞※2の増殖を促し、その結果、毛細血管が増えて血管腫が形成されます。さらに、菌は血管内皮細胞の中まで侵入することで免疫細胞から逃れ、細胞の中で盛んに分裂を繰り返して自身の数を増やします。すなわち、この2種の細菌は、隠れ家となる血管内皮細胞を自らの手で増やすことで生存に有利な環境をつくり、結果的に我々ヒトに病気を起こしているといえます。感染後に血管内皮細胞の増殖を促して血管新生※3を起こすというのは、他の病原菌では見られないバルトネラ属細菌に極めて特徴的な性質です。この性質に関して、「病原性バルトネラは細胞増殖を直接刺激する因子を分泌する」と20年以上前から予想されていましたが、その実体についてはこれまで全く明らかにされていませんでした。

研究手法・研究成果

図1. BafA存在下で培養したマウス大動脈片(右)。大動脈片から多数の微小血管が伸びている様子がわかる。

塚本講師らはこの「細胞増殖を直接促す菌由来の因子」を特定することを目的に、バルトネラ・ヘンセレのゲノム上にランダムな変異を起こし解析した結果、菌の中のある特定の遺伝子に変異が入ると、細胞に菌を感染させても増殖が促進されないことを見出しました。そして、この遺伝子から作られるタンパク質(同グループによりBafAと命名)が菌から分泌され、細胞増殖を直接促進させたり、マウスで血管新生を亢進する(図1)ことを証明しました。さらに、同グループはBafAの作用機序についても調べた結果、BafAは血管内皮細胞に存在するVEGF※4の受容体に作用し、MAPK-ERK経路という細胞増殖に関わるシグナル伝達経路を活性化させることを明らかにしました(図2)。これらの結果から、BafAは細菌に由来するものとしては初めて発見された血管新生因子と考えられます。また、バルトネラ・クインタナからも同様のタンパク質が見つかり、これも血管内皮細胞の増殖を促すことが確認されました。以上のように、本研究によってこれまで長年実体がつかめていなかったバルトネラ属細菌由来の血管新生因子が特定され、その作用機序も明らかにすることができました。今回の研究で得られた知見は、バルトネラ感染症で血管増殖性病変ができるしくみを解明するための大きな足がかりとなります。

図2. バルトネラ属細菌が血管内皮細胞に作用する仕組み。バルトネラ属細菌から分泌されるBafAは、VEGF受容体に作用して血管内皮細胞の増殖を促し、血管新生を亢進させる。

今後の展開

 バルトネラ属細菌は、培養が困難なため確定診断するのが難しい細菌ですが、BafAを感染疑いの患者から検出することができれば、バルトネラ症の診断も容易になることが期待できます。また、研究グループは現在、ここで述べた2種類以外のバルトネラ属細菌からも同様の血管新生因子を発見しており、種々の虚血性疾患に対する薬(血管を増やすための薬)に用いたり、再生医療の分野で3次元組織や人工臓器を構築する際に血管ネットワークを効率的に形成させるのに役立つ可能性があると考えています。

用語解説

※1 バルトネラ属細菌
現在30種類以上見つかっており、人の病原細菌としてはバルトネラ・ヘンセレやバルトネラ・クインタナがよく知られている。ヘンセレは「猫ひっかき病」、クインタナは「塹壕熱」という感染症を健常人に起こすが、両菌ともHIV感染者など免疫不全患者に感染すると「細菌性血管腫」というより重篤な感染症を起こす。

※2 血管内皮細胞
全身の血管の内側の表面を覆う扁平で薄い細胞。全身の血管内腔に存在する。血管新生の過程において、血管内皮細胞は分裂・増殖し、遊走性も亢進する。

※3 血管新生
血管新生とは既存の血管から新たな血管が形成される現象で成長・妊娠・創傷治癒など生理的な機能の維持に重要な現象である一方、がんの形成や炎症など病態にも関係する。

※4 VEGF
血管内皮細胞増殖因子(Vascular Endothelial Growth Factor: VEGF)。血管新生を促進させる増殖因子の一つ。生命機能の維持に必須であるが、腫瘍細胞からも分泌され、がんを増悪させることでも知られている。VEGFは血管内皮細胞に存在する受容体(VEGF受容体)に結合してその作用を発揮する。細菌からVEGF様因子はこれまで見つかっていなかった。

文献情報

雑誌名

「Nature Communications」 (7月16日オンライン版)

論文タイトル

The Bartonella autotransporter BafA activates the host VEGF pathway to drive angiogenesis

著者

塚本 健太郎、新澤 直明、河合 聡人、鈴木 匡弘、木戸屋 浩康、高倉 伸幸、山口 央輝、亀山 俊樹、稲垣 秀人、倉橋 浩樹、堀口 安彦、土井 洋平

DOI番号

10.1038/s41467-020-17391-2

  • 本研究はJSPS科研費(課題番号:19K07548)および大阪大学微生物病研究所共同研究課題(平成30-31年度)の助成を受けたものです。
  • 本研究の成果は著者自らの見解等に基づくものであり、所属研究機関、資金配分機関および国の見解等を反映するものではありません。

本研究に関するお問い合わせ

藤田医科大学
医学部微生物学講座 講師 
塚本 健太郎(つかもと けんたろう)
TEL:0562-93-2433 
MAIL:tsuka-k@fujita-hu.ac.jp