プレスリリース

医学部ウイルス・寄生虫学の村田貴之教授らの研究成果が米国微生物学会が発行するジャーナル「mBio」(電子版)に掲載されました

SARS-CoV-2感染によって
炎症性サイトカインが誘導される仕組みを解明
〜新型コロナウイルス感染症の重症化を防ぐ治療法の開発に期待〜
 
本学 医学部ウイルス・寄生虫学の西辻裕紀講師、村田貴之教授、国立国際医療研究センターの下遠野邦忠客員部長らの研究グループは、SARS-CoV-2※1のNSP6、ORF7aタンパク質がユビキチン化されることによって、NF-κB※2を活性化し、炎症性サイトカイン※3を誘導することを明らかにしました。
本研究成果は、米国微生物学会(American Society for Microbiology)が発行するジャーナル「mBio」の電子版に、7月20日付で掲載されました。

研究成果のポイント

  • SARS-CoV-2がコードする22種類のタンパク質の中から、NF-κB 活性化タンパク質としてNSP6とORF7aを同定しました。
  • NSP6とORF7aがNF-κBを活性化する仕組みを解明しました。
  • SARS-CoV-2感染による重症化の治療法開発が期待されます。


背景

SARS-CoV-2の感染者の多くは無症状もしくは軽症のまま回復しますが、高齢者や基礎疾患がある場合は、重症化率が高くなります。この重症化は主にウイルスに対する過剰な免疫反応によって引き起こされます。実際、重症患者の血中には多様な炎症性サイトカインが多量に産生されていることが分かっています。この炎症性サイトカインの多くは、T細胞やマクロファージなどの免疫細胞が産生しますが、ウイルス感染細胞からも炎症性サイトカインが産生されることが分かっており、特に感染細胞内で発現するRNAセンサータンパク質がウイルスゲノムRNAを認識することによって、炎症性サイトカインが誘導されます。しかしながら、SARS-CoV-2タンパク質が炎症性サイトカインを誘導するかどうかについてはよく分かっておりませんでした。
本研究では、SARS-CoV-2タンパク質を個別に細胞内で発現させ、どのような炎症反応が誘導されるか検討し、その炎症反応が誘発される仕組みを明らかにしました。


研究成果

本研究グループは炎症反応に関与する7つのシグナル経路に着目し、22種類のSARS-CoV-2タンパク質の中から、これらのシグナル経路を活性化するタンパク質の同定を行いました。その結果、SARS-CoV-2がコードするNSP6とORF7aがNF-κBを活性化することが分かりました。NSP6とORF7aを細胞内に発現させるとNF-κBの代表的な標的遺伝子であるIL-8とIP-10を発現誘導しました。一方で、NF-κB活性化に重要な遺伝子であるTAK1またはNEMOノックアウト細胞では、NF-κBの活性化は起こりませんでした。
NSP6とORF7aのNF-κB活性化機構を詳しく解析した結果、NSP6とORF7aがNF-κBを活性化するには、TRIM13とRNF121が、NSP6とORF7aをそれぞれK63結合型ポリユビキチン化することが重要だと分かりました。TRIM13とRNF121の発現を同時にノックダウンすると、SARS-CoV-2感染による炎症性サイトカイン誘導が低下しました。
今回の研究で分かったことをモデルで示します。
まず、NSP6は1)TAK1と結合し、2)TRIM13によってユビキチン化を受け、3)ユビキチン化NSP6がNEMOをリクルートし、4)リクルートされたNEMOがTAK1によって活性化され、5)IκBのリン酸化を介して、6) NF-κBを活性化するというものです (図1)。この時、NEMO自身もユビキチン化されIKK複合体をさらに集積させることが効率的なNF-κB活性化に必須であることも明らかになっています。

図1. NSP6によるNF-κBの活性化機構

またORF7aは1)RNF121によってユビキチン化を受け、2)ユビキチン化ORF7aはTAK1とNEMOをリクルートし、3)TAK1がNEMOを活性化し、5)IκBのリン酸化を介して、6) NF-κBを活性化します(図2)。なお、NEMO自身のユビキチン化はORF7aによるNF-κB活性化には必須ではありませんでした。

図2. ORF7aによるNF-κBの活性化機構

今後の展開

今回の研究で、SARS-CoV-2タンパク質が炎症を誘導することが新たに分かりました。新型コロナウイルス感染症を治療するには、ウイルスの増殖を抑制することも大事ですが、炎症を抑えることも必要です。重症化患者の中には肺の障害のみならず、多臓器不全を起こすこともあり、抗炎症薬としてステロイドの投与も治療法の選択肢の一つになっております。しかしステロイドの投与は、投与のタイミングによって症状を悪化させる副作用も報告されています。そこで今回の発見は、副作用の少ない抗炎症薬の開発に寄与できるのではないかと期待できます。今後、今回見つかったSARS-CoV-2による炎症誘発経路を特異的に抑えることが副作用の少ない治療法となり得るのかを検証することが必要です。

用語説明

※1  SARS-CoV-2

新型コロナウイルス。新型コロナウイルス感染症の原因ウイルス。感染すると、多くの場合は無症状または軽症のまま回復するが、高齢者や基礎疾患があると、重症化率が高くなる。特に重症患者においては、ウイルス感染による臓器、組織の直接的損傷ではなく、過剰な炎症による負の影響が大きく関与している。

※2 NF-κB

転写因子の一つで、免疫応答や細胞増殖・生存など多岐にわたる生命現象に関与している。

※3 炎症性サイトカイン

炎症反応を促進させるタンパク質の総称。細菌やウイルスなどの病原体が体内に侵入すると、炎症性サイトカインが産生され、様々な免疫細胞に働きかけて、炎症を引き起こす。腫瘍壊死因子、インターロイキン、ケモカインなどがある。

論文タイトル・発表雑誌

論文タイトル

Ubiquitination of SARS-CoV-2 NSP6 and ORF7a Facilitates NF-κB Activation.

著者

西辻裕紀1、岩堀聡子1、 大森万梨子1、下遠野邦忠2、村田貴之1
1 藤田医科大学 医学部ウイルス・寄生虫学講座
2 国立国際医療研究センター 肝炎・免疫研究センター

雑誌名

mBio (2022年7月20日付 電子版に掲載)

論文DOI

10.1128/mbio.00971-22